第一章第一話(七)黒き川面へ
「今の、ジャックがやったの?」
天空からの光の筋が三回森の方向に降り注がれたのを見て、アムリタはジャックに訊く。
「うんそう。
アレに襲われていたのは猿じゃなくて、どうも僕の知人たちだったようだ」
ジャックは申し訳なさそうに呟く。
「お友達をお猿さんと見間違えるなんてずいぶんね。
お友達は無事?」
アムリタは森の方向を見ながらジャックに重ねて問う。
「無事だよ。
アレも去ったみたいだ」
ジャックは、穏やかな笑顔で返す。
「アレを撃退するなんてお手柄ね、ジャック。
お友達も助けて英雄よ」
アムリタは朗らかに微笑みながら言う。
三発の銃声を聞いた後、ジャックはジャックの人工衛星のカメラを森に向けるべく姿勢を変えた。
そこに映っていたのはラビナであった。
ラビナたちは赤外線を通しにくいフード付きのマントを羽織っていたらしい。
マントを肌蹴たことにより、人としての輪郭がジャックの人工衛星のカメラに赤外線画像として浮かぶ。
ジャックは高出力レーザー砲の照準をクリーチャーに合わせるべく、直近で使えそうな人工衛星三基の姿勢を変える。
しかし、クリーチャーの姿は画像には何故か映らない。
周りの木々が粉砕することにより大体の位置はつかめるものの、照準をどこに合わせようか迷う。
しかし、ラビナにより炎が放たれ、赤外線画像の一部がハレーションを起こす。
その画像のハレーション部分にある炎が移動することによりクリーチャーの位置を確定することができた。
ジャックはラビナとアルンに当たらないよう慎重に三発の高出力レーザー砲の照射を行った。
ジャックは、顔をぐしゃぐしゃに歪め恨めしそうにジャックの人工衛星をまっすぐ見上げるラビナの顔を思い出す。
赤外線映像ではラビナの唇は、許さない! と動いていた。
ジャックはラビナの正確な年齢を知らない。
しかし、モノクロームの陰影が強調された赤外線映像に映るラビナはやたら童顔であった。
ジャックが知っているややきつめの化粧をしたラビナの姿とはまた違ったものであった。
怒っているんだろうな、熱りが冷めるまでラビナ達に会わないようにしよう。
ジャックはそう心に決める。
「急ごう、奥の手を使ってしまった。
あの光に呼び寄せられるものがあるかもしれない。
それまでに川を渡ろう」
ジャックは岩場を目指し、歩を進める。
「また何か化け物が来るの?」
アムリタはジャックを追いながら訊く。
「化け物というわけではないが……、南西の一帯を版図とする空賊という組織があって、彼らは高速な飛空機を持っている。
恐らくあの光を見てやってくる」
「飛空機って、空飛ぶ乗り物?」
「そうだ。
翼で風を切って飛ぶ。
向きを変えられる四つのエンジンがあり、自由に離着陸ができるうえに結構速い」
ジャックは飛空機と空賊について簡単に説明を行う。
「ジャックの敵なの?」
「敵というわけでは無いが、見つかれば余計なコミュニケーションをしなければならない。
場合によっては拘束されてしばらく自由に動けなくなる。
それは嫌だろう?」
「捕まって自由に動けなくなるのは確かに嫌ね。
でも飛空機というものを見てみたい気もするけれど」
「まぁ、そのうち見れるさ。
乗れるかもしれないよ。
今じゃなくてもね」
「ジャックは飛空機に乗ったことがあるの?」
「……あるよ。
まぁ、その話は後にして少し急ごう」
草原はなだらかな登りになってきて、岩が増えてくる。
ジャックとアムリタは川沿いに草原を上る。
この付近まで来ると、川幅は狭くなり、流れは速く水面までの距離も深くなっているようだ。
「あの先に岩場があるだろう。
あそこで川を岩伝いに渡れるんだ」
ジャックは百メールほど先の暗闇に白く浮かぶ岩々を指さす。
ジャックとアムリタは岩場に向け、歩き出す。
程なく岩場に到達しようとしたとき、ジャックは森の方向左側を指さして言う。
「ごらんあれが飛空機だよ」
最初は指の指し示す先には何も無かったが、光点が微かに見えるようになり、コゥゥゥという音が大きくなってくる。
光点は森上空を飛び回る。
「こちらに来るかもしれない。
隠れよう」
ジャックは川の岸にある大きな岩場に身を隠すと岩の下の落ち葉をどかし始める。
「何をしているの?」
アムリタはジャックの行動を不思議に思い、尋ねる。
「荷物を隠すんだよ」
ジャックはカバンをそこに置き、マントや靴、シャツを脱ぎだす。
「なんで脱いでいるの?」
アムリタはいよいよ不思議になって奇行に走るジャックに尋ねる。
「川に潜って隠れるからだよ。
水に濡らしたくないものはここに隠したほうがいいよ」
ジャックはあたりまえだろう? というように、上半身裸、下半身も下着一つとなって微笑みながら応える。