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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第二章 第一話 夢で逢えたら ~When We Meet in My Dream~
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第二章第一話(三)夢の中で見る夢

 ラビナはジュニアがジャックの息子であると知った時点で、ここに居座るつもりでいる。

 ジャックのしでかした責任を息子に負わせることに何の問題があるだろうか?

  ジュニアはしばらく、うーん、とうなった後、判ったよ、と折れる。

 ラビナは満足そうにうなずく。


「人の精神は基底部分でつながっているの。

 これを連魂れんこんという。

 人ならば共通して持つ精神世界がるわけ」


 ラビナはそこまで言い、ジュニアの反応を待つ。

 ラビナの経験上、この段階で人によっては拒絶反応を示す。

 そのような相手にはその先の説明は困難だ。

 ジュニアは軽くうなずきながら先を促す。


「普段、人はその共通する精神世界を意識しない。

 意識する必要が無いから。

 共通する精神世界は人が最低限人の範疇はんちゅうに収まるために必要ではあるのだけれど、人が人の範疇はんちゅうに収まっているかぎり意識する必要のないものでもあるわけ。


「だけど中には精神世界を強く意識する人も居て、そんな人たちは自分の行動の結果を連魂れんこんの中に痕跡こんせきとして残していく。

 注意すべきは、連魂れんこんは人の精神の基底部分につながる共同認識であるところ。


「つまりある特定の個人が残した連魂れんこんでの痕跡こんせきは、他人の認識にも非可逆的な変化として残ることになるの。

 抽象世界であった連魂れんこんの世界は時代が下るにつれ徐々に具象化されていく」


 ラビナは、どう? と言うようにジュニアの顔を伺う。

 ラビナにはラビナの目を見ながらうなずくジュニアの表情からジュニアの内心は読み取れない。


連魂れんこんの中に徐々に作り上げられていった世界を私たちは夢幻郷と呼んでいる。

 精神世界上の抽象概念でありながら人々の行動の痕跡こんせきにより固定化され具象化された歴史を持ち、時間にしばられた肉体を持つ人間の精神世界であるゆえに現実世界と同じ時間軸を持つ夢の中の世界、ドリームランド。

 卓越した夢見る人の中には夢幻郷の中に都市や王国をこしらえるものたちも現れる」


 ラビナはジュニアの顔をうかがいながらしゃべっている。

 ジュニアの反応はおどろくでもなく茶化すでもなく、ただ静かにラビナの話を聞いている。

 ラビナは、ひょっとしてこんな話は百も承知なのかしらん? と不安になる。

 少し話を組み替えたほうが良いかしら?


「夢幻郷は夢の世界であるけれど、その中で起きて活動していれば脳は休んでいない。

 脳には眠りが必要だから、夢幻郷の中でもごく普通に眠ることになるわ。

 そして眠った脳は夢を見る。

 正に夢の中の夢ね」


 ラビナはジュニアの反応が手応えの無いものであったので、取りあえず質問に答えようとして話題を戻す。


「現実世界で肉体を持つ人間が、夢幻郷に影響を与えることになるのだけれど、逆の事象がおきることもあるの。

 卓越した夢見る人は夢幻郷にって現実世界の肉体をコントロールする場合がある。


「夢幻郷に居るとき、新陳代謝は著しく低下し現実世界の肉体は長時間維持できる。

 それでもはるかに長い時間、夢幻郷に留まれば現実世界では空腹になるし行き過ぎれば脱水症状や栄養失調で死ぬわ。


「だけど肉体をコントロールして、新陳代謝をほとんど無くし、現実世界の肉体を数年以上維持する例があったりするの。


「さっきの貴方の質問である、夢の世界で眠る、というのはケースによりけりだけれど、私たちの女王の場合は現実世界での存在が希薄化して存在が確認できなくなっている例ね。

 夢幻郷では文字通り眠り続けている状態になっていた。


「ジャックはその女王を覚醒かくせいさせ、光の谷の実権を譲り受けてしまった!

 ジャックは怪しげな機械で光の谷をおおい尽くし、私たちが近寄れない状態にしたうえで、行方をくらませてしまったのよ。

 それで私たちは困り果てているわけ!」


 ラビナは説明しながら、ジャックのことを思い出し、怒りに震える。

 ジュニアは苦笑いを浮かべながら、まあまあ、落ち着こうよ、とラビナをなだめる。


「ジャックも『夢見る人』なんだ?」


「素人も同然だけれどね!

 夢幻郷のことを大して知らずに彷徨さまよっていて、数週間山中を放浪していた。

 私たちが出口に導かなければ野垂のたれ死んでいたところよ?」


「多分ジャックの最初の目的は君のような『卓越した夢見る人』に会うことだったんだよ。

 で、実際に出会えた。

 一か八かの賭けに勝ったということだね」


 ジュニアは愛想あいそ笑いを浮かべながらラビナは言う。

 なるほど、後の推移を見るにそうかも知れない、とラビナは思う。

 そう思ってしまうとジャックに対する怒りは更にヒートアップしてゆく。


「人の善意をしゃぶり尽くし、一族の聖地を奪うとは人でなしもいいところね、貴方のおとうさんは!」


 ラビナは大きな丸い垂れ目をせいぜい吊り上げて、ジュニアを威嚇いかくする。

 言ってやらないと気が済まない。

 酒をたかって申し訳ないと思っていたが、こうと知っていればもっと高い酒を頼むべきだった。


「知識がなく夢幻郷に入れば野垂のたれ死ぬものなの?」


 ジュニアはラビナの怒りには直接相対せずに質問する。


「人それぞれね。

 大抵の人は野垂のたれ死ぬけど、最初の夢で都市を築いてしまう強者つわものも居る」


「大抵は野垂のたれ死ぬんだ……」


「外敵が多いのよ。

 ナイトゴーンやグール、ガストといった魔物たちが一人でさまよう旅人を狙っている。


「夢幻郷は人間の精神の基底部分だから多くの邪神たちの関心も集まる。

 肉体を持たない邪神たちの一部は夢幻郷を介して人に干渉を与えているとも言われているわ。

 そういった人ならぬものたちも夢幻郷に版図を築いている。


「間違ってそんなところに迷い込むと戻ってこられないし、戻ってきたとしても元の存在とは異なるものになっているのが常ね」


 どうだ、怖いだろう、というようにラビナはジュニアの顔をのぞき込む。


「……尤も、多くの人が野垂のたれ死ぬ最大の要因は入ったところからしか出られないことを知らないためね」


 ラビナは多くの帰らぬものたちのことを思うと多少は敬虔けいけんな思いが戻ってくる。

 ジャックは酷い奴ではあるが、野垂のたれ死んだほうが良かったとまでは思わない。

 無事出口まで誘導してやったとき、ありがとう、と言って爽やかに笑うジャックの顔は印象的ではあった。


「経験豊かな『夢見る人』と一緒ならば安心して旅ができるんだ?」


「それはそうだけれど、なかなかそんな人と出会わないわよ。

 夢幻郷は現実の世界に匹敵するほど広いわ。

 地球や惑星の概念もあるし宇宙もあれば外宇宙もある」


「うんうん、だから君が一緒に来てくれるならば、俺は夢幻郷で野垂のたれ死なずに済むのかな?」


 ラビナはジュニアの爽やかに笑う表情の作り方がジャックに似ているので、やっぱりこいつらは親子だ、と再確認する。


「なによ?

 貴方も夢幻郷に行きたいの?」


 ジュニアは、うん、そう、と短く応える。


「目的は?

 貴方も私達の聖地を盗る気?」


「って、言うかもう盗られた後だろう?

 風の谷の思考機械。

 アレのストレージは夢幻郷にあると予想している。

 君たちの光の谷、そこにあるんじゃないの?

  だからジャックはそこを訪ね、そこを制圧した。

 多分そうする必要があったから」


「光の谷に行くというならば協力はできない」


 ジュニアの話をつまらなさそうに訊いていたラビナは冷たい口調で言う。


「俺は別に君たちの聖地を奪おうというわけではないよ。

 思考機械の長期記憶が知りたいだけだ」


「それは良いの。

 ただ協力したくてもできないだけ……。

 あそこは聖地であると同時に様々な化け物がむ地獄。

 普通は近づくことさえままならない」


「え、そうなの?

 それじゃどうやってジャックは光の谷に行ったの?」


 ジュニアの問いにラビナは空中を見る。

 なぜジャックは光の谷に辿たどり着けたのか?

 それはいくつもの偶然が重なったからだ。

 ラビナはそう理解している。


 光の谷に眠る『眠れる女王』の突然の覚醒と失踪。

 化け物たちの一時的な沈静化。

 ジャックが現実世界から持ち込んだ機械類の数々。

 数百年起こらなかった偶然が半年前のあのとき、一気に起こった。

 偶然だと思っていたが、本当にあれは偶然なのだろうか?


「あの、もしもし?」


 返事が返ってこないのでジュニアはラビナに声をかける。


「え?

 ええ、なんでジャックは光の谷に辿たどり着けたのかなー? と思って……」


「判ってないんだ?」


 ジュニアは笑う。

 ラビナは確かにジャックが光の谷に辿たどり着けた理由を説明できないことに気付く。

 まあ、確かに判っていないわね、とラビナは肯定する。


「なら、その理由を探しに行かない?」


 ラビナは、うーん、としばらうなり、考える素振そぶりを見せた後、ジュニアに向き直る。


「……まあそうね、……それもいいかも知れない。

 じゃ、一緒に寝ましょうか。

 ゆかは嫌よ……」


 ラビナはもじもじした仕草でジュニアを上目遣いで見ながらそう言う。

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