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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第一章 最終話 あなたの右目をください ~I'd Like Your Right Eye~
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第一章最終話(十)ソニアの決心

 ――崩壊歴六百三十四年の五月十八日八時


 緩やかな丘が続く草原の道、アムリタの運転するバギーは走る。

 助手席にはエリーが座り、エリーの後ろにはソニアが片膝を抱えながら座っている。

 青空に白い雲が浮かび、ゆっくりとした車の速度に白い雲が付いてきているようだ。

 起伏はあるが見通しの良いなだらかな道、ほとんど最高速度である三十キロの速度が出ている。

 さわやかな朝の風を受け、アムリタは上機嫌で運転をする。


 トランクケース一つを持ち、ジャックに見送られ、バギーに乗り込んでから、ソニアは借りてきた猫のようにおとなしく無口である。

 左目下のほお蒼痣あおあざがあり、痛々しい。

 花柄模様のシャツの襟ボタンを三番目まで外し、胸の上が大きく開いている。

 そこには薄く開く眼がある。

 その眼も、ソニアの本来の眼と同様、ぼんやりと何かを考えているように見える。


「せっかく来てもらったのに恥ずかしいところを見せてしまってごめんなさい」


 ずいぶん長い沈黙が続いた後、ソニアはアムリタとエリーに謝る。


「気にしなくていいのよ、ソニー。

 ソニーとジャックの仲がこじれなくて良かったわ」


 アムリタは上機嫌で応える。


「うん、まぁその、あの時はチャンスを逃すまいと思っていて、今でも後悔はしていないんだけれど。

 でも、ビジュアル的にかなりグロかったよね?

 あの後の料理、みんな手を付けていなかったから、マリアが気にしていたんだ」


 ソニアはゆっくり流れる風景を見る。


「あら、私は結構いただいたわよ?

 美味おいしかった。

 エリーとジャックはあの前にローストビーフを食べていたからお腹が一杯だっただけじゃないかしら?

 ジュニアは多分徹夜明けだから眠かったのよ、きっと」


 アムリタの言葉にエリーは何か言いたげに見る。

 アムリタは、ソニアがもっと怖い人だと思っていたので、ソニアの自戒の言葉を聞き、安心する。

 仲良くやっていけそうだなとうれしく思う。


「それに、グロいというよりも皆の前で胸をさらけ出してジャックにまたがるなんて……。

 女の子としてそっちのほうがちょっといかがなものかしら?」


「え?

 見えてた?」


「ええ、角度的に丸見えね。

 エロかったわ」


 ソニアは、あちゃー、と言って顔をしかめる。


「ところで、ソニー。

 嫌なら答えてもらわなくても良いのだけれど、その左頬ひだりほおあざはどうしたの?」


「マリアに蹴りを入れられた。

 反省しろと言われて」


「まぁ!

 ハイキックというやつね!

 マリアは武闘派なのね」


 アムリタはさも感心したようにうなずく。


「武闘派も武闘派。

 私はマリアより強い人間を知らないわ。

 でもけようと思えばけられたんだけど、今回はあえて受けた。

 脳震盪で暫く意識が飛んだよ」


素晴すばらしいわ!

 親子のきずなを確かめあったのね!」


 アムリタはあくまでもテンション高く、上機嫌で応える。

 アムリタの笑顔を見て、ソニアの暗い顔が多少明るくなる。


「その胸の目のために視神経を削ったのか?」


 エリーが後ろを振り返りながらソニアに問う。


「うん、まあね。

 左右から二十パーセントくらいずつ」


 ソニアは何でもないことのように応える。


「違和感は無いか?」


「うーん、実は結構違和感があるかな」


 ソニアは白状するように言う。


「後で見させてくれ。

 調整できると思う」


「うん、そうだね。

 お願いするわ」


 ソニアはエリーを見て笑う。


「ソニア、ジャックの画像ライブラリで何を見たのか教えてくれないか?」


 エリーは重ねてソニアに問う。


「えー?

 ああ、ジャックのプライベートな部分は勘弁ね。

 私は見てしまって激しく動揺したわ。

 後悔はしていないけれど……。

 ジャックは三年前、連環れんかん山脈の中央で外からのものを見たの。

 でっかい眼玉のようなやつ。

 私が飛空機の姿勢制御の為にエンジンに火を入れたので気付かれた。

 その後凄まじい光が望遠鏡をのぞいていたジャックの右目を焼いたのよ」


 ソニアは淡々とジャックの見たものを説明する。


「ジャックは二十年くらい前から人工衛星を十六個、低周回衛星軌道に乗せているわ。

 目的は連環れんかん山脈にいる、外からのものの監視ね。

 三年前のあの事件以降、この眼で常時見られるようになったの……。

 連環れんかん山脈が昼である時間、七分置きにこの眼と視線が合うのよ。

 ジャックが夜の行動を好むのは隠密行動の為だけではなかったのね……。

 私はこれからずっとこの光景とともに生きてゆく……」


 ソニアは胸の眼に手を当ててやや暗い表情をする。


「ソニーとエリーは知り合いなの?」


 アムリタは話題を変える。


「んー?

 話をするのは今日が初めてだよね?

 一度、ジャックの右目の時に会っているはずだけど、覚えていないなぁ。

 これだけ印象深い顔立ちならば忘れるはずがないんだけれど……」


「私は覚えているよ。

 当時私は何もできなかった。

 私のおかあさんがジャックの手当てをして、ジュニアがジャックの介抱していた」


 ソニアの言葉にエリーは薄い微笑みで応える。


「そうだねぇ、あの時はキツかった。

 あの時の何もできなかった自分にサヨナラをしたくって頑張ってあの眼を作ったんだ。

 だけど、この眼は想像以上にすごい眼だということが判ったわ。

 侮れない」


 ソニアは胸の眼に手をやる。


「ジュニアの部屋を片づけてあげているときに設計書を見つけてねー。

 ジュニアのこと、ノロマだ、阿呆あほうだと莫迦ばかにしていたけど、結構やるのかもしれない」


 ソニアはジュニアへのゆがんだ賛辞を贈る。


「あら、ジャックの眼はジュニアが作ったの?」


「そう、基本設計は。

 通信部分はジャックの謎技術が入っている。

 視神経とのインターフェースはエリーのおかあさんの設計よ。

 今回私はインターフェースを合わせたのだけど、正直そっちは私にはチンプンカンプン」


 ソニアの説明に、アムリタは、ふーん、とさも感心したように返すが、その実チンプンカンプンなのはアムリタのほうである。


「ソニーってすごいのね。

 魔法使いね。

 ジャックもジュニアもだけど」


「えー?

 私、魔法使えないよ?

 でもありがとう、アムリタ。

 それってめ言葉だよね?」


 ソニアは笑いながら言う。

 アムリタは、そうよそうよ、最大限の賛辞よ、と上機嫌で応える。


「あははは、いいね。

 悩んでいるのが莫迦ばかばかしくなってくるわ。

 ねぇ、アムリタ、運転代わってよ。

 私のドライビングテクニック、見せてあげるわ」


 ソニアは運転席に乗り出してアムリタに言う。

 アムリタは心底嫌そうに、えー、と言いながらもバギーを停める。

 アムリタはエリーの後ろに座り、ソニアは運転席に座る。

 ソニアはコンソールをいじり、シートベルトをめてね、と言いながらバギーを発車させる。


「え?

 え?

 なにこの速度?」


 バギーは今までとは次元の違う速度で加速する。

 草原の緩やかなカーブが急峻きゅうしゅんなコーナーのように感じる。

 バギーはカーブを、四輪を滑らせながら滑らかに曲がってゆく。

 ソニアは片手ハンドルで軽くカウンターを当て、アクセルを踏み込む。

 頻繁に方向の変わる斜めの加速度を感じるが、強さはそれほどでもない。

 バギーは激しい砂埃すなぼこりをあげて走る。


「なんで?

 なんでこんなに速いの?

 いままでの私の運転はなんだったの?」


 アムリタはおどろきながらソニアに訊く。


「だから、ジュニアの言うことだけを聞いていちゃダメなんだ!」


 ソニアはうれしそうに叫びながら、コーナーを曲がってゆく。


「世の中、楽しいことだらけなんだよ!

 リミッターを外そうよ!

 私が貴女たちを今まで行ったことがないところに連れていってあげるよ!」


 バギーは下り坂を減速なしで走り抜ける。

 そしてジャンピングスポットを駆け抜け、車体は草原の丘を跳ぶ。


「ありがとう、ソニー!

 大賛成よ。

 先ずこのリミッターとやらを外したバギーを早く私に運転させて頂戴な!」


 バギーは空中に浮き、重力から解放される。

 アムリタは着地の衝撃に耐えるために座席にしがみつく。

 エリーはサプリメントロボットをそっと胸に抱く。

 アムリタは期待にはち切れんばかりに笑みを浮かべる。

 アムリタはこの時代も悪くないと思った。

第一章 最終話 あなたの右目をください 了

第一章 風の調しらべ、星の歌 了


一章ではエリー、アムリタ、ラビナ、ソニアがカルザスの街、ジュニアの元に集うまでの話がメインでした。

二章では白銀の魔法使いとその弟子たちの話がメインになります。


続 第二章 私の凍てつく心を暖めて

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