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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第二章 第二話 私の為の弔鐘(ちょうしょう) ~For Me the Death Knell~
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第二章第二話(七)二つの笛と弦楽器のためのセレナーデ

 テオはホーネルンの酒場のカウンター席で歓談している。

 ホーネルンは北方では比較的大きな街で、酒場はいくつかある。

 テオは師匠が好きそうな酒場を選んでいた。

 テオの周りには酔客が取り巻き、テオの話を聞いている。


「そして金髪の女神は石になった少年に言うのさ。

 いつか君は目覚め、大人になって私を見つけるだろう、ってね。

 そして金髪の女神は消えてしまう。

 石になった少年は眠るのさ。

 いつまでもいつまでも。

 さっきのはそういう曲なんだ」


 テオは大げさなジェスチャーを交え、曲の説明をする。


「なんだいそれ、ハッピーエンドじゃないのかい?」


 テオのかたわらに座る熟年の女性は混ぜっ返すようにテオに言う。


「いや、おれはこの先の話を知らないんだよ。

 多分ハッピーエンドになるんじゃないか?」


 テオは陽気に笑う。


「じゃぁ、次は明るい歌をお願いするよ」


 別の女の客がテオに次の曲をねだる。

 テオは扉が開くほうを見る。


「ごめんよ、待ち人が来たみたいだ、休ませておくれ、また後でな!」


 テオはカウンター席から立ち上がり、周囲の客にヒラヒラとグラスを揺らし、その場から離れる。

 取り巻きたちは詰まらなさそうにしながらも自分たちの席に帰ってゆく。

 テオは扉のエリフに手を振る。


「お師匠、今回も早かったですね。

 もう少しゆっくりしてもらっても良かったんですが……、ってあれ?」


 テオはエリフの横でテオをにらみつける少女に気付く。

 少女は厚手の茶色いシャツに黒いスカート、黒いローブを着て、大きな背負い袋を背負っている。


「お嬢ちゃん、ここは酒場だよ。

 お家にお帰り」


 テオは一度言ってみたかった言葉を使ってみる。

 少女はますます剣のある目つきでテオをにらむ。


「私の娘エリナだよ、テオ」


 エリフはエリナをてのひらで指し示す。


「ええ?

 いつのまにお師匠、子供を作ったんです?」


 テオは笑いながら訊く。

 エリフは、まあまあ、と手で制しながら店の中に入り、空いているテーブルに座る。

 エリナはエリフの横に座り、テオはエリフの前に座る。

 店の従業員がやってきて注文を取る。

 エリフはエールと簡単な料理を、エリナはミルクを頼む。


「はいこれ。

 お師匠のフルートと財布、それに道具一式」


 エリフは袋を受け取り、中のフルートを袋の外から握り、確かめる。


「君は誰だ?」


 もう我慢できないというようにエリナはテオにみつくように訊く。

 私の弟子のテオだよ、とエリフは穏やかにテオを紹介する。


「お師匠、この子なんなんです?」


 テオはエリナを指さしながらエリフに訊く。

 エリフは微笑む。


「私はおかあさんの娘だ!」


 エリナはテーブルに手を付き、はんば腰を浮かせて言う。


「へ?

 おかあさんの娘?

 女の子は皆おかあさんの娘だ」


 テオは何を当たり前のことを言っているんだ? というように怪訝けげんそうな顔をする。


「おかあさんの、娘!」


 エリナは左手の人差し指でエリフを指さしながら言い放つ。


「お師匠はおかあさんなんですか?」


 恐るおそるテオはエリフに訊く。


「そうだ」


 エリフは微笑みながら言う。

 エリナは、どうだ、というように、テオをにらみつける。


「えええ?

 どうしちゃったんですか、お師匠?」


 エリフはテオの問いに答えず、袋の中からフルートを取り出してエリナに見せる。


「私の笛と同じ物だ!」


 エリナはおどろき、自分の背負い袋の中からフルートを取り出す。

 エリナのフルートのほうがかなり古びてはいるが、それは寸分違わず同じものである。

 テオもおどろき二つのフルートを凝視し、そしてエリフを見る。

 エリフはただニコニコと笑いながらフルートの基音を吹く。


 テオはしばらく無言となる。

 エリフの顔を見て、エリナの顔を見る。

 エリナはフルートの頭部管を調整し、エリフのフルートの基音に合わせながら負けじとテオの顔を見る。


 「ふーん?」


 テオはつぶやくとフルートの音程に合わせてリュートをすばやく調律する。

 そしてリュートを構え、いきなり弾き始める。


 リュートから猛烈に速いテンポのリフレインが奏でられる。

 リフレインは少しずつ複雑さを増し、ゆっくりとしたメロディをのせてゆく。

 店の中が、わっ、ときかえる。

 エリフはテオを見て苦笑する。

 大人気おとなげない。

 超絶技巧で自分の実力を誇示するつもりであろう。


 エリナはフルートを構え、テオの奏でるメロディに合わせて別のメロディをかぶせてゆく。

 二つのメロディは調和しあい、反発しあう。

 やがてリュートのメロディは消え、伴奏だけが残る。


 エリナのフルートのメロディがだんだんと複雑なものになってゆく。

 いちじるしく早い指遣い、倍音を多用し激しく上下する音程。

 超絶技巧的な即興のフレーズが奏でられる。

 エリフはまたも苦笑する。

 大人気おとなげないのがここにも居た。


 エリナの独奏は続く。

 エリナは緊張しているのか耳まで赤くして赤面している。

 それでもエリナは変則的なメロディを奏でる。

 その明るく滑稽な曲想は聴くものを喜ばせる。


 エリナは真赤な顔でテオの目を見る。

 今まで小出しにされていた旋律が一気に全貌をあらわし、フルートにより奏でられる。

 テオはフルートのメロディを引き継ぐように、速く陽気な旋律を奏でる。


 エリナはリュートのメロディを装飾してゆく。

 テオとエリフがエルダノの街の酒場で演奏した曲だ。

 しかしテンポは速い。

 エリフが歌い、エリナのフルートがエリフの歌にかぶせてメロディを奏でる。

 テオは伴奏を弾き、二人のメロディを支える。

 フルートの音色とエリフのハスキーな高い歌声は美しく響き、絡み合う。


 エリフは少し寂しくなる。

 自分が数百年かけてようやくできるようになったことを、高々数年ではるかに凌駕りょうがしてしまう子供たちがいることに。


 いつのまにか周囲に客達が集まり、三人のアンサンブルに聴き入っている。

 エリナは赤面している。

 赤面しながらも鼻をふくらませ、得意そうに演奏する。

 エリナの細く長い指が別の生き物のように動き、リュートの速いテンポの演奏を飾る。


 エリフは少し誇らしくなる。

 自分の書いた楽曲がここまで見事に演奏されることを。

 エリフは確信する。

 ああ、この子達は紛うことなき私の系譜だ、と。


 演奏が終わると周囲の客は拍手で迎え、テオの帽子に次々に金を投げ入れる。

 もう一曲、もう一曲と客たちはねだり続ける。

 テオとエリナは競うように客たちのリクエストに応えてゆく。


 店は静けさを取り戻す。

 エリフはエールを飲む。


「確かにお師匠の曲を見事に吹いていましたね。

 しかもお師匠よりも情緒豊かに歌い上げている」


 テオはエールを飲みながらつぶやく。


「弟子もおかあさんの曲を弾いていた。

 おかあさんよりも上手かった」


 エリナもソーセージをフォークでつつきながら言う。

 エリナのいう弟子とはテオのことらしい。

 エリフは二人のもの言いに苦笑する。


「エリナ、お前がお師匠の弟子だと認めるよ」


 テオはエリナに向かって笑いながら言う。

 その言葉にエリナは、キッ、とテオをにらみつける。


「気安く私の名前を呼ばないでくれ!

 私の名前を呼んで良いのはおかあさんだけだ!」


「うへぇ、難しい子だ。

 じゃ、なんて呼べば良いんだ?」


「好きに呼べば良い!」


「好きに呼んだら怒った癖に……。

 じゃ、お嬢ちゃんと呼ぶよ」


 テオは提案する。

 しかしエリナは納得していないようだ。


「姉弟子と呼んでくれ」


「はい?

 俺は十年近くお師匠の弟子をやっているんだぜ?

 俺のほうが兄弟子だ」


「私は十二年、おかあさんの娘をやっている。

 私のほうが長い」


「へ?

 そうなんですか?

 お師匠?」


 テオはエリフの顔をうかがう。

 エリフは、さあ? と軽く首をかたむける。

 十歳くらいだと思っていたが十二歳なのか、エリフは内心で少し驚く。


「よくわかんないけど、お嬢ちゃんで勘弁してくれよ。

 な? お嬢ちゃん」


 テオはエリナをなだめるように言う。

 エリナは怒った顔で黙り、テオをにらむ。

 テオは反論が無いので肯定と受け取る。


「じゃ、よろしくな、お嬢ちゃん」


 テオは陽気に微笑む。

 エリフも二人を見て微笑む。


 この先何がおきるのだろうか?

 いや、考えるのはよそう。

 未来は見えないからこそ歩んでいける。


 エリフは久しぶりのエールを飲み干す。

 北方に暫く滞在するのも悪くないかな、そうつぶやきながら。

第二章 第二話 私の為の弔鐘ちょうしょう 了

続 第二章 第三話 超高層ピラミッド

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