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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第二章 第二話 私の為の弔鐘(ちょうしょう) ~For Me the Death Knell~
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第二章第二話(一)参道その一

 ――ゴゥーン……カラン……、ゴゥーン……カラン……、ゴゥーン……カラン……


 鐘の低い音が鳴り響く。

 エリフは覚醒する。

 赤く暗い空が見える。

 エリフの記憶は混濁こんだくしているが、エリフはここにくることが初めてではないことを知っている。

 自分はまた死んだのだ。

 自分を追う古きもの、巨大なかえるに似た化け物のぎ払う腕により跡形もなく千切れ飛んだ。

 その死の瞬間の恐怖が記憶に刻まれている。

 その他は混濁こんだくした記憶の中、すべてが曖昧あいまいで思い出せない。

 しかし今はほかの記憶はさほど重要ではない。

 エリフはここですべきことを知っている。


 ――ゴゥーン……カラン……


 鐘の音が鳴り続ける。

 エリフは人が一人入る大きさの横たえられた箱、ひつぎの中に寝ている。

 着衣はよく判らないが大きな黒い布で覆われている。

 身を起こすとそこは桟橋さんばしに似た左右に赤い水が海のように広がる細い石畳の通路であることが判る。

 道の一方はどこまでも続いているように見える。


 またここに来てしまった。

 エリフは通路の一方を見ないように立ち上がる。

 通路の一方には口が耳まで裂けた巨大な黒い狼に似た化け物がこちらを見ながら伏せているはずである。


 エリフは棺から出て桟橋さんばしに似た石畳の通路に立つ。

 通路はほとんど左右の赤い海と高さが変わらず、左右の海面は細波さざなみがあるのみで穏やかな絹布きぬぬののような表情をしている。

 エリフはおおかみの化け物と反対方向、通路の左側に沿って素足で歩き出す。

 座っていたおおかみの化け物は立ち上がり、ゆっくり距離を取って付いてくる。

 

 十三歩歩いたところで、エリフは進路を七十二度左に向ける。

 赤い海の水面の上に歩を踏み出す。

 その部分の海面すぐ下に足場があるようだ。

 エリフは通路に対して七十二度の角度を保ち、歩き続ける。


 鐘の音が鳴り続ける。

 おおかみの化け物は海面の道をゆっくり付かず離れず付いてくる。

 赤い海面は波立ち始め、エリフの足首をらす。


 エリフは暫く海面の道を歩いた後、また七十二度左に進路を変える。

 赤い海面の波はふくらはぎを超える高さとなり、エリフの着衣の裾をらす。

 エリフは構わずに歩を進める。


 ――ゴゥーン……、ゴゥーン……、ゴゥーン……


 低く鳴り響く音はだんだんと短い打鐘だしょうへと変わってゆく。

 おおかみの化け物はエリフが通った道をトレースしながら付いてくる。


 赤い海面の波は歩くのを拒むようにうねる。

 エリフはいくばくか歩いた後、また七十二度左に進路を変える。

 赤い海面は大きく波立ち、腰の高さまでの波となる。

 エリフは波をき分けるように進む。


 進む先、波間に海面が長方形に落ち込んでいるのが見える。

 長方形の手前短辺の中央付近に下へ降りる階段があり、長方形の各辺から水が滝のように落下してゆく。

 エリフは階段を降りてゆく。

 途中滝のように落ちる水のカーテンが行く手を阻むが気にせず、下へと歩を進めてゆく。


 ――ゴゥーン、ゴゥーン、ゴゥーン、……


 鐘の音は連打となって響く。

 階段は水にれ、泥濘ぬかるんでいる。

 おおかみの化け物も階段を降る。

 階段はなにも無い暗い空間にどこまでも続くかのように見える。

 しかしエリフは左方向、何もない空間に右足を踏み入れる。

 落ちない。

 見えない階段があるかのように下へと降りてゆく。


 ――グァン、グァン、グァン、グァン、……


 鐘の音は激しい連打となってもはや他の音を全て覆い隠してしまっている。

 おおかみの化け物はゆっくりとエリフの後を追う。

 エリフは再度七十二度左に方向を変えて見えない階段を下へと下ってゆく。

 その先に銀色に光る床が見える。


 エリフは床に降り立つ。

 降りた床はエリフの足を固定する。

 足の裏が張り付いたように離れないのだ。

 エリフは無理やり右足を引きはがす。

 今まで右足の有った場所にエリフの足の裏の肉が薄く残る。


 エリフは右足を左三十六度の鋭角方向に向ける。

 そして今度は左足を床から引きはがす。

 左足裏の肉も薄く床に残る。

 エリフはゆっくりと歩を進める。

 歩を進めるたびにエリフの足裏の肉が、既に足の裏ではなくなっているが、床に残ってゆく。


 エリフは光る銀の床の縁を出る。

 眼下のはるか遠くに、大小の銀色の鈍色にびいろの球体がひしめき合って明滅している。

 近く大きく見える球体ははるか遠方にあるようだ。

 大きさは恐らく尋常じんじょうではない。

 それが無限に思えるようにひしめき合っている。


 エリフは眼下を見ない。

 ただ進行方向にある明るく輝く光を目指す。

 エリフは前のめりに倒れ、両手を付く。

 既に立っていられるほど足の肉が残っていないのだ。


 エリフは四這よつんばいになり、身を前に進める。

 おおかみの化け物は銀色に光る床に留まり、エリフを見下ろす。

 床は見えないがエリフの付けた肉は見えない床に残る。

 エリフの手や膝は見る間に削られてゆく。

 それでもエリフは前に進むことを止めない。


 ――ガンガンガンガンガンガンガン


 既に鐘の音は鐘の音ではなく、ただただ恐ろしい轟音ごうおんとなってひびく。

 前に進むのだ。

 前に進むのだ。

 エリフは削られる手足でい進む。

 そして光の中に身を投じる。


 ――ガガガガガガガ


 すさまじいばかりの光と音がエリフを包む。

 エリフは体が分解されてゆくのを感じる。

 精神が分解されてゆくのを感じる。

 いつしかエリフの体と精神は輪郭を失い、消える。

 光の中に。

 光の海の中に。

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