第一章最終話(五)仕事の対価
「ジャックー!」
アムリタはブンブンと運転席の窓から手を振る。
「注文主ってジャックだったんだ」
アムリタはエリーに訊く。
エリーはコクリと頷く。
アムリタはバギーをジャックの前に停車させ、バギーから飛び降りる。
エリーもアムリタに続き、バギーを降りる。
「二人とも元気そうだね。
まさかアムリタが運転してくるとは思わなかったよ」
ジャックは朗らかに笑う。
「エリー、アムリタと仲良くしてくれてありがとう。
面白い娘だろう?」
ジャックはエリーに向かい、微笑みかける。
「ジャック、私たちは凄く仲良しだぞ」
エリーも薄い笑みを浮かべ応える。
ジャックは、それは良かった、と笑顔で言う。
「ジャックはここで何をしているの?」
アムリタはジャックに訊く。
ジャックは、まぁ疲れただろうから中に入りなよ、と言いながら小山に穿かれた居住区と思われる穴を指さす。
穴の中は事務所のようになっていて、壁の一つにキッチンのようなものが設置されている。
他の雄壁にはスチールの机とパイプ椅子がいくつか置かれている。
アムリタは、お邪魔しまーす、と言って中に入る。
エリーとサプリメントロボットもそれに続く。
「僕はここが好きなんだ」
ジャックは、お茶を淹れ、アムリタとエリーに勧めながら言う。
「古代人達のテクノロジーがここに埋まっている。
それを掘り出し、それが何であるかを調べるときが楽しい。
例えばこれ、なんだと思う?」
ジャックは子供の拳大の薄汚れたクリーム色の楕円球を取り出す。
「卵に見えるわね」
アムリタは見たままに感想を言う。
「そう、そうなんだ。
なんとこれは機械の卵なんだよ、そう判ったとき僕はふるえたね。
こんなちっぽけなものが大きな機械に成長してゆくんだからたまらない」
アムリタの答えは合っていたらしいのだが、どう合っていたのかアムリタには判らない。
「まぁ、凄いのね」
アムリタは、いつかエリーに教わったジュニアへの正しい対応のしかたをジャックに実践する。
「うんうん、それにここは貴金属やレアアースの採掘場でもある。
大量に埋まっている廃基盤、エンジンやらマフラーやらから、金や白金、ネオジムやジスプロシウム、イットリウムが精製できる。
みてごらん」
ジャックは色や大きさが様々な金属片を机の上に並べる。
「これだけで一財産さ。
廃棄場鉱山というわけだね。
実際、本当の鉱山より産出量は遥かに多いんだよ。
君たちへの支払いはこの金のインゴットね」
そう言ってジャックは金色に光る大きな金属片をエリーに手渡す。
「ジュニアは、お代は不要と言っていたが……」
エリーは辞退しようとするが、ジャックは、まぁまぁ、たまには支払うよ、と言って金属片をエリーに押し付ける。
エリーは、では頂戴する、と言って金属片を受け取る。
ジャックは嬉しそうに笑う。
ジャックはアムリタ達が持ってきた紙製の手提げバッグを開ける。
「ああ、やっと僕のマントが返ってきた。
おや、ハンカチもあるね、あと現金も」
ジャックは笑いながら洗濯されたマントを羽織る。
「あの後、ラビナ達とうまい具合に合流できたようだね」
ジャックはジャックが去った後のことを知っているようだ。
ジャックはアムリタ達が持ってきた紙包みを、べりべり、と開ける。
「うん、たしかに。
さすがに仕事が丁寧だね」
ジャックは包みの中のものを取り出し、ジャックのアタッシュケースに似たカバンの中にしまってゆく。
品物の中にはお茶の葉や、干し肉、乾パン、サプリメントロボットの燃料棒のようなものもある。
ジャックはカバンを閉め、壁に立てかける。
「ジュニアはカンパニーに行ったようだな」
ジャックはエリーに確認するように訊く。
「ああ、なんか大きな商材を運ぶようだ。
大変そうだった」
エリーは応える。
ジャックは、お気の毒に、と笑う。
アムリタは気になることを訊いてみる。
「ねえねえ、ジャック。
ここに空賊が来たらジャックはどうやって逃げるの?」
アムリタの問いにジャックはエリーを見る。
エリーは左右に首を振る。
あたかも、自分は知らない、というように。
ジャックはアムリタに向き直る。
「うーん、ここは通称蟻の巣と言ってね、採掘用の地下道が張り巡らされているんだ。
その地下道は幾層にも重なり、色々な所に通じていて、郊外にも出られる。
地下に潜ってしまえばそう簡単に探すことはできなくなるんだよ」
ジャックは説明する。
アムリタは、へーそうなんだ、とさも感心するように応える。
「まぁ、腹もへっただろうから飯でも食おうよ」
ジャックは干し肉を取り出す。
「ジャック、水牛のリブロースのブロック肉を塩漬けにして持ってきた。
スモークして食べないか?」
エリーはジャックに提案する。
ジャックは、おお、いいねぇ、と言ってニヤリと笑う。
エリーは布袋から油紙で包みパラフィンで密封した肉を取り出す。
「塩抜きに水を使わせてもらう」
エリーはキッチンに向かいながらジャックに言う。
ジャックは、どうぞどうぞ、と言いながら金属缶を外に運ぶ。
エリーはキッチンで塩抜きを行い、水分を抜くために火で炙る。
ジャックは外でブロックを組み、炭を置く。
その上に金属缶を設置する。
この金属缶で燻煙するようだ。
空は青く未だ日は高い。
ジャックは炭に火をつける。
「ヒノキのチップを持ってきた」
エリーは燻製用の缶に木のチップを入れる。
そして金属串で香辛料を塗したブロック肉を缶の中に吊るす。
「燻すのは一時間くらいでいいのかな。
うーん、いい香りだね」
「一夜漬けなのであまり味は滲みていないと思うが野外で燻すのも一興だと思う」
エリーは燻製用の缶の隣で中腰になり火の調節を行う。
ジャックは干し肉を千切り、エリーとアムリタに配る。
三人は干し肉を齧りながら燻製用の缶を囲む。
「ジャックー、いい匂いだねぇ、燻製かい?
仲間にいれてくれよ」
酒瓶を持った二人連れの男たちがジャックに声をかける。
ジャックの知り合いのようだ。
二人はクイッと酒瓶をジャックに示す。
ジャックは、いいねぇ、と言って笑う。
男三人は酒盛りを始める。
「ついでに茹で卵を燻製しよう」
男の一人は真赤になりながら立ち去る。
しばらくたったのち、ザルに入れた茹で卵を持って帰ってくる。
ニンニクもあるようだ。
エリーは卵とニンニクを燻製用の缶の中に串で吊り、蓋をしめる。
酒盛りは続く。
日は盆地の山に隠れ、空は青いものの辺りは暗くなってゆく。
「そろそろいいんじゃないかな?
食べよう」
そう言ってエリーは燻製用の缶を開ける。
中には茶色く光沢の付いた肉が現れる。
串ごとジャックが持ち上げる肉の塊をエリーは器用にナイフで油紙に取り分ける。
アムリタは持参したパンを切り分け、皆に配る。
皆は燻製肉とパンを、旨いうまい、と言いながら貪る。
「ジャックは良い娘さん達がいて羨ましいぞ」
男の一人がジャックに言う。
本気でジャックの娘であると思っているわけではないようだ。
ジャックも、良いだろう、お前らにはやらんぞ、と戯言で返す。
アムリタも美味しい燻製肉が食べられて幸せそうだ。
あらかた食べ物が胃袋に収まったころ、ジャックは空を見上げる。
空は藍色に染まり、周囲はいよいよ暗くなってゆく。
周囲には街灯が灯り、掘削の残土と思われる小山を照らす。
「そろそろお開きだ」
ジャックは皆に告げる。
二人の男達は特に文句も言わず、おう、じゃあまたな、と酒瓶を持った手を振り去ってゆく。