第一章第二話(十七)巫女の独白
『冗談じゃないわ、なんでこんなことになってしまうの?
私は三女よ?
末子なのよ?
なんで私が風の谷の巫女にならなければならないの?』
アムリタは驚く。
祈りにしては激しいサリーの叫びがサポートロボットから聞こえてきたからだ。
『そもそもアナンダ姉さんが子供を産むから巫女を継げないなんて意味不明のことを言い出したとき黙っていたのがよくなかった。
どうせソナリ姉さんが巫女を継ぐと思って高を括っていた。
『母さんがそうであるように結婚して子供を産んで巫女を続けている例なんて過去腐るほどあるのだから。
アナンダ姉さんがそのまま巫女を継げない理由なんかなかった。
まだまだ、母さんが巫女を続けて、実際に世代交代するのは二十年先であるとか甘いことを考えていたのもよくなかった。
『母さんは体調不良とか言って、ソナリ姉さんにさっさと巫女を継がせてしまった。
風の谷の巫女は体力を奪うのでそんなに長い間続けられない、早く世代交代するべきだとか言って!
いや、そんな劣悪な労働環境ならば早く言って欲しかった。
そうすれば私もどんな手を使ってでも逃げたのに。
『ソナリ姉さんは巫女を継いだ直後から塞ぎ込んでしまい、精神を病んでしまった。
なので、私は代理として巫女になった。
あくまでも短期の代理のつもりで。
あのころの私は、若く真面目で無知で愚かだった。
ババを掴まされたことに気付きさえもせず、なんとか風の谷の巫女の仕事を守らなければなんて莫迦なことを考えて一所懸命頑張ってしまった。
『そして、ソナリ姉さんは集落に帰って半年で駆け落ちしてしまった。
どういう事よ?
あの男っ気が全くなかったソナリ姉さんがよ?
相手は誰でも良かったんじゃないかと疑うわ。
逃げられたと気付いたとき、既に遅すぎた。
私は既成事実として風の谷の巫女に祭り上げられてしまっていた。
『こんなに早く的確な神託を伝えた巫女なんてサリーが初めてだよ、だなんて歯の浮くようなお世辞ばかり。
巫女になって初めて判ったわ、未婚の巫女が結婚することの難易度の高さを。
結婚している女が巫女となるのなら、未だ家族の支援を得られるだけまし。
調べてみたら、未婚の巫女が巫女である期間で結婚した実績はないと言う。
ソナリはそれを知っていたに違いないわ』
アムリタはサポートロボットが喋る、若かりしときのサリーの悲痛な叫びが痛々しかった。
周囲を見渡すと皆がアムリタに微妙な視線を向けている。
「あのー、もう少し先に進めてくれるかしら」
アムリタはサポートロボットに依頼する。
「誤解しないでもらいたいのだけど、サリー叔母様は立派なかたなのよ。
母もソナリ叔母様も、とても落ち着いた優しい人だったわ」
アムリタは涙を浮かべながら皆に向かって弁解する。
『ソナリが集落に帰ってきたので問い詰めてやった。
なんでもソナリには娘が生まれたとかでこの子を認めてやって欲しいとか言っている。
もちろん認めてあげるさ、貴重な巫女候補として。
『ソナリに巫女として戻ってこいと言ったが、子育てがどうとかどうでも良いことを言って反抗する。
私が代わりに育ててやろうと言って迫ったが泣きじゃくるだけで話にならない。
まるで私が悪者ではないか。
アナンダが仲裁に入ってくる。
『子育てもひと段落付いたからと言ってアナンダは一か月交代で神託を聞こうと提案してくる。
それでも良いかと思い、いったんソナリは解放してやる』
「もっと先に!」
アムリタは右手を、ビシッ、と振り、先送りを指示する。
アムリタは居た堪れなくなってくる。
『なんだ、アナンダは!
三番目の子を妊娠しているからと言って神託を聞くのを止めると言う。
こんなことなら、ソナリを解放するんじゃなかった』
「飛ばして!」
アムリタはサリーの祈りを聴くのが苦痛になってくる。
祈り?
いや違う、これはもっと別の何かだ。
『アナンダの三番目の子は女の子だという。
次から次と子供を産んで、巫女の責務を回避しようとしているのか。
まぁ、良い、待望の女の子だ。
貴重な巫女候補の誕生を祝おう』
「十五年分くらい飛ばして!」
アムリタは叫ぶ。
『ソナリの娘ディナが巫女見習いにきたが、この娘は酷い。
男が来て、怪我をしているからといって炭焼き小屋に行ったまま帰ってこない。
帰ってきたと思ったら、このひとは私がついていなければ何もできないから、とかいって山を下りてしまった。
『巫女の修行をなんだと思っているんだ。
涙が出てくる。
やはり私が育てるべきだった。
ソナリなんかにまともな教育ができるわけがない。
「飛ばして!」
『アナンダの娘アムリタが巫女見習いにきた。
ソナリの娘ほどではないがこの娘も酷い。
木刀を持って山に入ってまま、夕刻になっても帰ってこない。
『山で死なれたらアナンダの旦那に殺されてしまうと思い探したが見つからない。
へとへとになって山小屋に戻ると、アムリタが居て、サリー叔母様遅かったね、と宣いやがる。
夕食は稗と山菜と芋の汁だけにしてやった。
『アムリタはなんで高いところ、危険な所に行きたがるんだ。
常に生傷が絶えず、心配で神託を聞くどころじゃない。
頼むからじっとしておいてくれ。
『アムリタが猪を倒したという。
これを食わせてくれ、と言うが私に猪の解体などできるわけがないだろう。
放置していると腐臭がしてきて、山犬が集まってきた。
怖くてしょうがない。
集落のものに来てもらって猪を片づけてもらったが、山犬がまだ来る。
山犬怖い。
『何で猪を狩ったのだと訊くと、豆ばかりだったので肉が食べたかった、と言う。
羊の干し肉を調理して出してやったら泣きながら喜んで食べた。
ちょっと反省している。
考えてみれば食べ盛り、これからはもう少し動物蛋白も出してやろう』
「先へ!」
アムリタは手を振って先送りを指示する。




