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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第二章 第二話 私の為の弔鐘(ちょうしょう) ~For Me the Death Knell~
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第二章第二話(五)わたしの死体

 何度目であろうか。

 エリフはまたもや肉の袋の中で目覚める。

 自分はまた死んだのだ。

 今度は、巨大な蚯蚓みみずに似た化け物にたたきつぶされて肉塊にまで砕かれた。

 初めて対峙たいじする化け物であった。

 少しでも封じることができると思ったことが烏滸おこがましい。

 結局いつものとおり惨殺され、そしていつものとおり転生した。


 エリフは自分の真上、肉の袋の内側に左手の親指の爪を突き入れ、袋を内側から破る。

 そして手をそのまま下半身側に動かし、肉の袋を割いてゆく。

 袋の中の羊水に似た水が、ザザーッ、と袋から流れ出す。


 袋の直ぐ上に袋の中をのぞき込む少女の顔がある。

 エリフは慌てて上半身を起こす。


「うわーん!

 おかあさん!

 おかあさん!

 転生できた!

 よかった!」


 少女はれるのも構わず、裸のエリフに右側から抱きつく。

 少女は嗚咽おえつしながらわんわんと泣いている。

 エリフは大きく左に体をねじり、肺の中の水を吐きだす。

 エリフは大きく咳込せきこむ。

 少女はあわててエリフを離す。


「すまない、おかあさん。

 大丈夫か?」


 少女は暗い茶色の目でエリフを見つめる。

 茶色の厚手のシャツとスカート、可愛らしいローブは羊水に似た液体でれてしまっているが気にする様子はない。

 少女は黒い肩までの髪にあどけない顔立ちをしていて、歳の頃十歳程度に見える。

 少女はエリフに柔らかい大きな布を差し出す。

 エリフは肉の袋と自分をつなへその緒を切り離し、立ち上がりながら布を受け取る。


 おかあさん?

 エリフは体を拭きながら体を見る。

 若い男の体だ。

 顔の横にはれた白銀の髪が揺れる。

 いつもと変わりはない。

 エリフは周囲を見渡す。

 いかにも自分が選びそうなほらではあるが見覚えがない。

 少女はエリフの股間に揺れるものを不思議そうに眺める。


「転生できて良かった。

 さすがはおかあさんだ。

 丸一日見ていて気が気でなかった」


 少女は着替えと思われる衣類を手に持ち、エリフの横にひかえる。

 エリフが体を拭き終わるのを待っているようだ。


「君は誰?」


 エリフは少女が誰であるか問う。

 見知った者ではなかったからだ。

 少女は一瞬、ひるんだ表情を見せるが、キッとエリフをにらむ。


「おかあさんが言うとおり、やっぱり忘れてしまった。

 おかあさんの娘エリナだ」


 最後のほうは涙を浮かべている。


「エリナ、でも私は君を知らない」


 エリナは一瞬姿勢を正す。

 しかしすぐにエリフをにらむ。


「いいのだ、おかあさん。

 おかあさんは以前から、転生すると私を忘れるだろう、と言っていた。

 それでも、おかあさんは『おかあさん』のままだろう、とも」


 エリナは怒ったように言う。


「君のおかあさんは男性なのかい?」


「そんなわけはない。

 おかあさんはもちろん女性だ。

 でもおかあさんは、次はエリフという名の男性に転生すると言っていた。

 今のおかあさんはエリフという名なのだろう?」


 エリフはエリナの顔を見つめる。

 全くの人違いというわけではないようだ。

 エリフはこの展開に興味がでてきた。

 偶然ではないのならば、この段取りをえがいたのは誰だろう?

 エリナはエリフに着替えを渡し、代わりにれた布を受け取る。

 エリフは渡された着替えを着る。


「そうだ、私はエリフという。

 そして君の記憶はない。

 それで良いかい?

 エリナ」


 エリナは一瞬姿勢を正す。

 そして、コクリとうなずく。


「後は私を思い出してくれさえすれば問題ない」


 エリナは涙を浮かべながらうなずく。


「おかあさんが男でも問題ないと?」


「違和感はあるが、仕方がない。

 慣れるだろう」


 慣れるのか?

 エリフはエリナの懐の深さに感心する。


「これから君はどうする?

 私はホーネルンの街で、私の弟子と落ち合うことになっているのだが?」


「ええ?

 聞いていない!

 どの弟子だ?」


 エリナは血相を変えてエリフに詰め寄る。


「本当におかあさん?」


 エリナは怪訝けげんそうに首をかしげてエリフを見る。

 その仕草にエリフは思わず笑ってしまう。


「逆になぜ私をおかあさんと言うのかが判らない」


 エリフは素直な感想を言う。

 うーん、と言いながらエリナは上体をかがめ、エリフの体をめまわすように下から上へと見上げる。


「性別が違うことと私を覚えていないこと以外はおかあさんそのものなのだが……」


「容姿も似ているのかい?」


「容姿?

 似ていると言えば似ている。

 色々違うが……。

 それはともかく!

 一緒に行く!

 どこまでも!」


 エリナは強い口調で断言する。

 大きな丸い目がり上がっている。


「このまま行ける?」


 エリフは試すようにエリナに問う。

 エリナは少し考える。


「荷物を取ってくる。

 一緒に来て欲しい」


 エリナは上目遣いで言う。

 エリフは、いいよ、と応諾する。

 エリナは安心したように笑う。


「君の住処すみかは近くなのか?」


「いったん湖まで下り、沢を登る」


 エリナの家はここから存外近いようだ。


蚯蚓みみずの化け物が出たところの上?」


 エリナはコクリとうなずく。


「判った、行こう」


 エリフはほらの外に出る。

 エリナは駆け寄り、エリフの右手を取り、エリフの顔を見る。

 エリフが手を振りほどかないのをみてニコニコと笑う。

 エリフはエリナの手をつないだまま歩き出す。


 エリナは機嫌きげんよさそうに歩く。

 エリフは右手でエリナの魔法構成をる。

 エリフは触ることにより相手の大体の魔法構成をることができる。

 珍しい、空間魔法に関するものだ。

 しかもかなり強力なものだ。

 エリフの魔法構成のように人為的に組まれたものではない。

 両親のどちらかから受け継いだものだろう。

 しかし禁呪だ。

 制限なく使うと危険極まりない。


 そしてもう一つ小さな魔法構成がある。

 死霊系の魔法構成だ。

 こっちは誰かが人為的にエリナに刻んだもののようだ。

 しかし、なんとささやかな構成だろうか。

 これではほとんど役にはたたないだろう。

 小さいとは言え、魔法構成を人為的に刻むのはエリナの体にかなりの負担を与えたはずだ。

 エリフならこんな中途半端なことはしない。

 こんなことを幼い子供にしない。

 もしするならばもっと役に立つようにする。

 エリフはエリナの魔法構成の意味を読み取ろうとする。

 しかし結論は出ない。


 二人は手をつないで、湖まで降りる。

 レイズン湖を右手に三十分ほど歩くと見覚えのある小川に辿たどりりつく。

 二人は小川を沢伝いに登る。

 程なくエリフが蚯蚓みみずの化け物に惨殺された現場が見える。

 エリフは血みどろの肉片が散乱するさまを想像していたが、円形に土が盛られているだけである。


「私の死体はどうした?」


「あそこと空間を入れ替えた」


 エリナは右側の小高い塚を指さす。

 塚の上には大きな石が置かれている。

 死体はそこに埋められているようだ。


「誰かに踏まれるのは嫌だし、獣に食われるのも嫌だ。

 辛く悲しい作業だった。

 もう二度とやりたくない」


 エリナはエリフの腕をギュゥとにぎり涙目で言う。

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