第二章最終話(一)ログハウスビルダー
「何故もう一つ家を作る必要があるのだ?」
エリナは山道で五十メートルほど先に空間を繋げながら言う。
その空間の歪みにテオは丸太を載せた荷車を潜らせる。
「お師匠はエリナの家を温存したいと考えているからだよ」
テオは流れる汗をそのままに応える。
「その名で呼ぶなと言っている。
なんで温存するという話になるんだ?」
エリナは文句を言いつつ訊き返す。
「お師匠の住む家は高確率で破壊されるからだよ。
あの家を破壊されたくないだろう?」
テオはエリナの文句を聞き流しながら質問に応える。
エリナはテオの進路を更に五十メートルほど先の空間に繋げる。
「それが判らない。
誰に破壊されるのだ?」
「古きものの眷属とかにだな」
テオは荷車を引きながら応える。
場所はエリナがエリナのおかあさんが住んでいた場所からレイズン湖をはさんで反対側の山にある山道だ。
こちらにも似たような小川があり、斜面を上がった所の平地を、エリフが更地にした。
エリフはそこに新しい小屋を建てるという。
テオとエリナは切り倒した丸太を運んでいる。
「なんで高確率なのだ?
大きな魔法を使わなければ古きものの眷属は来ないだのだろう?」
エリナはあからさまに動揺した顔で訊く。
テオはその顔を見て、気の毒に感じるが誘惑に勝てなかった。
「いや、実際この前、現れただろう?」
テオは言いエリナの反応を待つ。
エリナはテオの期待通りに真赤な顔になって狼狽える。
「仕方がないんだよ。
お師匠の力を必要とする者が現れて、その者を救うためにお師匠は力を使う。
そうしたら凄い化け物がお師匠の前に現れるのさ」
テオは諭すようにエリナに言う。
「……仕方がなくない。
私が護る。
私がおかあさんを護ってみせる」
エリナは泣きそうな顔で宣言する。
テオは重い荷車を引きながら、エリナを気の毒に思う。
エリナの顔は赤くなったり蒼くなったりで忙しい。
「うん、お嬢ちゃんが勇敢なのは判ったよ。
でも護る以前にそんな化け物が現れたら、家は壊されてしまうわけだ。
だから、お嬢ちゃんの家とは別の小屋を建てて、そこに住もうというわけさ」
「うーん、おかあさんは今まで色々な人に力を貸しているが、未だおかあさんの力で化け物を呼んでしまったことは無いんだがなぁ」
エリナは訝し気に呟く。
「いや、実際この前、現れただろう?」
テオは言う。
エリナはテオの期待通りに真赤になり、テオを睨みつける。
「誰が呼んでしまうかは、あまり重要ではないんだよ。
重要なのは、お嬢ちゃんとおかあさんの思い出の家をお師匠は温存しようと決めたんだ。
だから俺達は新しい小屋を建てる。
問題ある?」
テオはエリナに訊く。
エリナは、暫く黙り、問題はない、と悔しそうに言う。
「だったら、空間を繋げてくれよ。
凄く重いんだよ?」
テオに促され、エリナは不満そうにしつつも空間を繋ぐ。
二人は幾度か空間を繋ぎ、距離を超え、高度を増して目的の土地に辿り着く。
「おや、お帰り」
そこには積み上げられた丸太に手を翳すエリフがいる。
丸太から黒い煙が出ている。
ログハウスの木材を乾燥させているのだ。
エリフはテオの荷車に近寄る。
そしてテオと二人で丸太を下し、積み上げる。
「今回は早く建ちそうだね。
エリナが空間を繋げてくれるし、エリナの家にあったチェーンソーも大活躍だ」
エリフは言う。
エリナはそれを聞き、鼻の穴を膨らませる。
「そうですね。
この勢いならあと一週間で建ってしまいますね。
いつもは工具を作るところからですからねぇ」
テオも同意する。
実際、エリナの家には大工仕事に必要な工具が一通り揃っている。
エリナの言うには、エリナの家はエリナのおかあさんが昔一人で建てたものらしい。
エリナの家で使っている材木は細いものが主だが、女性一人であの大きな家を建てたというのにテオは感心する。
工具もエリナのおかあさんの手作りらしい。
テオはそんなことができるのはお師匠、エリフだけであると思っていたが、やはりエリナのおかあさんはエリフの同類なのだろうと理解する。
いや、エリフの仕事はテオが手伝う。
一人で何でもこなすというのならば、お師匠の上を行く錬金術師だ。
何れにしろ、通常の人の枠に入るわけがない。
既にエリフにより基礎が打たれている。
地面に大きな四角い穴を穿ち、底に石を敷き詰める。
石灰石、粘土、珪石、鉄粉を焼成し、粉砕したものと二酸化珪素を含む岩を粉砕したものを混合しセメントを作る。
そしてセメントと砂や砂利を水で混合してコンクリートを作る。
コンクリートを穴に流し込み、基礎とする。
基礎にはベースとなる木材が既に埋め込まれている。
エリフは乾燥させた木材にほぞとほぞ穴を加工する。
短い木材は継ぎ、長い木材は切り揃え、そしてその加工した木材を積みあげてゆく。
エリフは歪んでいる木材を黒い煙のようなものを発する左手で翳す。
すると歪みが修正されてゆく。
木材は無造作に積まれるが、隙間は全くなく密着する。
テオはいつもながら感心する。
テオが無造作に切り倒した丸太が乾燥され、無駄なく無理なくムラなく適切な建材に加工されてゆく。
あれよあれよという間に、外壁、内壁、間取り壁が積みあがってゆき棟上げされる。
そしてその上に木板が張られ、切妻屋根となる。
木片やおが屑を蒸し焼きにする。
油状の部分から木タールを精製し、それを用いて屋根の防水加工が施される。
エリフは珪砂を炉で焼き、ガラスとする。
そしてそれを巨大な円筒形の風船に吹き上げる。
吹きあがった風船の両端を切り落とし、筒にしたのち切り開かれ、再度セラミックの平板上を用いて炉で焼き広げる。
それを冷ましてカットし、板ガラスにする。
その板ガラスを窓枠に嵌める。
窓や扉、内装を含め、出来上がってゆくログハウスをエリナは熱心に眺める。
「どうだ?
お師匠の作る小屋は?」
テオはエリナに訊く。
「おかあさんは凄い……。
どうすればああなれるのだろう?」
エリナはテオの顔を見ずに問い返す。
「いや、常人には無理だろう。
例え、お師匠と同じ境遇になって努力したとしても、誰しもがお師匠のようにはなれるとは思えない」
テオは素直な感想で応える。
「……そうなのかも知れない。
だが、無理だと思った時点で達成への道は閉ざされる」
エリナは相変わらずエリフの作業を見続けながら呟く。
そしてテオのほうを振り向き、私はおかあさんのようになりたいのだ、と付け加える。
テオはエリナの言うことに感銘をうける。
確かに無理と思って思考停止してしまえばその先は考えない。
無理であることが確定してしまう。
であれば考え続けることは重要だろう。
しかし一方では、エリフといえども数十年で今のような万能の人になったわけでもあるまい、とも思う。
エリフとしてもなりたくて今のような万能の人になったわけでも無いだろう。
数百年という月日とエリフという資質があって初めてエリフをエリフ成らしめている。
テオはエリフのようになれれば便利だとは思うが、エリフのようになりたいとはまったく思わない。
エリフのようになるために、自分の短い人生を修行に捧げるのはまっぴら御免である。
別にログハウスを建てられなくても、テオは掘っ建て小屋で十分満足できる。
なんなら洞穴だって良い。
リュートがあるならば。
エリナは木タールにラベンダーから抽出したオイル成分を練りこんで仕上げ剤を作る。
そしてログハウスの外壁に塗り込んでゆく。
「おや、工夫したね。
効果はどれくらい保つの?」
エリフは感心したようにエリナに問う。
ラベンダーも木タールも除虫効果がある。
「大して保たない。
一か月くらいだ。
でも虫の季節もそろそろ終わりだから問題ない。
また来春に塗りなおす」
エリナの応えにエリフは満足げに、うん、そうしておくれ、と応じる。
エリナはエリフとテオに包みを渡す。
作ってきたランチだ。
三人は並んで腰かけて昼食を食べる。
「ありがとう、サーモンの燻製とこれはベーコン?
サンドイッチ、美味しいよ」
テオはエリナに礼を言う。
エリナは鼻を膨らませながらコクリと頷き、若い猪の肉だが、と付け加える。
「実際、お嬢ちゃんの作るものとか味付けとか、お師匠のとそっくりなんだよな。
実際、受け継がれた家庭の味という気がするんだよなぁ」
テオは訝し気に呟く。
エリフはそんなテオに、まあまあ、と笑いながら応じる。
「あとは水回りと床を仕上げて、什器を造り付ければ一応住めるようになるね」
エリフはログハウスを見ながら言う。
エリナは松の木から精製したテレピン油と松脂から抽出したロジンを加熱し混ぜ合わせたワニスを既に作っている。
テオは、なんで十二歳の少女がワニスを原料から作れるのか、おかしいだろう、と思う。
しかし、エリナに関して言えばすべてがおかしいので口には出さない。
エリフはエリナの作ったワニスを床に塗るとともにベッドや棚、タンス、クローゼットを造り付ける計画らしい。
什器を造るのはエリフの仕事で、ワニスを塗るのはテオとエリナの仕事になるだろう。
三人は食事を終え、作業に戻る。
一週間丁度でログハウスが完成、三人はエリナのおかあさんの家から新居に移り住む。
エリナのおかあさんの家と新しい家は概ね同じ構造であるが、男性用のトイレがあるのが大きな違いとなる。




