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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第二章 第三話 超高層ピラミッド ~The Sky-Scraped Artificial Mountain~
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第二章第三話(十)私の選択した未来

 エリーはアムリタを担ぎながら階段を登る。

 途中でアムリタのバックパックを拾う。

 中から不要のものを取り出し捨てる。

 ピッケルもスコップも要らない。

 シュリンゲもハーネスもナイロンザイルも不要。

 カラビナもエイト環も要らない。

 ツェルトとタオル、衣類、目出し帽、それにソニアの予備のグローブシステムを残す。

 随分軽くなった。

 エリーはアムリタのバックパックを胸側に背負い、登る。


 アムリタに命を助けられた。

 エリーは登りながら考える。

 アムリタがエリーを抱えて跳ばなければエリーは死んでいた。

 エリーは自分の未熟さを責める。

 あんな巨大な円盤が空から降ってくることは完全にエリーの想定外であった。

 しかも魔法防御を張っていたため、音による異変に気付くのが完全に遅れた。


 エリーは登りながらなおも考える。

 アムリタはあの危機に完全に対応していた。

 おそらくアムリタだけであったのならば動かなければ危機を回避できていたのだろう。

 アムリタの居た位置は巨大な円盤の災禍よりかなり上だ。

 アムリタの現状はエリーを救った代償と言える。

 アムリタは幾つもの未来が見えたのだろうか?

 そのうえでこの未来を最良として選んだのだろうか?

 アムリタはあまり遠い未来が見えないと言う。

 ならば他の選択肢が悲惨であるため、消去法的にこの未来を選んだということだろうか?


 エリーは七十キロ以上の重量を担ぎながら階段を登る。

 足がよろめく。

 アムリタは私が護ってみせる。

 そう誓ったはずなのに。

 自分はアムリタを護り切れるだろうか?


 あのときと何も変わらない。

 ジュニアに護られ、おかあさんに護られたあのときと。

 自分は何年たっても口だけの幼い子供のままだ。

 エリーは泣きながら七十キロの重力を担ぎ、階段を登る。


 なぜ自分の防御魔法は自分しか護れないのか。

 防御魔法を考案したのはおかあさんだ。

 自分の魔法構成の半分を占める死霊系魔法で体に薄く層を作る。

 この層は単体でもある程度の強度を持つが、更に空間魔法で覆う。

 自分の体の周りにごく薄い防御の層を構築する。

 他者の体に防御層を作る場合は防御の層が大きくなってしまうのでうまくいかない。

 おかあさんほどの術者でなければ。


 エリーはアムリタを護りたい。

 なぜ、おかあさんに周囲のものを含めて防御する方法を訊かなかったのか?

 そのことが悔やまれる。

 おかあさんは瀕死ひんしになったジュニアを抱きかかえ、エリーの手を引きながらクリーチャーからの攻撃をしのぎきったほどであったのに。


 ん? 待てよ?

 エリーは違和感を覚える。

 おかあさんが自分にできることで、エリーが生存するのに必要な知識を出し惜しみしたことがあっただろうか?

 おかあさんは出し惜しみをするような人ではない。

 むしろエリーが一人で生きてゆくのに必要な知識を与え続ける毎日であった。

 今にしてそう確信できる。

 少なくとも防御魔法についておかあさんは必要な知識を余さずエリーに伝えたと思っているはずだ。

 エリーは思う。

 自分は何かを見落としている。


 瀕死ひんしのジュニアとエリーを救った時、おかあさんは何をしたのだったか?

 ジュニアはおかあさんに担がれていて、エリーはおかあさんに手を引かれていた。

 ああ、そうか。

 おかあさんはほおでジュニアに、掌でエリーに直接触れることにより相手の身体状況を観察していたのだ。

 相手の身体が把握できるので、防御の層はあくまでも薄く絶対的な容量をさほど増やさずに張ることができる。


 エリーは左手のグローブを外し、グローブの口を縛る。

 そして素手になった左(てのひら)をアムリタの首筋に差し入れる。

 アムリタの体温は冷たい。

 アムリタの体の状況を首筋から調べ上げる。

 毛細血管の広がり、筋肉の位置、皮膚の位置、体毛の一本一本の状態が判る。


 これか、おかあさんがやっていた魔法は。

 エリーは今更ながら気付く。

 木目細かく、注意深く、慎重に、俯瞰ふかん的に、全体と細部を同時に見る。

 すべてを理解する必要はない。

 ただ感じれば良い。

 相手の体の全容を。

 アムリタの体の全容を。


 エリーは把握したアムリタの体表に沿って魔法による防御層を張る。

 エリーの体温でまたたく間にアムリタの周囲の温度が上がる。

 むしろ上がりすぎるので、防御層を一部伸ばし熱交換を行う。

 今ではエリーとアムリタは魔法による防御層を共有している。

 一気圧三十六度の世界に二人で居る。


「アムリタ、私は君を護る。

 今度こそ護りきってみせる」


 エリーは泣きながらよろめく足を前に前にと進め階段を登る。


「うん、ありがとう。

 これが、私の選択した未来」


 エリーはアムリタのささやくような小さな声を聞く。


「二人ともが生き残る未来」


 アムリタは体を伸ばす。

 エリーは支え切れなくなり、アムリタをおろす。

 アムリタはエリーの前に立つ。

 エリーの左手は依然アムリタを抱きしめるようにアムリタの首の後ろに回されている。

 アムリタはよろめく。

 エリーはアムリタを支えるべく右手をアムリタの腰にまわす。


「ありがとう。

 エリー。

 貴女によって私は生かされている。

 でもここからは自分で歩くわ」


 エリーはアムリタを支えながら階段を登る。

 吹雪は上から二人に容赦なく吹き付ける。

 しかしもう寒くない。

 もう息苦しくない。

 ジュニアの道具屋の階段を登るのと大差ない。

 エリーの魔法が二人を護る。

 エリーは左手を介し、アムリタの体を注意深く観察する。

 少しの変化も見落とさないように。

 アムリタの体が損なわれないように。


 おや?

 エリーはアムリタの魔法構成に変化があることに気付く。

 幾つかあった封印の一つが外れている。


 二人は九千メートルテラスに辿たどり着く。

 そして横穴通路を目指し、支えあいながら歩く。

 横穴通路は未だ雪に埋もれていない。

 二人はよろめくように穴の中に潜り込む。

 もう吹雪は吹いていない。

 穴の中は風が吹いていない。

 助かった。

 助けることができた。

 エリーはアムリタのほおに自分のほおを寄せる。

 左手はアムリタの首の後ろに回されたままだ。

 良かった。

 本当に良かった。

 エリーは泣く。

 エリーの涙はエリーのほおを伝い、下に落ちる。

 そして床に落ちる前に氷結する。


 二人は防寒具に付いた雪を払う。

 エリーはアムリタの体を再度詳細に視る。

 鼻とほおが軽度の凍傷になっている。

 手指もだ。

 しかし大過には至らないだろう。

 エリーは一先ず安心する。

 アムリタはエリーに首をつかまれたまま、バーナー火を灯す。

 コンロ台を組み立ててコッヘルに雪を入れ、火にくべる。


 雪は溶け、お湯になる。

 アムリタはお湯をカップに入れ、エリーに渡す。

 エリーはお湯をあおる。

 アムリタもカップにお湯を入れ、チビチビと飲む。


「ああ、生きていてよかった」


 アムリタは息を吐き出すように言う。

 エリーも同感である。


「でも、あの大きな円盤はなんだろうね?

 UFO?」


 アムリタはエリーの顔を見ながら笑う。

 エリーは、さあ? と首を傾げる。

 あれは本当になんだったのだろうか?

 エリーはあの恐ろしい巨大な円盤を思い出す。

 大きく側面はツルリと平面で、かなりの厚さがあり、恐ろしい速度で回転していた。

 なんであんなものが雪山に降ってくるのだ?

 エリーは不思議に思う。

 いや待て。

 ここは雪山だったか? 違う。

 ここは超高層ピラミッド。

 古代遺跡だ。

 あの円盤は古代遺跡の一部なのだろうか?

 そう言えば……。


 ――ブーン……


 エリーは通路の奥から聞こえてくる音があることを思い出す。

 外の吹雪の音、強風が吹き荒ぶ音におおい隠され気にしていなかった。

 しかし、いったん聞こえ出すと気になってしかたがない。


「何の音なのかしら?」


 アムリタがつぶやく。

 エリーと同じことをアムリタも考えていたようだ。

 二人は奥を調べるべく荷物をまとめる。

 そしてヘッドマウントランプをともし、奥へと連れ添って歩き出す。


 床はリノリウムに似た人工的な素材になり、壁もクリーム色をしたプラスチックのような光沢のあるものになる。

 やがて奥に大きな扉が見える。

 扉にはドアノブがある。

 アムリタはドアノブを押してみる。

 鍵がかかっているようだ。


「扉よ、開け」


 エリーは扉に向かって唱える。

 扉からカチャリと音がする。


「あれ?

 このパターン、どこかでみたような……」


 アムリタは疑惑の眼差しで扉を見つめる。

 そしてドアを押す。

 重い。

 しかし開く。

 少し隙間ができると同時に中から生暖かい風が一瞬吹き出る。

 その後は抵抗なくドアが開くと同時に照明が灯る。

 二人は恐る恐る中を見る。

 中は小部屋になっていて、その奥にも扉がある。

 二人は小部屋に入り、入ってきた扉を閉める。

 そして奥の扉を押す。

 その扉も重いが隙間ができると抵抗なく開く。

 扉の向こうにはいくつもの灯りで照らされた通路が更に奥に向かって続いている。

 幅四メートル、天井高三メートルほどの広い通路だ。

 床はリノリウムのようなものでできていて、壁は細孔の空いた樹脂に見える。

 床も壁も共に白い。


「凄い。

 なにこれ?」


 アムリタは感嘆かんたんの声を上げる。


「ここは気温零度、気圧は零点れいてん八気圧に調整されているようだ」


 エリーは魔法による防御層を解除する。

 呼吸は苦しくない。

 寒くもない。

 いや大層な防寒具を着ているためむしろ熱いくらいだ。


「一先ず、助かったのかな?」


 アムリタは疑わしそうに周囲を見渡しながら言う。

 エリーも、多分、と応える。

 ここは人工建造物である。

 だから内部に空間があってもおかしくはない。

 しかし、数千年昔の遺跡のはずだ。

 なぜこの高度での温度管理、気圧管理が生きているのか?

 なぜ照明が点くのか?

 エリーとアムリタはいぶかしがりながら通路を歩く。

 道はT字路に突き当たる。

 右も左も緩やかに弧を描いていて、恐らくは円形の周回通路であるように見える。

 照明が煌々(こうこう)と光り、近代的な雰囲気をかもしだしている。

 エリーは何か音がする左のほう、時計回りに周回通路を歩き出す。

 アムリタもそれに続く。


 ――チーン!


 通路の先から金属的な音がし、ムーッッッッ、という何かが開く音が続く。

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