第一章最終話(二)夕餉(ゆうげ)の支度
アムリタのバギーの運転は滑らかであった。
特に問題無くカルザスの街に辿り着き、郊外の駐車場にバギーを停める。
「アムリタ、運転お疲れさま」
ジュニアはアムリタを労う。
皆も同様に、ありがとうね、運転上手だったよ、と言う。
アムリタは終始ご機嫌であった。
ラビナとアルンとは駐車場で別れ、三人はジュニアの道具屋へと戻る。
「ジュニアの飛空機はどこにあるの?」
アムリタは、直ぐに連れていけと言わんばかりにジュニアに訊く。
「ああうん、ちょうど街の反対側だね」
どうでも良さそうにジュニアは応える。
アムリタは、そっか、とややテンションを落として呟く。
やっとジュニアの道具屋に戻ってきた。
今回の旅で三日間店を閉めている。
一応計画どおりではある。
店のドアを開けると郵便受けに幾つかの書簡が入っている。
エリーはそれらの表書きに目を通すと全部をジュニアに渡す。
「ありがとう、エリー。
えっと、カンパニーからだね」
ジュニアは一つの書簡を開け、中の便箋を読む。
「あらら、また難題を……。
大物ばっかり。
重機でも作るのかなぁ?」
ジュニアはそう言いながら別の書簡の封を開ける。
「こっちもなかなか……。
というか、やっぱここかぁ……」
そう言ってジュニアは中の便箋をエリーに渡す。
「配達するのか?」
エリーは中を読み、ジュニアに便箋を返しながら短く訊く。
「うーん、俺は明日カンパニーのほうに配達しなければならないからなぁ。
エリー、アムリタと二人で行ってきてよ」
ジュニアは頭を掻く。
「私は運転は……」
エリーは珍しく自信無さげに言い淀む。
「アムリタにバギーの運転をお願いしたらいいんじゃない?」
ジュニアは軽く言う。
「ちょっと遠いけど、帰ってきた頃には運転のスペシャリストになっているんじゃないか?」
「任せてちょうだい」
アムリタは、嬉しそうに言う。
「あ、でもジュニアは飛空機で配達するの?
そっちも捨てがたいな」
「大丈夫だって、そのうち操縦を教えるから。
嫌というほど配達に行ってもらうよ」
ジュニアは意地悪く笑う。
「まぁ、優しいのね」
アムリタは嬉しそうに笑う。
ジュニアは別の書簡を見る。
「おっと、こっちはリリィからだ」
ジュニアはエリーに言う。
「またデコイか?」
エリーは訊き返す。
「いいや、今度は本番。
計画レベルだけど」
ジュニアはエリーの質問に応える。
そしてアムリタのほうを見る。
「アムリタ、君の好きそうな案件が来そうだよ。
正式に決まったら教えてあげるね」
ジュニアは手紙をヒラヒラさせながら笑う。
アムリタは、何かしら? 楽しみにしているわ、と応じる。
ジュニアは他の書簡も読んでいく。
しかしあまり急な要件は無いようだ。
「ところで、カンパニーって何かしら?」
アムリタは訊く。
「うちの最大顧客だよ。
概ねうちの売り上げの四割はカンパニーの注文なんだ。
実を言うとうちはカンパニーの資材調達部門でもある。
色々無理な注文を言ってくるけど利益率は良いからねぇ。
今から調達に行ってくるよ。
明日の朝までには用意できるかな。
では後はよろしく」
ジュニアは立ち去ろうとする。
アムリタは慌てて引き留める。
「明日、私たちはどこに行けば良いの?」
「ああ、百キロほど離れた場所にある古代遺跡の廃棄場跡さ。
通称『蟻の巣』。
バギーで片道五時間だね。
一応店にある在庫でなんとかなるので、エリーが商品を準備してくれるよ。
ね、エリー?」
ジュニアは声早に説明する。
エリーは、問題ない、と短く応える。
ジュニアは、じゃ後はよろしく、と言って店を去る。
ジュニアのキャリバッグは自走してはいなく、小さな車輪がゴロゴロと引きずられてゆく音がし、やがて聞こえなくなる。
「夕餉の買い出しに行くとしよう」
エリーはアムリタを誘う。
アムリタは、うん、といいながら準備をする。
「ジュニアは夕ご飯、ここで食べていかないんだ?」
常々不思議に思っていることをエリーに訊いてみる。
「そうだな、ジュニアはここで夕餉をとることはめったにない」
ふうん、とアムリタは訊いてはいけないことを訊いてしまったのかしら、と不安になる。
二人は外に出て店のドアの鍵をかける。
エリーはフード付きのローブを脱ぎ、いつものように黒いベールを被っている。
「多分、私に気を遣っているのだろう」
気を遣う必要はないのだがな、とエリーはやや寂しそうに付け加える。
二人は表通りの市場のほうに歩きだす。
「正直、一人でいるときは、夕餉はあまり作る気がしなかった。
食事は誰かと食べるのが良いから……。
アムリタが来てくれて助かるよ。
今日は肉料理にしよう」
「わ、楽しみ。
確かに大勢で食べたほうが美味しいよね。
風の谷での食事は結構楽しかった」
アムリタは、お肉、お肉、と言いながら笑う。
「私も調理手伝うよ。
お芋の皮剥くし」
「そうだな、芋も油で揚げようか」
エリー薄く笑う。
アムリタは、グッと体の横で指を上に向けて右の掌を結ぶ。
エリーは市場で肉と野菜、パンと調味料を仕入れる。
アムリタは店の女と談笑し、エリーもそれに加わる。
「結構良い肉が手に入った。
水牛のリブロースだ。
柔らかくて旨そうだ。
偶には良いだろう」
「すごいわ!
ご馳走ね!」
アムリタは早く帰ろうとエリーの手をひく。
「ところで、ラビナ達ってどこに住んでいるんだろうね?」
アムリタは気になったのでエリーに話題を振る。
エリーは、さあ? と首を傾げる。