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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第一章 第三話 きみが生まれた日 ~The Day You've Been Born~
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第一章第三話(七)死にたがりの魔女

「これは臍帯さいたいクリップという。

 へその緒の血流を止めるためのものだ。

 赤子が生まれたらへその緒の赤子から五センチと八センチのところをこのクリップで血流を止める。

 その中間をこのはさみで切断する。

 クリップは次の日の同じ時間に外して良い。

 へその緒は縮み、瘡蓋かさぶたのようになり、いずれ自然にがれる。

 へその傷がえるまで沐浴もくよくの後アルコール綿で拭いてやってくれ」


 エリーは二つの金属製のクリップと先端が丸くなっているはさみをテーブルに並べ、エルザに説明する。

 エルザの家に帰ってから、出産の為の講義が始まった。

 トニーは犬小屋に犬をつなぎにいっている。

 エルザとエリーの二人がリビングの机で向かい合っている。


「赤子が生まれた後、胎盤が出てくるが無理やり引っ張り出してはだめだ。

 出血してしまう。

 赤子に乳をやると子宮が収縮して出やすくなる。

 全部が出きるまで待つのだ」


 エリーの顔にはいつもの微笑が無い。


「エリー、教えてもらってうれしいのだけれど、へその緒の切断とか胎盤の処理とかエリーがやってくれるものだと思っていたわ?」


 エルザは怪訝けげんそうに訊く。


「もちろん私がやる。

 しかし万が一私が死ぬことがあれば、君たちだけで赤子を取り上げなければならない」


 ここでやっとエリーの顔にいつもの微笑が浮かぶ。

 しかし逆にエルザの顔は険しくなる。


「エリー、縁起でもないことを言わないでちょうだい。

 貴女は私たちの赤ちゃんを取り上げるのよ?

 貴女がいなければ赤ちゃんが無事に生まれて来る確率は五分って言ったじゃない」


 エルザはエリーに問いただすように言う。


「エルザ、母子ともに問題ないからきっと安産になるよ」


 エリーは微笑みを浮かべながら応える。

 エルザは嫌な予感がする。

 エリーの態度の豹変ひょうへんは明らかに先ほどの『穴』から浸みだしてきたもののせいだろう。

 エルザにはエリーが自らの死を前提に話をしているようにみえる。


「生まれてくる子は羊水と血にまみれて想像以上に滑る。

 赤子が滑って落ちないように注意して――」


「いいかげんにしてちょうだい!」


 エルザは声を荒げる。

 エルザは確信する。

 エリーは自分の死後の話をしている。

 これは遺言だ。


「貴女だけが死んで、私たちが生き残ることなんて有りえないじゃあないの!」


 エルザの激高にエリーは微笑を浮かべたまま黙る。


「三人ともが生き残る方法は無いの?」


 エルザは声のトーンを落として、静かにエリーに訊く。

 エリーはしばらく目をつぶった後、薄く開き、灰色がかった水色の瞳をエルザの目に向ける。


「……一つはすべての穴をふさぎ、新しい穴を開き、今すぐここから出ていくこと。

 でもそれでは向こうの世界で、エルザ、君は古きものと、かれらの眷属けんぞくといずれ対峙たいじすることになるだろう」


 エリーは人差し指を立ててエルザに語りかける。


「二つ目は、さっきの穴を閉じて、この空間にいる古きものの眷属けんぞくの一部をすべて無力化すること。

 でもそれは難しい」


 エリーは更に中指を立てる。


「エルザ、君に一部とはいえ古きものに対抗する手段はあるかい?」


 エリーはエルザの顔をのぞきこむように訊く。


「……無いわ。

 貴女にはあるの?」


「ある」


 エリーは自信に満ちた顔で微笑む。

 エルザはエリーの魔法構成に死霊系のものがあることを思い出す。

 エルザは悟る。

 ああ、そうか、そういうことか。

 エリーは生贄いけにえの魔法で対抗するつもりだ。

 古きものの眷属けんぞくといえども生贄いけにえの魔法ならば一時的に無力化できるだろう。

 一部だけの存在ならば滅することもできるかもしれない。

 だから自分の死後のことを語っているのだ。


生贄いけにえの魔法を使う気?」


 エルザはエリーを糾弾するように言う。

 エリーは微笑のまま応えない。


「貴女が私たちの為に死ぬ必要はないわ!」


 エルザは険しい顔で、険しい口調でエリーに言い募る。


「……命の軽重で言えば、私の命など軽いものなのだよ。

 私は――」


「冗談じゃあ無いわ。

 三人ともが生き残れる方法を考えて!」


 エルザはエリーに怒鳴りながら訊く。

 エリーは苦笑しながら紙を差し出す。


「魔法を繰り返し、たたみ込んでおいた。

 危ないときはこの紙の文言をなぞって欲しい。

 私の書いている文字は古代ルーン文字をアラビア文字に転写したものだ。

 右から左につづってゆく。

 点々は後からつづる。

 行ごとに別々の魔法が発動するようにした。

 順番は問わない。

 一番上は練習用だ。

 なぞってみてくれ」


 紙は何かの本のページを切り取り、白い顔料で塗りつぶしたものに見える。

 紙には六行のエルザには読めない短い文章が書かれている。

 文章には赤い細い矢印と数字が振られていてなぞる順番を示しているようだ。


「この順番に右からなぞるのね?」


 エルザは恐る恐る一番上の文章を赤い線と数字で指定されたように右手でなぞる。

 一行目の文章が銀色に輝き、すぐに消える。

 光る文字が消えた後は紙の一行目の文章も消えている。

 そしてエルザの周りの空間が輝きだす。


「護りの魔法だ。

 しばらくは古きものの眷属けんぞくからも護られるが、練習用だからそれほどの持続時間はない。

 二行目も同じだがかなりの回数魔法を折りたたんだものだから、それなりの持続時間があるはずだ」


「他の行は?」


「それぞれ青字で書いてある」


 エルザは紙をよく見てみる。

 なるほど青い小さな文字で効能が書いてある。

 エルザが読める文字だ。

 『練習』、『護り』、『治癒』……。

 なるほど、とエルザは読み進める。


「あれ?

 『祈り』ってなに?」


 エルザは効能が判らない最後の行に関してエリーに訊く。


「もし、君が私からはぐれた場合、それをなぞってくれ。

 可能なかぎり助けにいく」


 ふーんなるほど、エルザは大きな音がでるのだろうと理解する。


「それはありがとう。

 この紙は折り曲げても良いの?」


「問題ない。

 顔料は定着させてある。

 文字を内側にして小さくたたんでこの袋に入れて持ち運ぶとよい」


 エリーはひもの付いた布の小袋をエルザに渡す。

 これを首から下げて持ち運ぶらしい。

 エルザは言われたとおり紙を畳み、小袋に入れて首から下げる。


「安産のお護りとしてもらっておくわ」


 エルザはお日様のようにエリーに笑いかける。

 エリーも笑う。


「それはそうと、そろそろ母乳マッサージを始める。

 というか無理やり乳腺を開く」


 エリーはそう言うと厨房ちゅうぼうに行き、お湯で温めたタオルを用意し、エルザの後ろに回って立つ。

 エルザは上半身を肌蹴はだけて、タオルを受け取る。


「マッサージは基本、このように乳房を持ち上げ、別の手で乳房の基底部を押しだす。

 痛い場合はもっと外側から」


 エリーはエルザの乳房を器用にマッサージする。

 こころなしか何かが出てきたようだ。


「ただ、残念なことに大抵は直ぐには出ない。

 ある程度根気がいる。

 今回は乳腺を私の手で開く」


 エリーがそう言うと、エリーの左手から黒い霧のようなものがたちこめる。

 エリーはその手でエルザの右の乳房をつかむ。

 エルザは乳房が熱を持つのを感じる。

 エリーが右手をエルザの乳房の下に添え、左手でエルザの乳房の上からむと、母乳が勢いよく五つ六つの筋になり、飛びでる。


「わ!

 凄い!」


 エリーは反対側の乳房の乳腺も開通させる。

 便利な手だな、とエルザは感心する。


「一度乳腺を開くと毎日絞り出さないと乳が張って辛くなる。

 酷い場合は乳腺炎になる。

 頑張ってくれ」


 エリーは搾乳用のカップをエルザに渡す。

 エルザはカップで受けながら自分の乳房を絞る。

 しばらくは勢いよく出るものの次第に出なくなる。

 それでも母乳が出たことにより、エルザは子供が生まれることの実感を得る。


「それにしてもトニーは遅いな」


 エリーは帰ってこないトニーを気遣う。

 エリーは左手の人差し指で空中に銀色に光る文字を書く。


「しまった」


 エリーは目を閉じてつぶやく。

 少し遅れてエルザもエリーのつぶやきの理由に気付く。

 しばらくしてドアがガタガタと揺れる。

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