表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第二章 第一話 夢で逢えたら ~When We Meet in My Dream~
57/268

第二章第一話(七)きみと一緒に帰ろう

「ラビナ!

 ラビナ!

 どうしたんだ?」


 ジュニアは自分の腕の中で崩れ落ちてゆくラビナを必死に支える。

 ジュニアには何が起こったのかまったく分からなかった。

 ラビナは突然意識を失ったように見える。

 黒雲は去り、雨は止んだとはいえ依然風は強く足場は急角度の斜面である。

 介抱できるような状況ではない。

 ジュニアはサプリメントロボットを自走させる。


「サプリ、ゲートの方向は判るか?」


『こっちよ』


 サプリメントロボットは岩山のある方向を指さす。

 ジュニアが見当をつけていた方向と概ね一致する。

 ジュニアはラビナを肩に抱え、ラビナの小銃とポシェットを手に持ち、山を下りはじめる。

 大小の岩々がジュニアの足取りを邪魔する。

 何度も倒れそうになり、必死でこらえる。

 辛うじてラビナを横たえられる岩を見つける。


 ラビナの呼吸は止まり、脈も無い。

 心肺停止、このまま血流が止まれば脳が死ぬ。

 ジュニアは必死にラビナに心臓マッサージを行う。

 夢幻郷での死とはどのような状態を指すのだろう?

 ジュニアはラビナに訊かなかったことを後悔する。

 頼む、頼む、頼むから動いてくれ。

 ジュニアはそう願いながらラビナの胸骨の上に両手を重ね、体重をかける。

 しかしラビナの脈は戻らない。


「サプリ、体外式除細動機能を試す」


『はい、もう既に準備してあるわ』


 サプリは両腕を伸ばす。

 ジュニアはラビナの貫頭衣の右袖から肩にサプリメントロボットの右手を、同じく貫頭衣の左袖から左脇に、サプリメントロボットの左手を挿しいれる。


「サプリ、計測を頼む」


『了解よ』


 サプリメントロボットは暫く目を閉じる。


『心室細動は確認できないわ。

 心臓マッサージを続けるべきよ』


 ジュニアは心臓マッサージを続ける。

 二分心臓マッサージを行い、心室細動を確認する。

 これを何回も繰り返す。

 しかし心室細動は確認できない。

 どれくらい続けただろうか。

 あまりにも時間がかかりすぎている。

 ジュニアの腕はパンパンになり、汗だくとなる。


「ラビナ、ラビナ、ラビナ……」


 ジュニアはラビナの名前を連呼する。

 頼むから起きてくれ、頼むから。

 しかしいくら心臓マッサージをしようとも、いくら名前を呼ぼうとも、ラビナは動かない。

 回数からすると既に数十分の間、心臓マッサージを続けていることになる。

 ジュニアはこのことの意味を知っている。


 心肺停止から数十分心臓マッサージをして蘇生そせいした例をジュニアは知らない。

 絶望しながら、それでもジュニアは心臓マッサージを続ける。

 そうしてついに座り込む。


「ウオー!」


 ジュニアは天に向かって咆哮ほうこうする。

 助けられなかった。

 無理を言って夢幻郷に誘った女の子を死なせてしまった。

 ジュニアはラビナの上体を起こし、冷たい体を抱きしめる。


「ごめん、ごめんよ」


 ジュニアはラビナにささやく。

 サプリメントロボットはジュニアの背後から右手をジュニアの左肩に置く。

 なぐさめるように。


 ジュニアは立ち上がり、動かないラビナを背負せおう。

 サプリメントロボットはジュニアの後ろからラビナの両足を持ち上げ、少しでもジュニアの負荷を軽くしようとする。


 下り道、ラビナの体重がジュニアの足に負荷をかける。

 ラビナの小銃も軽くはない。

 ジュニアの足取りは重い。

 ジュニアは、ラビナごめん、ラビナごめん、と繰り返しつぶやく。


「せめて体と小銃はゲートから帰らせてやるから」


 そのためだけに、ジュニアはラビナを背負い、山を下る。


 暫く下ると、シャンタク鳥がいる。

 シャンタク鳥は背後から登ってくるものに道をゆずるように巨大な身を動かす。

 ジュニアのキャリバッグが登ってきている。

 シャンタク鳥は馬の頭の目でジュニアを追う。


「俺たちが戻るのを待っていてくれたんだ」


 シャンタク鳥は、ビィーッ、とく。

 ジュニアはシャンタク鳥のおぞましい姿が可愛らしく感じる。


「君、ゲートまで乗せていってくれる?」


 ジュニアはシャンタク鳥に問いかける。

 シャンタク鳥は馬の目でジュニアを見つめ、ビィーッ、という大きな声でき、頭を一度下げて元に戻す。

 肯定しているようだ。


 ジュニアはサプリメントロボットをキャリバックの中にしまい、背負う。

 シャンタク鳥はジュニアたちを迎えるために羽をおろし、身を低くする。

 ジュニアはラビナを抱え、シャンタク鳥の背に乗る。

 自分の帯とラビナの帯を外し、落ちないように自分にラビナの体を結びつける。

 ジュニアは羽根の付け根をつかむ。


「いいよ、お願い!」


 ジュニアがそう声をかけるとシャンタク鳥は羽ばたき、山肌を離れる。

 ジュニアは来るときはあまり見ることができていなかった眼下の世界を見る。


 ――夢幻郷は現実の世界に匹敵するほど広いわ。

 ――地球や惑星の概念もあるし宇宙もあれば外宇宙もある。


 ラビナはそう言っていた。

 なるほど広い。

 高さ千メートル程度から見渡すかぎり世界が広がっている。

 森や荒野、草原、山脈や湖、川や海。

 ここには剣呑けんのんな化け物が住み、夢の都市があるという。


 ジュニアはラビナが言う『夢見の山脈』がある方向を見る。

 はるか彼方に見えるどれが『夢見の山脈』であるのかジュニアには判らない。

 ラビナなしで『夢見の山脈』の『光の谷』に辿たどりりつける自信も今はもうない。


 シャンタク鳥の飛ぶ速度では、魔の荒野の岩山のふもとまでさほど距離はない。

 ゲートに向かい、シャンタク鳥は高度を落としてゆく。

 ジュニアはラビナを落とすまいと、左手でラビナを抱え、右手で羽根を必死でつかむ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
作者の方へ
執筆環境を題材にしたエッセイです
お楽しみいただけるかと存じます
ツールの話をしよう
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ