表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第五章 最終話 空中庭園の迷(まよい)子 ~The lost Child in Orbit-Space Hanging Garden~
250/268

第五章最終話(十三)夢再来

 ソニアは空を見上げる。

 森の中、木々の間から青空が見える。

 爽やかな森の風がソニアの(ほお)()でる。


(ここは『浅き夢の世界』?)


 ソニアはここが現実世界ではないことを認識している。

 ソニアは今、天垂の糸に登るリフトの操縦士席で寝ているはずである。

 第二リフトのパイロットはアムリタとソニアだ。

 どちらかが起きてリフトの状態を管理する必要がある。

 だからアムリタと時間をずらして寝ている。

 熟睡は避けるようにしていたつもりだった。

 緊張を保ちつつ体と頭を休める、そういう技術を磨いてきた。

 緊急事態が発生した場合、いつでも覚醒できるようにするためだ。


 ソニアが先に仮眠をとる。

 ソニアが起きたとき、ルークとフィーの就寝時間となった。

 ルークとフィーが起きた後、アムリタの仮眠の番となる。

 今はソニアの二回目の仮眠時間。

 しかしソニアの意識は森の木陰で微風(そよかぜ)を受け、覚醒している。

 少なくとも夢の中に居ることを自覚できる程度には明晰(めいせき)さを保っている。


「来たいと切望しているときには来れなくて、こんなときに来られるなんて皮肉ね」


 ソニアは声を出してみる。

 違和感無く、発話される。


 ソニアは白い貫頭衣を着ている。

 朱色の縁取りがあって、やや裾の長いものだ。

 胸が大きく開いていて、ソニアの三番目の眼が襟の間から(のぞ)

 下は足首で絞ったゆったりめのズボンを履いている。

 足は革紐かわひもで幾重にも縛られたサンダルだ。

 前回来た際と同じ格好、肩からたすき掛けにかけられた白いポシェットのようなバッグまで同じだ。


「中身まで同じなのね」


 ソニアはバッグの中を確認しながら(つぶや)く。

 どこかに下に降りる階段があるはずだ。

 ソニアは大きな岩の影を探す。


「あった」


 然してかからずソニアは夢幻郷に降りる階段を見つける。


「さて、どうするかな?」


 ソニアは迷う。

 夢幻卿に行くべきか否か。

 今は天垂の糸に登っている最中。

 何が起きるか分からない。

 何が起きても良いように、直ぐに起きられるようにしておかなければならない。

 そうしなければ命に係わる。

 自分だけでなくメンバー全員を窮地に陥れることになる。


 夢幻郷はそれなりに危険だ。

 トラブルに巻き込まれる可能性が高い。

 そして一度入ってしまうと出てくるまで現実世界で覚醒できない。

 現実世界でどれだけ窮地に陥ろうが起きられないのだ。


「普通に考えれば今、夢幻郷に入るべきじゃないわよね……」


 とは言え、あれだけ来られなかった夢幻郷の入り口。

 前回はアルンの導きにより辛うじて入れたが、今回はどうも自力のようだ。

 こんなチャンスは滅多にない、そう思える。


「ガンメタルさんやスティールさんに挨拶だけしておこう」


 魔の荒野の地下をテリトリーとする地下鼠(ちかねずみ)たち。

 縁あってソニアは彼らの友人に迎え入れられた。

 折角だから挨拶(あいさつ)しておきたい。

 魔の荒野は夢幻卿の入り口すぐだ。

 アルンは定期的に夢幻卿に赴き、彼らと情報交換をしているという。

 なるほど睡眠時間の一部を使って夢幻卿の情報を得られるのならば効率的だ。

 ラビナやテオは未だ夢幻卿に居る。

 彼、彼女らの情報を教えてもらおう。

 ソニアはそう考え、岩陰の下り階段を降りてゆく。


 階段は長く続く。

 湿った壁は薄暗く緑に発光し、下へと続いていることが分かる。

 どこまでも続くと思われる階段であるが、やがて周囲は赤みを帯びてくる。

 ソニアは赤く光る空洞に出る。


「さて認証機かー」


 ソニアは空洞の奥にある、二体の石像の間に立つ。

 ソニアは高さ百二十センチほどの二つの石柱、認証台の上に両(てのひら)を乗せる。


 ――ゴゴゴゴゴゴゴ……

 

 重い石が(こす)れる音が(ひび)き、石像の間の扉が持ちあがってゆく。

 ソニアは(うなず)き、扉を潜る。

 先は暗い通路、その先に下り階段がある。

 ソニアは再び下り階段を降りてゆく。

 ソニアは長い階段を降りながら、夢幻卿の地球を回っているはずの人工衛星にコンタクトを試みる。


 何故だかは分からない。

 ソニアは夢幻卿の地球を回る一機の人工衛星の画像を胸の眼で見ることができる。

 人工衛星は彼女の父、ジャックが夢幻卿に持ち込んだものらしい。

 ソニアはジャックの右目(通信機能を備えた義眼であるのだが)を強奪した。

 だから現実世界の地球を周回する人工衛星からの画像も今はソニアの管理下にある。

 同じ理由で夢幻卿の人工衛星もソニアの管理下となったのだろう。


 最初は人工衛星とのリンクは成功しなかった。

 しかし先に進むに連れてリンクは徐々に確立しだす。

 ゲートから(まぶ)しい光が見えるころには胸の眼は人工衛星からの明瞭(めいりょう)な画像を映し出す。

 ソニアはゲート手前に留まり、人工衛星からの俯瞰(ふかん)画像を確認する。


 夢幻卿の地球は色々可怪おかしい。

 先ずもって丸く無い。

 しかも裏側に筆舌し難き異様なものがある。

 こんな(いびつ)な世界で暮らすのは正直怖すぎる。

 しかし郷に入れば郷に従え。

 ソニアはその可怪おかしさを無理やりに飲み込む。

 ソニアは自分の度量の広さに満足する。


 人工衛星は十四分で地球を周回する。

 ソニアは魔の荒野の位置を知っている。

 大きな大陸の南端、クワガタムシのツノのような二つの半島がある。

 その西側のものの先端。

 丘陵地帯、小高い丘の(ふもと)だ。

 以前来た際と何ら変わりはない。

 未だ角度があるが、それでも人工衛星のカメラは魔の荒野を明瞭に描写する。


「誰も……、居ないわね」


 ソニアはカメラ画像をズームさせ、外の安全を確認する。

 (まぶ)しい外に踏み出でる。

 人工衛星のカメラにソニア自身が映し出される。

 明るい日差しを受けてソニアの髪は朱色に輝く。

 ソニアの本来の眼と、大きく開いた貫頭衣の胸元にある眼が(まぶ)しそうに細められる。

 ソニアは岩場に向かって歩を進める。

 ゲートから死角となる場所で暫く気配を伺う。

 その後、進路を変えて一つの大きな岩に向かう。

 岩陰に人が一人通れる程度の岩穴がある。

 地下鼠(ちかねずみ)たちの地下世界への入り口だ。


「パール! シメント! 居るかしら? ソニアよ」


 ソニアは岩穴に向かって声をかける。


 ――ザワッ


 大量の気配が岩穴に現れる。


「ソニアだ」


「パールの友達のソニアだ」


「シメントのご主人さまのソニアだ」


 小さな、それでも大小さまざまな地下鼠(ちかねずみ)たちが遠巻きに(ささや)きあう。


 ――トンッ


 岩穴の右側、少し段になっている場所に地下鼠(ちかねずみ)の女性が立つ。

 こげ茶色の髪、同じ色のスモックを着ている。


「お久し振りですソニア、お覚えでしょうか?

 サルナトのマロンです」


 マロンは右手を胸の前に折り、左手でスモックの裾を持ち上げてお辞儀をする。


「もちろん覚えているわよ、フリントの奥さん、夫婦(そろ)ってのサルナトの執政官。

 どうしたの? 里帰り?」


 ソニアは満面の笑みを浮かべ、右掌を顔の横で振る。


「いえ、私はフラニス出身でここが里というわけではなく……。

 あ、いけない、夫の里だから里帰りと言えば里帰りなのですが……。

 それはともかく私は一人で調査員として来ています」


 マロンはいつになく慌てているようだ。


「調査って何の?」


「多数、行方不明者がでているのです」


 マロンの口調は暗い。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
作者の方へ
執筆環境を題材にしたエッセイです
お楽しみいただけるかと存じます
ツールの話をしよう
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ