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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第二章 第三話 超高層ピラミッド ~The Sky-Scraped Artificial Mountain~
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第二章第三話(十三)モーグル・エアリアル

 ――ゴオゥゥゥゥ


 エリーとアムリタは強風が吹き荒れる空中に現れる。

 すぐ下に青い空を映す鏡面仕上げの大きな球形のドームがあり、その上に四方から延びるアーチ状の梯子はしごがある。

 エリーとアムリタは再び消え、次の瞬間、二人はアーチ状の梯子はしごの交点に現れる。


「もう、息をしても大丈夫だ」


 エリーはアムリタにおでこ同士をくっ付けて言う。

 そうしないと強風で相手に聞こえない。

 アムリタはつまんでいた鼻を離し、深呼吸をする。

 ドームの表面は鏡面仕上げであるがゆえに強風にあおられ、雪も氷も付着しないようになっているようだ。

 エリーもアムリタも酸素ボンベを背負っていない。

 エリーは酸素ボンベの助けなしに二人の生命を維持している。

 アムリタはエリーが更に魔法による防御層の構築に改善を加えていることを認識する。

 アムリタは何か大きな空間が二つ、エリーの頭上で交互に収縮を繰り返しているイメージを持つが、良く判らない。


「ぷはー、凄い、息ができるし暖かいわ。

 さすがはエリー。

 大魔法使いね」


 そう言ってから、アムリタはエリーのおでこから離れ、左手を大きく伸ばして伸びをする。


「凄い風景ね。

 はるか下に雲海が見えて、はるか遠くに風景が薄雲に見え隠れする。

 うん、地球は丸いんだ」


 アムリタは風景を眺めながらつぶやく。

 エリーには聞こえていないようだ。

 既にエリーはアムリタを見ておらず、アムリタと同様遠くを見て何かをつぶやきながら、右手は忙しく空中に文章をつづっている。

 出来上がった文章は銀色に発光しながら超高層ピラミッドの斜面を回転しながら滑り落ちてゆく。


 ――ゴオゥゥゥゥ

 

 激しい強風とエリーの魔法防御層で相手が何を言っているのか全く聞き取れない。

 アムリタの長い金髪の髪と、エリーの黒灰色こっかいしょくの不思議な色の肩までの髪が激しく風に吹かれて空中に舞う。


 はるか北方に円環山脈が見える。

 右側にはゆるやかに海岸線が東北東に延びる。

 左側には地球唯一の巨大大陸、アメイジア大陸の陸地がどこまでも続く。

 逆側、南を見ると海岸線は南南西に延びる。

 アメイジア大陸の切れ目、南の海半球の始まりだ。


「キャー!

 テンション上がるわ!

 エリー、私、来てよかった!

 少し先も見えるようになったし!

 ありがとうエリー!

 愛しているわよ!」


 アムリタは叫ぶ。

 見るとエリーも何か叫んでいる。

 アムリタはエリーの唇を読む。

 マモッテミセル、ワタシナラマモッテアゲラレル、そう叫んでいるようだ。

 アムリタはエリーもテンションが上がっているのをみて笑う。

 アキラメルモンカ、アキラメルモンカ、そこから先はエリーの顔の向きが変わり、唇は読めなくなる。

 エリーは右手を伸ばして何かを叫ぶ。

 唇は読めないが、アムリタにはエリーが何を叫んでいるのかなんとなく判る。


 ――キミガスキナンダ、キミシカイナインダ……。


 アムリタも左手を伸ばし、ウォー、と叫ぶ。

 はははは、気持ち良い。

 凄く気持ち良い。

 アムリタは大声で笑う。

 この非日常性が凄く気持ち良い。


 アムリタは球形のドームの下に、赤い二足歩行の重機が現れたのに気付く。

 ソニアだ。

 ガラスの風防の向こう、操縦席からソニアが手を振るのを見る。

 アムリタは微笑みながら大きく手を振り返す。

 エリーも、手を振る。

 エリーはアムリタを向き、右手で鼻をつまむジェスチャをする。

 アムリタは大きく息を吸い、ほおを膨らませると左手で鼻をつまむ。

 二人は今までいたところから消え、空中を何回か経由した後、重機の操縦席の後部座席に跳ぶ。

 二人分の重量が増えたためか、重機は激しく揺れる。


「おおっ?

 ちょっと貴女たち、いきなり何するの?」


 ソニアは驚きの声を上げる。

 重機の足は谷側に流れ、バランスを崩す。

 重機の足場は分厚い氷の層だ。

 ソニアは一瞬ひきつった顔をするが、すぐにその顔から表情が消える。

 ソニアは器用に両手にそれぞれ独立した操縦桿そうじゅうかんとペダルを操作し、重機の脚を谷側に向けて滑らせる。

 重機の巨大なかえるの足に似た二本の脚は揃えられ、そして滑らかに足の裏の角度を調節し、エッジを立てて超高層ピラミッドの斜面の氷を滑ってゆく。

 定期的に重機の脚は緩やかに角度を変え、斜面をターンする。


「ねぇねぇソニー!

 ちょっと止まれるかしら?」


 アムリタは後部座席から、ソニアの右の空いている席に移りながら訊く。


「何を言っているの?

 貴女達が飛び乗ってきたから機体が流れてしまったんじゃない」


 ソニアはそう言いながらも、激しく重機の足裏のエッジを利かせて超高層ピラミッドの斜面に止まる。

 アムリタは自分の座る席の操縦桿をそれぞれの手に握り、ペダルを足で確かめる。


「こちらの席でも操縦できるのよね?」


 アムリタはそう言うが早いか、操縦桿そうじゅうかんを激しく動かし、重機の機体を谷側に大きく傾ける。


「ひいぃぃぃぃ!」


 ソニアの食いしばった口から悲鳴のようなものが漏れる。

 エリーは後部座席から右手でアムリタの首根っこを、左手で同じくソニアの首根っこをつかむ。

 アムリタは緩やかに早く、操縦桿そうじゅうかんとペダルを滑らかに細かく操作する。

 重機は足を上下させ、滑り降りてゆく。

 アムリタは重機を超高層ピラミッドの北側斜面に誘導する。

 積雪が豊富で滑りやすいからだ。

 だんだん深くなる雪のこぶ斜面を重機の足を激しく上下させつつも、足裏の接面角度は確実にコントロールされ、着実に滑り降りてゆく。


「アムリタ、止まって!

 止まって!

 後生だから!」


 ソニアは激しく上下左右に揺れ、回転する重機の操縦席のシートベルトにしがみ付きながら叫ぶ。

 アムリタは怪しい笑みを表情に張り付かせる。

 重機は大きな雪のこぶを使って跳ぶ。

 跳んでいる最中、重機の二本の脚は大きくまっすぐに広げられる。

 一瞬抜ける重力。

 そして斜面に再び着地する際の衝撃は重機の脚を使って滑らかに緩和される。

 そして再び跳ぶ。

 左にゆっくりと空中で水平に一回転しながら。

 重機は軽やかにスリーシックスティを決め、華麗に雪面に戻る。


 アムリタには多くの未来が見えている。

 多くの死につながる未来と、少数の生き残る選択をした場合の未来が見える。

 今までよりも段違いに長い未来が見られるようになっている。

 その多くの死につながる未必の未来は、アムリタの経験となって飛躍的に劇的にアムリタの重機の操縦技能を向上させる。

 ソニアの座る操縦席からの操縦を許す未来は死につながるので、既にソニアからの操縦は受け付けないようにしている。

 重機で滑り始めてしばらくは死につながる未来が多く見えていたが、直ぐに未来が見えなくなる。

 アムリタの技能が向上してしまい、既に危険は無くなってしまったからだ。


 アムリタはジャンプや回転を取り入れる。

 そうすることで、また多くの未来が見えだす。

 多くの死につながる未来と、少数の生き残る選択をした場合の未来。

 多くの死につながる未来、閉じた未来を含め、アムリタはすべてのありえた未来を経験する。

 ソニアやエリーの取る行動を含めて経験をする。

 この二人は凄い。

 どの未来でも徹底的に皆が生き残る最善を尽くそうとする。

 多くの未来でアムリタは二人を窮地きゅうちさらすがそんな未来は選択しない。

 二人に助けられる未来ではなく、三人ともが安全に生き残る未来を選択し続ける。


 この莫大ばくだいな量の経験。

 数十日分の経験をこの一時いっときでする効率の良さ。

 刹那せつなで経験する長い長い時間。

 自分の技能の爆発的な向上。

 そのすべてが気持ち良い!

 この快感!


 今までよりも段違いだ。

 エリーの言っていた封印が解けたのだろう。

 全部ではないにしろ、その一部は確実に外れている実感がある。

 今までよりはるか先の未来が見える。

 やった。

 ここに来たのは大正解だ。


「エリー!

 ソニー!

 ありがとう!

 二人とも本当にありがとう!

 愛しているわ!

 三千メートルテラスはすぐそこよ!」


 アムリタは激しく高いテンションで叫ぶ。

 ソニアは引きつった顔でシートベルトにしがみついている。

 エリーは表情を硬くしつつも前に座る二人の首根っこを押さえ、魔法防御を張り続ける。

 周囲は深い霧に包まれているが、操縦席には赤外線を可視化する仕組みがあるようだ。

 霧も吹雪もアムリタの滑走を阻むものではない。


 楽し気にピョンピョンとおどりながら滑り降りる赤い重機が白銀の吹雪の中に消えてゆく。

第二章 第三話 超高層ピラミッド 了

続 第二章 最終話 おかあさんと一緒

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