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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第五章 最終話 空中庭園の迷(まよい)子 ~The lost Child in Orbit-Space Hanging Garden~
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第五章最終話(二十四)星渡る旅人

 ――崩壊歴六百三十四年七月十三日午後六時


『見た感じこの通路が一番ダメージ、少なそうなんだよね』


 ジュニアはオープン回線で(つぶや)く。

 皆、宇宙服を着ているが、オープン回線での発言は各々のヘルメットバイザー内のスピーカを介して伝わる。


 場所は壊れているほうのドーナッツ側、スポーク状の構造物、連絡橋の一つだ。

 連絡橋は二つのドーナッツにそれぞれ十六本あり、一番から三十二番までの番号が割り振られている。

 ここは八番連絡橋、その居住区付近に位置する。

 連絡橋は居住区とともに回転し、居住区側に向かって遠心力が働く。

 イメージとしては居住区への移動は、降りていくように感じられる。


『十番と十一番の間の居住区は大きく欠落していて、あれは復旧は無理だね。

 間を鎖だかで補強するかどうかくらいが選択肢かな。

 九番と十番の間は中破。

 で、十三番から十六番、戻って一番から六番までが水没している。

 水没区画には連絡橋経由での移動は恐らく困難。

 おまけにこちら側の居住区、外縁の太陽光発電パネルは軒並み途絶している』


 ジュニアは念を押すように状況を(まと)める。

 話している相手はリリィとエリー、ルークだ。

 その他に五体ほどのサポートロボットがワイヤーを付けて壁面に張り付き、ジュニアの話を聞いている。


『居住区の回転面が赤道面に対して最大プラマイ十二度、一時間で五回ほどの周期で振動してしまっていて、ここでもエネルギーロスが発生している。

 今の状態ではひどいときには二十二パーセントしか発電できていない。

 居住区の中は最悪放棄することになるんだろうけれど、せめて太陽光発電パネルは復旧させたい。

 じゃないと、近い将来天垂の糸は廃棄することになる』


『廃棄? 廃棄って、どうするの?』


 ルークが興奮気味に訊く。


『バランサーを操作してもっと外の軌道に移すことになるよ』


 ジュニアは応える。


『その場合って、僕ら地球に帰れるの?』


 ルークは重ねて訊く。


『ルーク、そんなに大きな声じゃなくても聞こえるわ。

 現時点、廃棄は未定よ。

 もし廃棄する場合は準備だけして私たちは降りるわ。

 実際の廃棄は遠隔操作で行うことになるはず。

 いずれにしろ、影響が大きいからマリアやジャックが決めることね。

 私たちが行うべきは調査よ。

 そのうえで修復できる部分を修復する。

 その積りでいてちょうだい』


 リリィが落ち着いた声で説明を引き継ぐ。


『あの……、その……、話に割り込んでしまってごめんなさい』


 ルークの声のトーンが下がっている。


『謝る必要はないさ。

 疑問点を明らかにすることはむしろ必要だしね。

 ただ、知っていた? 安静時でも必要酸素の五分の一は脳が消費するんだ。

 でね、興奮したり、考え事をしたりすると脳の酸素消費量は激増するんだよ。

 頭を使いすぎると酸素の減りが早くなるから気を付けて。

 いつも冷静に、そして考え事は短時間に』


 ジュニアは冗談めかした口調で応える。


『で、調査を行うのだけれど居住区との間のエレベーターは故障していて動かない。

 居住区へは非常用の梯子(はしご)階段を使うしかないわけだ』


 ジュニアはまじめな口調に戻る。


『俺らは遠心力で振り回されていて油断すると居住区側に落ちてゆくことになる。

 おまけにこちらの居住区はとても足場が悪い。

 もし床が抜けたら突き抜けて、宇宙に放り出されてしまう。

 なのでスライドワイヤーをここに固定してそれを命綱にするよ。

 うん、片方の端はフリーにして(つな)いでゆく。

 必ず一本のワイヤーはスライドワイヤーに連結しておくように』


 ジュニアはセイフティテザーを見せながら説明する。

 セイフティテザーとは船内活動などで、作業者をスライドワイヤーに(つな)ぎ留めておくための巻き取り用リール付きワイヤーケーブルシステムである。

 宇宙服側にはカラビナ状のフックがあり、リールとの間は衝撃吸収用の伸縮テザーで結ばれている。

 スライダーワイヤー側にもリング状の閉フックが付いていて、細いワイヤーを介し巻き取り用リールと接続されている。

 スライダーケーブルは両端にストッパーが付いていてセイフティテザーの閉フックを脱落させないように工夫されている。

 作業者はセイフティテザーの閉フックはスライドワイヤーの範囲を自由にスライドできる。

 更にセイフティテザーのワイヤーの長さ分だけスライドワイヤーから離れることができるわけだ。

 スライダーワイヤーは本来両端を壁面の一定区間に固定する使い方をする。

 しかし今回のようにスライダーワイヤーのストッパー同士を連結させて長い命綱にすることもできる。


『できるだけセイフティテザーに加重をかけないように。

 これはあくまでも命綱だからね。

 体重は非常用の梯子(はしご)階段にかけること。

 ルークはベースからワイヤーケーブルを順々に送っていって。

 二番目はエリー、三番目はリリィで良いんだよね?

 俺はリリィの補佐をするよ。

 じゃ、分かった?

 合図するからよろしく』


 ジュニアの説明に皆(うなず)く。

 ジュニアは一番根本のスライドケーブルを連絡橋終端部分のベースに固定する。

 ルークは同じ部分に自分のセイフティテザーを接続する。

 ルーク以外はスライドケーブルに各々のセイフティテザーを接続する。


(みんな)セイフティテザーの確認はした?

 じゃあいくよ』


 ジュニアは壁面の梯子(はしご)階段を居住区に向けて降りてゆく。

 サポートロボットたちも、ジュニアから付かず離れず、壁伝いに移動してゆく。

 ()してかからず居住区のとの間を隔てる床に降り立つ。

 床にはシャッターがある。

 リリィは梯子(はしご)階段に(つか)まり、ジュニアのセイフティテザーの保持を行う。


『開かないね、電気系統がやられてしまっているのかな?』


『状態が分からないと電源を切り替えるのも危険ね。

 手動で開けるしかないわね』


 ジュニアとリリィは相談する。

 ジュニアはシャッターの横に備え付けられている非常用の金属クランクを手に持つ。

 クランクは四角形の突起をシャッター横の(くぼ)みに差し入れ、ハンドルとして回すことによりシャッターの手動開閉を行う器具である。


『反時計回りで良いんだよね? じゃ回すよ』


 ジュニアは力を入れる。

 しかし動かない。


(かった)ー、回る気がしないんだけれど』


 ジュニアは簡単に音を上げる。


『ふうん? 代わってみるわ』


 リリィはジュニアに向かって招き寄せるジェスチャーをする。


『これでリリィが開けられたら、俺のか弱さが引き立ってしまうね』


 ジュニアはぶつぶつ言いながらも大人しくリリィと持ち場を代わる。


『私も大した力がある分けではないのだけれど』


 リリィはそう言いながらも、全身を使ってクランクをまわす。


 ――ギィ、ギィィー


 微妙な振動を出しながら少し回る。

 しかしそれ以上はピクリとも動かない。


『確かに回る気がしないわね』


 リリィはクランクを蹴って回そうとする。


『困っているの?』


 声がする。

 しかし誰の声であるか分からない。

 女性の声にも聞こえるが、多重多層に反響して年代も性別も不明に聞こえる。

 皆それぞれを見渡すが、話者が誰であるか分からない。


『うん、とっても困っている』


 ジュニアが返事をする。


『その先は壊れているの。

 だから私が固定しているの。

 隙間を作れば貴方たちでも通ることができるかもしれない。

 隙間を作って欲しい?』


 声は訊く。

 いや、本当に声なのだろうか?


『その前に、君は誰?』


 ジュニアはシャッターを見ながら訊く。


『私? 私は遠い恒星系から来たの』


 応えが聞こえる。


『遠い恒星系? 君は星渡る旅人なんだ?』


 ジュニアの問いは早い。


『え? ええ、まあそうね。

 私は貴方たちと仲良くしたいの』


『そうだね、もちろん仲良くしよう。

 よろしく……。

 ところで居住区を壊したのは君?』


 ジュニアの声は落ち着いている。

 リリィはゆっくりと壁際、梯子(はしご)階段に戻る。


『そう……、でもわざとじゃないの。

 速度を落とすために(つか)んだら壊れてしまったのよ。

 これでもできるだけ壊さないようにしたつもりなの』


『予想外に(もろ)すぎた?』


『ええ、そうね。

 でも、それ以上壊さないようにしているつもり』


 応えは声ではない。

 少なくとも空気を伝搬して聞こえる声ではない。

 直接ジュニアたちの頭の中に聞こえているようだ。


『君はシャッターの向こう側に居るの?』


 ジュニアは訊く。


『ええ、そうよ』


 頭の中で声は響く。

 ジュニアはリリィを見る。

 リリィもジュニアを見ている。

 バイザーの中の顔が肯定するように縦に動く。


『姿を見せてくれる?』


 ジュニアは言ってみる。


『……驚かないでね』


 暫し逡巡(しゅんじゅん)するような間の後、意を決したように声は響く。


 ――ガガガガガッ


 激しい振動が伝わり、シャッターのある床が揺れる。

 揺れだけでなく、床ごと離れてゆく。


『床がっ!』


 驚きのあまりルークは叫ぶ。

 声こそ上げないが、衝撃を受けたのは他のものも同様だ。

 固定されていたと信じていた床が抜ける驚き。


 しかしそれだけではない。

 床は連絡橋との間にできた隙間にスライドしてゆき、居住区と思われる構造体がむき出しに見える。

 その居住区が遠ざかるように動いてゆく。

 その居住区の中に沢山の触手がある巨大な土塊(つちくれ)のようなクリーチャーが居て、空間を埋めている。

 床も居住区も固定などされていない。

 単に巨大なクリーチャーが触手で連絡橋と居住区を(つか)み、保持しているだけなのだ。


『うわああぁ!』


 ルークは叫ぶ。

 ルークは床から二十メートル程度離れている。

 にもかかわらず、クリーチャーは圧倒的な大きさで、床のあった空間の向こう側に存在する。


『やあ、これが君なんだね?』


 ジュニアは(うれ)しそうに言う。


『え? ええそう。

 ここは壊れていて危険なの。

 修理するのなら手伝うわ』


 クリーチャーの声は明らかに頭の中で響いていることが分かる。

 激しく反響する声色、凄まじいばかりの圧力。

 暴力的なまでに脳内に響き渡る声と分別のありそうな口調が激しいギャップを生んでいる。


『ああ、助かるよ。

 ありがとう、フィー』


 ジュニアは礼を言う。


 ――ガコンッ!


 激しい振動を伴い、クリーチャーの居る居住区がクリーチャーごと動く。

 居住区はゆっくりと離れていくように見える。

 クリーチャーが支えている触手を離してしまったのだ。

 一同は必死に梯子(はしご)階段に(つか)まる。

 クリーチャーはパタパタと空中を掻くように触手を動かすが空振りが目立つ。

 それでもにゅーと触手が伸び、なんとか居住区を保持する。


『うわーん! どうしようアムリタ、バレているよ!』


 オープン回線から悲痛な声が漏れ聞こえる。

 明らかに少女、フィーの肉声だ。

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