第一章最終話(七)ジャックの切り札
「ジャック、久しぶり!
いきなりで悪いんだけれど、おとなしく一緒に来てもらえるかな?
フォルデンの森の女の子について、マリアが訊きたいんだって!」
二足歩行ロボットの胴体の中からジュニアはジャックに声をかける。
「マリアが?
ソニアが、ではなく?」
ジャックは静かに訊き返す。
「ジャック、マリアにも全然連絡入れていないだろう?
ソニアはカンカンに怒って俺に当たるし、マリアも根ほり葉ほり訊くし、鬱陶しいんだ」
「それはお気の毒に」
ジュニアの言葉にジャックは人ごとのように返す。
ジュニアは少し、ムッ、とした表情を作る。
「だから、そろそろ捕まえてこいという話になった」
ジュニアがそう言うと、二足歩行ロボットの腕に構えるボウガンから紐のようなものが発射される。
紐は回転しながらジャックの上半身に巻き付き、ジャックを拘束する。
続けてもう一回紐が発射され、今度はジャックの両足を拘束する。
「なかなか面白そうなオモチャを作ったな」
ジャックはさも感心するように呟く。
「ということで、一緒に来てもらうよ」
ジュニアは改めてジャックに言う。
「そうだな、僕に勝てたら一緒に行ってあげるよ」
ジャックは嬉しそうに言う。
「え?
もう既に拘束しているよね?
その紐、簡単には解けないよ」
「ここは古代遺跡廃棄場跡だよ。
ここで僕に勝つのは至難だよ」
ジャックはそう言って、掌に握りこんでいたものを見せる。
さきほどアムリタに見せた機械の卵だ。
ジャックは何か小声で囁き、卵を地面に落とす。
卵から小さな四肢が生える。
四肢が生えた卵は光を放つ工具を手にして、自らを二つに分ける。
二つに分かたれたそれぞれの体はお互いにより修復されてゆき、二体となる。
その次は二体がそれぞれ四体に分離し、数を増やしながらサイズを小さくしていく。
ある程度数が増えていくと役割が変わってきているようだ。
周囲に散って何かを集めるもの、集められたなにかを組んでいくもの、みるみるうちに中心になにかが作り上げられていく。
それは金属と土塊でできた胎児のように見える。
ジュニアのロボット重機は、腕に持っていた巨大なボウガンを捨てる。
そして拳を作り、胎児のような土塊に殴りかかる。
土塊の頭の部分が粉砕する。
「まぁ、赤ちゃんに殴りつけるなんて、ジュニアも容赦ないのね」
アムリタは感想を述べる。
ジュニアのロボット重機は続けて体の部分にも殴りかかり、穴をあけていく。
しかし土塊は見る間に修復されてしまう。
「ジュニア、これが何か判るかい?
古代遺跡の廃棄場で見つけた機械の卵だよ。
普通の機械とは違い、作り上げる機械を遺伝子情報として保持し、周囲の素材を自分で集めて組み立てる自己構築型の機械さ。
最初は多分化能を持っていて自分の分身を作り、数を増やしていく。
その後、位置や時期に応じて少しずつ役割を変える。
場合によっては自身を分解し、成長のためのスペースを作る」
既に、ジャックの前には新生児のような形状で俯せになり、身を起こそうとしている巨大な土塊ができあがりつつある。
「見ろ、古代文明のテクノロジーを。
壊されても資源があるかぎり修復を続ける不死のモンスターを」
ジャックは、わははは、と笑う。
「ジャックが悪者にしかみえない」
アムリタはエリーに小声で囁く。
アムリタとエリーは巻き込まれないようにジャックともジュニアのロボットとも距離をとって下がる。
「ジャックはああいうのが大好きなんだよ」
エリーも小声で囁き返す。
ジャックの前の土塊は今やもう少年のような形状となり、立ち上がる身長は既にジュニアのロボットを超えている。
「これが何か教えよう。
機械の巨人、マシンゴーレムさ。
行け!」
ジャックは嬉しそうに顔を歪め、声高らかに宣言する。
ゴーレムは動きだし、ジュニアのロボット重機に近付いてゆく。
ゴーレムは右の腕を振り上げ、ジュニアのロボット重機に殴りかかる。
ロボット重機はステップを踏んでゴーレムの攻撃を避ける。
見る間にゴーレムは成長を続けているようだ。
今やゴーレムの身長はジュニアのロボット重機よりかなり大きくなっている。
ジュニアのロボット重機は防戦一方となっている。
「ここは古代遺跡廃棄場跡。
ゴーレムのエネルギーも素材も無尽蔵に埋まっている。
その重機はいつまで動けるのかな?
おとなしく帰って、ジャックに負けました、とマリアに伝えると良い」
ジャックは嬉しそうにジュニアに言いはなつ。
ゴーレムが巨大な腕でジュニアのロボット重機に殴りかかる。
ジュニアは必死に重機の手で防御するが、今や圧倒的な重量差があり、軽く後ろに飛ばされてしまう。
「ジュニア、殺されたりしないよね?」
心配になり、アムリタはエリーに訊く。
「ジャックは本気ではないから大丈夫だ。
ジュニアを傷つけないように気を遣っている。
とは言え、相当分が悪いな」
エリーが言うとおり、既にゴーレムは屈強な巨人の形状となっている。
身長もジュニアのロボット重機の二倍にまで達している。
薙ぎ払う両の腕に触れただけでロボット重機は大きく飛ばされてしまう。
「アムリタ!
サプリをこっちに頂戴!」
ジュニアは大きな声で叫ぶ。
サプリメントロボットはアムリタの腕の中でバタバタと両手両足を振って暴れ、地面に降り立つ。
「サプリー!
今からコマンドを送る!
よろしくね!」
サプリメントロボットは暫く、気を付け、の格好をして何かコマンドを受け取っているようだ。
『判ったわ。
二分、頂戴』
サプリメントロボットは、タタッと駆け出し、ゴーレムの残骸に駆け寄る。
サプリメントロボットも手から何か工具を出し、何かをすばやく作りはじめる。
バチバチという火花を発しながらできあがったものは金属の球である。
『できたわよ』
サプリメントロボットは出来上がった金属球の後ろでピョンピョン飛び跳ねながらジュニアにアピールする。
「サプリ!
ありがとう!
退いて!」
ジュニアのロボット重機は金属球に駆け寄り、拾い上げる。
そしてゴーレムとの距離を取り、向き直る。
「ジャック、確かにあんたのゴーレムは凄いよ。
生物の成長モデルをゴーレムに応用するなんてどんなオーバーテクノロジーだよ?」
ジュニアは嬉しそうに叫ぶ。
言われているジャックも嬉しそうだ。