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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第五章 最終話 空中庭園の迷(まよい)子 ~The lost Child in Orbit-Space Hanging Garden~
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第五章最終話(二十五)賢者さまを追って

 ――崩壊歴六百三十四年七月十三日午後八時


「ジュニア、ちょっとデリカシーに欠けていると思うの」


 アムリタは優しく(とが)める。

 場所は壊れていないほうの居住区、ソニアが眠るコンパートメントカプセルがある部屋だ。

 据え付けられたテーブルがあり、アムリタは短辺の席に議長よろしく座っている。

 窓の外は何もない宇宙空間であるが、採光用の太陽光反射板があり、明るく輝く。

 

 その後ろにフィーが隠れるように立っている。

 正確にはフィーのインターフェースだ。

 フィーとアムリタ以外は食事をしているのだが、場の雰囲気は重く暗い。


「うん……、ごめんなさい、反省しているよ。

 確かにもう少し考えて発言するべきだったね」


 ジュニアはアムリタの左、テーブルの長辺の端に座り、頭を()く。

 テーブルには短辺に一つずつ、長辺に三つずつの椅子がある。

 ジュニアの左隣にエリーが座り、エリーに対面してリリィが座る。

 リリィの右隣りにルークが硬い表情で座っている。

 ルークとフィーの距離はいつになく遠い。


「ジュニアは何時から気づいていたの?」


 エリーは立ち上がりながら問う。


「ああごめん、なんとなくそういう気がしていただけで鎌をかけてみたんだよね……」


 ジュニアの言葉にフィーは目を()く。

 エリーは、何か言いたげにジュニアを見る。

 しかし何も言わずにソニアの眠るコンパートメントカプセルに向かって歩く。


「まあ! 証拠もなく断定したのね!」


 アムリタの語調はいつになく厳しい。


「だからごめんって……。

 ただ、フィーに『魔法』を見せてもらったとき、可能性について考えたんだよ。

 あれって遠くから投げたカスタードアップルの実をフォークで受け止めたんだよね?

 そんなことって、どういうカラクリならできるんだろうって。

 遠くにフィーの思い通りに動く協力者が居なければできないよね、あんなこと……」


 ジュニアの言葉にリリィが軽く(うなず)く。


「かあさん……、かあさんは知っていたの?」


 ルークは詰問口調で問う。


「私? 私は知らなかったわよ、本当(ほんと)ほんと。

 でもまあ、似た話は聞いたことがあるから……」


 リリィは苦笑いで応える。


「似た話ってどんな話?」


 ルークは問い詰めるように訊く。

 フィーの首は(ほとん)ど九十度下に折れ曲がり、悄気(しょげ)ている。

 アムリタは心配そうにフィーの肩を抱く。


「え? ああ、そんなには似ていない話かもしれないわ。

 それより、アムリタこそどこで知ったの?」


 リリィはアムリタに振る。


「え? 私? 浅き夢の世界で会ったといいますか……」


 アムリタはごにょごにょと口籠(くちごも)る。


「まあ、非常時でもあることだし……、フィー、貴女のこと教えてもらえる?」


 リリィがフィーに訊く。


「えっと……、私は恒星船に乗ってこの星までやってきたんだ。

 うん、遠いとおいところから。

 目的地はこの太陽の星域で間違いないと思う。

 なぜって……、賢者さまがここに旅立っていったから。

 私は独りぼっちになって寂しかったんだ。

 だから賢者さまの居るところに行きたかったんだ。


「でも、この星域には賢者さまの思念は感じられない。

 どうしちゃったんだろう?

 長い時間をかけてこの惑星にたどり着いたのに。

 凄くすごく会いたいのに……」


 フィーは言葉を探すように話す。


「フィー、君は離れた場所でも思念を感じ取れるの?」


 ジュニアは訊く。


「うん、私たちは本来、思念を使って直接相手と通信を行うんだ。

 離れるほど感じ取れなくなるから、そんなに遠いところは駄目だけれど」


「じゃあなんで『声』を使っているの?」


「ええっとね……、思念を使うとヒトは怖がって逃げてしまうんだ。

 私の姿を見ても逃げてしまうし……。

 逃げられると悲しいから……、一人はいやだから……。

 だからヒトと会うための体を作ったんだ。

 この声なら大丈夫みたいだから……」


 フィーの声は消え入りそうに小さい。


「ヒトとのインターフェースだね?

 元となったDNAはどうしたの?

 採取した人は生きているの?」


 ジュニアは優しく問う。


「生きているよ……、寝ているところを()めただけ」


 フィーは、正確にはフィーのインターフェースであるが、やや語気を強め、ジュニアの目を見て言う。


「うんうん、フィーが優しいことは知っている。

 で、『声』を使うには色々な訓練が必要なんだよね?

 発声方法や言語の習得なんか。

 『思念』を使ったほうが会話しやすいんじゃないの?」


「それはそうだけれど……」


 フィーのインターフェースはルークのほうをチラリと見る。

 一瞬視線が合うものの、ルークは気まずそうに(うつむ)く。


「『思念』を使ってでいいから、もう少し詳しく教えてくれない? 君のこと」


 ジュニアはそう言い、フィーのインターフェースを見つめる。

 フィーのインターフェースはジュニアを見て、次いでアムリタを見る。

 アムリタは、頑張れ、というように両拳を肩に引き付ける。

 フィーのインターフェースは迷うように右上に視線を泳がせるが、観念したように前を向く。


『思念での会話は便利。

 難しい概念でも、相手が似た概念を持っていれば伝わるから。

 相手の伝えようとする概念が分かるから。

 でも私の思念が、全員に同じように伝わるとは限らない。

 私のあたりまえが、ヒトのあたりまえでは、多分ないから。

 私のあたりまえが、ヒトを吃驚(びっくり)させてしまうだろうから。

 私のことを話すと、私のことを知ると、怖がらせてしまうかもしれない。

 私のことを嫌いになってしまうかもしれない。

 私はそれが怖い』


 頭の中に直接聞こえる『声』が響く。

 『声』はインターフェースの肉声と変わらないが、少なくない違和感を与える。


『私は『声』が好き。

 『声』は飲み込めるから。

 言葉にできないことは大抵言わなくても良いことだから』


 『思念』は悲痛な響きを帯びる。


「なるほど、深いね……。

 話を戻そう。

 教えてよ、君のこと、賢者さまのこと、君がここに来た理由、来てからのこと」


『分かった……』


 フィーは語り始める。


『私は遠いとおい星、二つの太陽を持つ惑星、アスラで生まれた。

 私は私自身のことをよく知らないの。

 賢者さまは私たちのことを『星渡る民』と言っていたわ。

 私たちは恒星を渡って旅をしているって。

 アスラにはたくさんの水、海があって、その上に浮かぶ草の台地があって……。

 食べ物になる生物も居て、とても過ごしやすいところ。

 そう、少し地球に似ている。

 地球ほどたくさんの生物は居ないけれど。


『アスラではそれほどたくさんの食糧がない。

 だから私たちは同世代で争う。

 負けたものは宇宙に放逐される。

 放逐されたものは新しい星を探すことになる。

 母も賢者さまに放逐された。


『母がどこに行ったのか?

 ううん、知らない。

 母は賢者さまの姉なのだけれど。

 でも賢者さまは母よりも、他の誰よりも強く賢かった。

 幼い私はアスラに留まることを許され、賢者さまに育てられた。

 私は賢者さましか知らない。

 母たちが居なくなってからは、私は賢者さまとしか話したことがない。


『でも賢者さまは誰かに呼ばれていなくなってしまった。

 私も連れていって欲しかったのに……、でも駄目だった。

 連れていってくれなかった……。

 私は寂しかったんだ。

 とってもとっても寂しかったんだ。

 だから私は恒星船に乗ってここまで来たんだ。

 賢者さまの残した思念がこの星域を示していたから。

 賢者さまが残してくれた恒星船があったから。


『何時のことかって?

 賢者様が旅立ったのは地球の時間で四百年とちょっと前。

 私が旅立ったのはその十五年後くらいかな。


『恒星船? 恒星船は賢者さまが造ったもの。

 海水でできた大きなおおきな星渡る船。

 熱した水蒸気を使って推進する船。

 ここに辿(たど)り着くまでにずいぶんと小さくなってしまった。

 今はもう無いの。

 残骸は太陽を周回しているはず。


『あの飛蝗(ばった)? 飛蝗(ばった)じゃないのだけれど……。

 あれはお弁当……。

 恒星船は飛蝗(ばった)の牧場なんだ。

 恒星船は飛蝗(ばった)の食べる植物やその肥料、生態系を丸ごと運ぶ。

 賢者さまの知恵。


『……うんそう、私はお弁当箱にしたんだ、あっちの居住区を。

 この惑星に私の食べられるものがあるか分からなかったから。

 ずっと一緒に居たから愛着もあったし。

 寂しかったから一緒に降りたんだ。

 うん、壊してしまってごめんなさい。

 とってもとってもごめんなさい。


『空中庭園はこの星に降りようとして見つけたんだ。

 星と宇宙を(つな)ぐ紐。

 その間にある構造体。

 凄い知恵。


『ヨシュアっていう人? お話したかっただけなんだけれど。

 うん、分かっている……。

 逆の立場だったら確かに私も逃げているかな? と思う。

 酷い目に合わせてしまってごめんなさい。


『この星域にはたくさんの思念が感じられる。

 大きいのから小さいものまで無数に。

 数えられないくらい。

 特に強い思念は九つ……、この星に四つ、太陽に一つ、それ以外に四つ。

 一番強いのは北極の目……、もの凄く強い。

 賢者さまはあれと戦って負けてしまったんじゃないよね?

 賢者さま、無事だよね?

 死んじゃっていないよね?』


 フィーのインターフェースは、賢者さまに会いたかった、と両手で顔を覆い、泣き出す。

 アムリタは立ち上がり、フィーのインターフェースを抱きしめる。

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