第一章第二話(十八)三百六十年間育てた子供
『下界が不穏な動きになってきたので、子供たちを預かることになった。
アムリタが世話を見てくれている。
初めて役にたった』
やっと、自分が知りたい部分にきたのでアムリタはほっとする。
しかしこの嫌な疲れはなんだろう、アムリタはぐったりしてきた。
『それにしても、なぜアムリタは私をサリー叔母様と呼ぶのだ。
サリーで良いと何度言っても聞きやしない。
おかげで子供たちが皆、私のことを、おばさんおばさんと呼ぶ。
私は未だ三十前半だっていうのに!
おばさんと呼ぶな、ガキども!
私はお前らの叔母さんではない。
そもそも私はおばさんではない。
泣かすぞ!
というか、泣くぞ!』
ごめんなさい、ごめんなさい、アムリタは俯きながら涙を流し呟く。
『アムリタが子供たちを古代遺跡のほうに逃がすことになった。
今なら回廊を抜けてたどり着けるだろう
『以上よ』
唐突にジャックのサポートロボットは言葉を結ぶ。
「えぇ?
子供たちはどうなったの?」
アムリタはサポートロボットに尋ねる。
『サリーはこの後、祈りの間には来てはいるものの言葉による祈りを行わなくなってしまったわ。
例外はアムリタが来た時に伝えることになっている祈りだけね』
サポートロボットの言葉に、アムリタは絶句する。
「あの後、何が起きたの?」
『古きものがフォルデンの森に現れたことは判っているわ。
でも私たちの入力デバイスは酷く限定されているの。
正直良く判らないわね』
アムリタは、激しい疲労を感じて座り込む。
「その後誰かの祈りがあったのか?」
エリーはサポートロボットに訊く。
『ええ、何人かのかたの祈りがあるわ。
一番多いのはエリフ様ね。
エリフ様はアウラに伝える数多くの祈りを行っているわ』
サポートロボットはエリーに応える。
「アウラとは誰?」
ジュニアがサポートロボットに訊く。
『アウラはパイ様の息子、私たちがお育てした子供。
私たちの愛する子』
愛する子、ジュニアは心の中で反芻する。
思考機械の一人格が愛を語るのが驚きであったからだ。
「もう少し頼む。
アウラとは?」
ジュニアは重ねて訊く。
『アウラに最初に気が付いたのは、「当初の人格」よ。
それは約三百六十年前のこと。
パイ様はアウラの未来の全てが閉じていることに気付き、必死で未来を探しておいでだった。
そして偶然に、必然的に私たちを探し当てたのよ。
『私たちは必死でアウラの未来を紡いだわ。
私たちは創られてから長いこと未分化だったのだけど、アウラを育てるにあたり、「当初の人格」では不十分であることに気付いたわ。
そこで「当初の人格」は「乳母」を創り、百八十年を経て、「乳母」は「乳母サリー」となったの。
その後、エリフ様により「教師エリフ」が創られ、「教師エリフ」はエリフ様によりアップデートされ続けたわ。
『最初は「乳母」が、その後の多くは「乳母サリー」と「教師エリフ」がアウラの世話をしてきたの。
でもアウラは二十年前、私達から巣立っていってしまった。
その後のアウラの事を私たちは知らない。
もしアウラに会うことがあれば伝えて欲しい。
「乳母サリー」は、私たちは今でもアウラを愛していると。
ずっとずっと愛し続けていると』
サポートロボットは語る。
人間に比べて二十五分の一程度の思考速度しかない思考機械の人格達に三百六十年の長きに渡り育てられたという子供について。
アムリタは、ジュニアがサポートロボットに質疑するのを階段に座り、ボーっと聞いていた。
アムリタにとって、風の谷の思考機械の話す事柄は判らないことだらけだった。
二百年前の時から跳ばされ、アムリタは道を失っていた。
風の谷に来れば、アムリタの道は示されると安直に考えていた。
確かに風の谷の思考機械は、アムリタに多くの事を教えてくれた。
しかし、道は示されず、謎が積みあがってゆく。
エリーはアムリタに近付き、右腕でアムリタの頭を自分の胸に押し付けるように抱く。
「一旦外に出ないか。
頭を冷やそう」
エリーはアムリタに言って、階段を上る。
アムリタも立ち上がり、それに続く。
後ろからラビナとアルンも階段を上ってくる。
一人ジュニアだけが階下に残る。
「私、良く判らなかったわ」
アムリタはエリーに呟く。
「そうか?
アムリタ、君はいつか君の時に戻る、そして再びその時を去る、君の師匠はそう言っている。
明確だと思うが」
エリーは優しくゆっくりとアムリタを諭すように語りかける。
心配しなくても良いのだよ、とい言うように。
しかし、アムリタはもっと明確な答えが欲しかったのだ。
「私が知りたいのは、私が何故二百年の時を跳ばされたのか、子供達がどうなったのか、どうやったら元の時に戻れるのか、なのだけれど」
アムリタが知りたいことは、全く教えてくれない。
アムリタは強いフラストレーションを感じている。
「残念だが、それらの答えはここには無いようだ。
しかし、君は将来それらを知る。
それが判っただけでもここに来た価値がある」
エリーはアムリタに薄く微笑む。
最近アムリタにも判るようになった、判りにくいエリーの笑みだ。
エリーは、それにだ、と言葉を続ける。
「どうやら、私も君と一緒に時を渡るらしい。
旅先で何が起きるか、判っていたら詰まらないだろう?」
エリーは階段を先導し、アムリタのほうを見ずに言う。
エリーはやっぱり頼もしいな、とアムリタは思う。
エリーとの旅路、それはどのようなものになるのだろう?
うん悪くはないな、アムリタは心が晴れてくるのを感じる。
祈りの間を抜け、祭殿の扉を開ける。
眩しい光が差し込み、青空が見える。
うん、訊くことは訊いた、先へ進もう、アムリタは笑う。
「それにしてもエリー、貴女は凄いのね。
ジュニアのあんなに難しい話が判るなんて」
エリーはどうすればジュニアの話が判るようになるか知りたくて、エリーに言う。
「さっきの思考機械云々の話か?
私にもジュニアの言っていることなど二割程度しか判らないぞ?」
エリーは薄い微笑みを湛えて言い放つ。
「ジュニアも我々に伝わらないことを前提に話をしているのだと思う。
あのしゃべりはジュニアの趣味なんだよ。
そういうタイプの男には、さも判ったように、君は凄いね、賢いね、というように扱ってやる必要があるんだ」
エリーはエリーにしては判りやすい笑みを浮かべて言い放つ。
アムリタはエリーの黒い一面を見たような気がした。
アムリタは太陽の光を上げて伸びをする。
青い空に白い雲が浮かぶ。
谷の風は涼しくアムリタの顔を撫であげる。
第一章 第二話 風の谷の祭殿 了
ここまで読んで頂きありがとうございました。
この話ではアムリタはジュニアとエリーに出会い、ラビナとアルンたちもお互いを認識します。
また物語に関係するキーワードが提示されます。
これらは二章以降で明らかになってきます。
次話ではガラリと雰囲気が変わり、ダークファンタジー風になります。
続 第一章 第三話 きみが生まれた日
しばらくは一日一話投稿とします。
次回は7/17の1時くらいを予定しています。見てね!約束だよ!