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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第五章 最終話 空中庭園の迷(まよい)子 ~The lost Child in Orbit-Space Hanging Garden~
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第五章最終話(十七)連結

 ――崩壊歴六百三十四年七月十一日午後五時


「夢幻卿に居るようね。

 ラビナと地球猫の子、それに地下鼠(ちかねずみ)の子と一緒……」


 エリーは後部座席に横たえられたソニアの首に手を添えながら言う。

 後ろを走るナンバーツーリフトの中だ。


 天垂の糸直下、基地は午後五時。

 リフトの時刻も同じタイムゾーンを選択している。

 しかしもはや時刻は単なる指標でしかない。

 太陽の光が当たっている側は常に(まぶ)しく、反対側は漆黒の闇に星々が輝く。

 太陽が後方の地球に隠れている数時間のみ全体が暗くなる。

 各々交代のため時間をずらして仮眠をとっている。


 ソニアが二回目の仮眠に入ってから起きてこない。

 最初は疲れているのかな? と思い起こさないでいた。

 八時間を超えてさすがに変だと思い、アムリタはソニアの様子を見る。

 体温と脈拍数が異常に下がっている。

 呼吸数も少ない。

 アムリタは前のリフトに居るエリーを呼ぶ。

 二つのリフトは距離を詰める。

 エリーはソニアを診るべく、後続するリフトの中に空間魔法で跳ぶ。

 それが先ほどのことだ。

 ソニアは最後列の席に移され、眠っている。

 エリーは傍らに座り、ソニアの首を後ろから(すく)うように(てのひら)を当てている。


 エリーはソニアの視覚と聴覚を共有している。

 現実世界での体に触れることにより夢幻卿での知覚を知ることができるらしい。


「ははあ……、そりゃまた何で?」


 アムリタは訊く。

 とりあえずは重病ではないと分かり、安心する。

 しかし理由が分からない。


「何でと聞かれても私が知るはずがなく……。

 とは言え、非日常的な風景と言いますか……。

 異常に高い崖の大きな岩棚(いわだな)? 見えるのは海ばかり。

 うわ……、隣に何か貴女が好きそうな子が居るわね……」


 エリーは目を(つぶ)ったまま言う。


「私の好きそうな子って、どんな子?」


「うーん、良く分からないのだけれど……、ドラゴン?」


「ド……、ドラゴンですと?」


 アムリタは副操縦士席から後ろを振り向く。


「大きくて細長くって、変な色をしていて、(うろこ)があって、(とげ)がたくさんあって……。

 長い帯みたいな羽があって……」


「うわあ……、なんか楽しそうね?」


「本人たちはあまり楽しそうではなさそうな……。

 どちらかと言うと疲れ果てている感じ?

 ラビナがしきりに愚痴を言っているわ」


「何をしているの?」


「うーん? 夜になるのを待っているみたいね。

 このドランゴン、陽の光の中では飛べないのかな?」


「ふうん? 空を飛ぶ必要があるから?」


「ええっと……、開いたゲートを閉じるのだそうよ。

 ほら、前ラビナが閉じた例のアレじゃないかな」


「ははあ……」


 かつてラビナはジュニアとともに夢幻卿に邪神によって開かれかけたゲートを閉じたことがある。

 夢幻卿に(いざな)うようジュニアに乞われ、供に旅立った際の話だ。


「つまりソニアは何故か分からないけれど夢幻卿に入ってしまったのね。

 で、いきなり夢幻卿のピンチに巻き込まれてしまったと……、そういうわけね」


 アムリタは総括する。


「ええ、おそらくは」


 エリーも同意する。


「という事なんだけれど?」


 アムリタは天井を見上げ、意見を求める。


『うーん、夢幻卿に入る前に踏み止まるべきなんだろうね、本当は。

 でもいったん入ってしまって、ゲートが開きかけているなんて言われると俺でも迷うな、確かに……』


 リフト内のスピーカーからジュニアの声が響く。

 ジュニアはもう一つのリフトに乗っていて、アムリタたちの会話を傍受している。

 二つのリフトは再び距離を空けて天垂の糸を登っている。


『まあ、むしろ夢幻卿の危機に駆け付けられて良かったと考えるべきなのかな?』


 ジュニアはそう付け加える。


「まあそれはそうね。

 夢幻卿のピンチは人類のピンチだものね。

 ソニアには頑張ってもらわないと……」


 アムリタも同意する。


『地球猫って誰? サビ?』


「私は地球猫に面識が無くて……、なんか青い子」


 エリーも天井を見ながら応える。


『アオか……。

 それはともかく問題は俺たち、これからどうするべきか、だね?』


 ジュニアはアムリタに確認するように訊く。


「そうそう、それ。

 ソニア、当分目覚めないけれどどうしよう?」


『行くべきか、戻るべきか?』


「そうそう」


『アムリタ、君がそう聞くのなら行く選択も残っているんだね?』


 ジュニアは微妙な質問をする。


「うーん? 多分」


 アムリタの返事は曖昧だ。


『なら行こうよ。

 ここは丁度中間点。

 行くのも戻るのも時間は大して変わらない。

 戻るほうが地球に落ちてゆく方向だからパイロットの負荷が高いしね。

 ここからの登りならリフトは連結させられる。

 パイロット三人で回せるよ』


 ジュニアの声は明るい。


「連結すると怪異が現れたとき、脱出できなくなるんじゃなかったかしら?」


 アムリタは不思議そうに訊く。

 リフトが天垂の糸に接触していれば、天垂の糸からの電力供給を受けられる。

 通常の場合、リフトはこの電力でモーターを駆動させて推進力とする。

 怪異が現れた場合はアポジエンジンにより天垂の糸から離れる算段だ。

 アポジエンジンとは液体ロケットエンジンである。

 宇宙空間でのリフトの軌道変更に用いられる。

 アポジエンジンは出力が大きいため、微妙な出力制御ができない。

 リフトを連結させてしまうとアポジエンジンによる離脱ができなくなってしまう。


『大丈夫なんじゃない? 怪異。

 出てくるとしたらもう出てきているよ。

 次に危ないのは空中庭園付近だけれど、まだ時間あるしね』


 ジュニアの声に迷いは感じられない。


「うーん……、分かった。

 じゃあそうしましょう」


 アムリタは同意する。


『これで良い、リリィ?』


『夢幻卿の話しは良く分からないけれど……、話はあとで聞かせてね。

 結論はそれで良いわ。

 でも空中庭園の状況次第ではすぐに降りるわよ』


 リリィの声が天井から聞こえる。


「ソニアは宇宙服を着せておく?」


 エリーが訊く。


『そうだね、ソニア、万が一の場合に備えて宇宙服の中に入れておいて。

 あ、連結が終わってからで良いから。

 大変だけれど頑張って』


「分かったわ」


 エリーは応える。


『じゃあ、連結しよう。

 速度を百秒かけて時速三百まで落とす。

 距離は一メートルまで近づける。

 ジョイントを(また)いで十秒後に連結、良い?』


「了解!

 みんな席に座ってね。

 さっきやったのをもう一回やるわ。

 今度は連結よ。

 シートベルトを締めないと駄目よ」


 そう言いながらアムリタは外れているシートベルトを締める。

 エリーはソニアの体をリクライニングさせ、座席に固定する。

 何度か確認した後、操縦士席に座る。


「準備できたわ」


 エリーは言う。


「じゃあ減速を開始するわ!

 六百二十五、距離五千……」


 アムリタは速度を読み上げる。

 リフトは制動を開始する。

 皆の体重は進行方向に軽く持ち上げられる。

 Gはさほどではない。

 二つのリフトは速度を落としてゆく。


「五百五十、距離三千八百」


 ゆっくりと距離が詰められる。

 アムリタのコールは十数秒ごとに行われ、リフト間の距離はゆっくりと詰められる。


「三百二十、距離百」


『その調子。

 速度を三百に固定するよ』


 ジュニアの声が天井から響く。

 アムリタは制動を調整して距離を微調整する。


「速度三百、距離一・一。

 次のジョイントで良い?」


『OK、ジョイントまで十二秒』


 ジュニアが応える。


『……十、九、八、七』


 リリィがカウントダウンする。


『……五、四、三、二、一、ゼロ』


 ――ゴトンッ


 ゼロのカウントと共に振動がくる。

 天垂の糸からの逸脱防止ガイドが開き、リフトはジョイントを乗り越えたのだ。


「十、九、八、七……」


 今度はエリーがカウントする。

 アムリタは連結器を開き、前のリフトとの距離を更に詰めてゆく。


「……四、三、二、一、ゼロ」


 ――ガタンッ


 金属が噛みあう音が響き、二つのリフトは連結される。


『OK、ハーネスを出して……、うん、そのまま連結して……、(つな)がった。

 さすがアムリタはうまいね。

 じゃあ、最初はこっちが制御、もらうよ』


 二つのリフトからそれぞれワイヤーケーブルが伸び、遠隔操作により連結される。

 この状態では前後どちらのリフトからでも操縦可能となる。


『巡行速度まで加速するから暫く待って。

 そのあとソニアを宇宙服に入れてくれれば仮眠とってよ』


「了解、えっと――」


 アムリタは短く応え、何かを言いかける。


『――アムリタ』


 ジュニアが言葉を被せる。


「なにかしら?」


『夢幻卿に行っちゃ駄目だからね、もし行けたとしても』


 ジュニアは心配そうに言う。


「了解……、というか私もジュニアに同じことを言おうとしていたのだけれど」


 二つのリフトで笑い声が響く。

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