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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第二章 私の凍てつく心を暖めて ~Warm My Freezing Heart up ~
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第二章 巻頭歌 草原(そうげん)の丘に消える涙 ~Dropping the tears into the Meadow Hill~

■ 第二章 私のてつく心を暖めて

Warm My Freezing Heart up


巻頭歌 草原そうげんの丘に消える涙

    Dropping the tears into the Meadow Hill

第一話 夢でえたら

    When We Meet in My Dream

第二話 私の為の弔鐘ちょうしょう

    For Me the Death Knell

第三話 超高層ピラミッド

    The Sky-Scraped Artificial Mountain

最終話 おかあさんと一緒

    I like My Mom

◆ 第二章 挿話 草原そうげんの丘に消える涙

Dropping the tears into the Meadow Hill


 少年は草原そうげん綺麗きれいな石を見つける。

 少年は歳の頃八歳、名をテオドールという。

 厚めのシャツに厚めのズボンを着ている。

 この辺りではありふれた服装だ。

 時折吹く強風がテオドールの柔らかそうな金色の髪を巻き上げる。

 テオドールは石を拾い上げ目の高さまで持ち上げる。

 偶然視線を落とした先に、青味を帯びた緑色に光る小さな石があったのだ。

 石は太陽の光を浴びてキラキラと輝く。


(アーチャにやろう)


 テオドールは大好きな年長の女性の喜ぶ顔を想像する。

 この石はアーチャの瞳の色に似ている。

 風が吹く。

 草原そうげんは広く、空はどこまでも青く、風は強い。

 低い雲は速い速度で流れてゆく。

 テオドールは顔をあげ、風の吹き上げる方向、丘の上を見上げる。


(え? なに?)


 丘の上に少女がたたずんでいる。

 テオドールはおどろく。

 つい先ほどまで、テオドールは一人であった。

 テオドールは一人で歩いてこの草原そうげん、この丘まで来たのだ。

 少なくとも周囲に人は居なかった。


 少女はテオドールに気付いていないようだ。

 少女は丘の上に立つ。

 長い金髪を後ろで束ね、厚手のシャツにズボン、膝までの腰巻きという遊牧民としてありふれた少女の恰好かっこうだ。

 少女はテオドールに斜め後ろ、左のうなじを見せるように立って、遠くを眺めている。

 垣間見る少女の横顔は寂しげであった。


 テオドールはその少女を知らない。

 しかし奇妙な既視感を覚える。


「泣いているの?」


 テオドールは丘の頂上に向かって数歩すうほ歩き、少女に声をかける。

 少女はゆっくりとテオドールのほうに振り返る。

 少女の表情は泣いているようでもあるし怒っているようでもある。

 碧色みどりいろの少女の目は意思の強そうな光があり、テオドールをにらむ。


(――あれ?)


 テオドールは少女の表情を見て驚く。

 少女はテオドールと同じくらいの年齢、八歳くらいに見える。

 しかし、少女の顔は似ていた。


「泣いてなんかいないわ」


 少女は高く透き通った声で否定する。


「泣いたって、何の解決にもならないんだから」


 少女は続ける。

 少女はツカツカッと丘を下り、テオドールに歩み寄る。

 テオドールは戸惑う。


「君は誰なのかしら?」


 少女は両手を腰にあて、胸を張り、少年に問う。


「テオドールだよ」


 テオドールはやや気圧けおされながら少女に応える。


「テオドール?

 リタおばさんのところのテオージャ?」


 少女は驚愕きょうがくの表情を浮かべる。

 そして両手を広げ、少年、テオドールを抱擁する。


 テオドールは不思議な感覚につつまれる。

 少女はテオドールを抱擁する。

 少女のほおにテオドールのこめかみが当たっているようだ。

 しかしテオドールにとって少女はまるで空気のように実体が感じられない。


「生きていてくれたんだ。

 テオージャ、君は生きていてくれているんだ」


 少女は碧色みどりいろの目に大粒の涙を浮かべる。

 その涙はテオドールには実体がつかめないまま、テオドールの顔を伝い、足下の草原そうげんに落ちてゆく。


「みんな死んでしまったんだよ。

 流行り病で。

 私の幼い妹サエラも死んでしまった。

 サエラの未来は全て閉ざされていた。

 リックもマルコも、みんなみんな……。

 助けたかったのに助けられなかったんだよ。

 うわーん」


 少女は大粒の涙を流し、顔をくしゃくしゃにして泣く。

 テオドールは少女の体を抱擁しようとするが、少女の体には触れられない。

 それでも、少女の体の輪郭を支えるように手で輪を形作る。

 少女は抱擁を止め、テオドールの顔を両のてのひらはさみ凝視する。


 少女の泣き顔が、少女の柔らかそうなほおらす涙が、テオドールの両目に映る。

 テオドールは心のなかで懇願する。

 泣かないで。

 お願いだから泣かないで。

 僕は君に泣いて欲しくないんだ。

 笑っていて欲しいんだ。


「テオージャ、生きていてくれてありがとう。

 あの状態から君は生き延びるんだね?

 私たちがやっていることは意味があるんだね?

 私は君が生き延びる方法を探すよ。

 君の未来を手繰たぐるよ。

 ここに来れて良かった。

 君が生きていてくれて本当に良かった」


 少女のどこまでも真直まっすぐな、碧色みどりいろの瞳はテオドールを射抜くように見つめる。

 テオドールは少女を可憐かれんだと思う。

 いとおしいと思う。

 まもりたいと思う。

 しかしそんなテオドールの内心とは裏腹に、少女の輪郭は薄くなりはじめる。


「アーチャ!

 アーチャなんだろう?」


 テオドールは叫び、消えゆく少女の輪郭をつかむように手を伸ばす。

 しかし無情にもテオドールの手はむなしくくうく。


 ――生きていてくれてありがとう


 少女の口はそう動いたように見える。


 風は強い。

 低く速い雲の流れが太陽を隠す。

 一瞬で周囲は暗くなる。

 時を同じくして少女の輪郭は希薄化し、背景に溶けだす。

 その姿はおぼろなものとなり、そして最後には消える。

 草原そうげんの強い風がテオドールの柔らかそうな金髪をで上げる。


「アーチャ!

 アーチャてば!」


 雲は流れ、テオドールは再びまぶしい太陽の光を浴びる。

 テオドールの叫びは草原そうげんに消える。

 人気のない草原そうげんの丘に。

第二章 巻頭歌 草原そうげんの丘に消える涙 了

続 第二章 第一話 夢で逢えたら

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