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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第一章 第二話 風の谷の祭殿(さいでん) ~The Shrine at the Wind Ravine~
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第一章第二話(十五)黒灰色(こっかいしょく)の魔女

「風の谷の祭殿さいでんは失われた古代文明の遺跡だよ。

 天垂てんすいの糸や超高層ピラミッドと同じで」


 山小屋の中、手前の居室に五人は車座になって座っている。

 ジュニアは胡坐あぐらをかき、壁にもたれながら話をする。


「風の谷の祭殿さいでんの下には深い穴があり、常時一定の風速、一定の量、一定の温度の不純物をほとんどど含まない乾燥した風が吹き上げている。

 その風が風の谷の祭殿さいでんの供給エネルギーになっているんだ。

 祈りの間の下には幾重もの階層があり、膨大な量のガラス管と真鍮管しんちゅうかんでできた微小なデバイスが配置されている


「皆は電子計算機を知っているだろうか。

 さっき、俺が持っていた箱なんかも逐次処理型の電子計算機なんだけれど。

 電子計算機に最低限必要な構成要素はそんなに多くない。

 先ず基準動作クロック。

 これは風を入力するデバイスで実装する場合、笛で実装できる。

 実際は可聴音の笛では周波数が低すぎるのでもっと高い周波数、いわゆる犬笛となるけどね


「他には論理回路、つまり、プリミティブには論理積、論理和、否定、排他的論理積、排他的論理和、そしてそれらの回路を組み合わせたもの。

 ガラス管を加工して、入力から出力を導くそういったデバイスを作ることは可能だ。

 事実、風の祭殿さいでんの下にはそういった微小デバイスが無数にある


「次に双入力マルチバイブレータ、これはバッファとして機能する。

 つまり記憶装置だ。

 風の谷の祭殿さいでんには絶えることのないエネルギー供給があり、論理回路があり、記憶装置がある。

 つまりは電子計算機と同様のものが微小なガラス管で実装されている。

 その素子数は恐らく風の谷の祭殿さいでん地下に山一つ分ほどの規模で広がっている


「更に入出力デバイス、あの無数の大小さまざまなパイプは、音声の入力デバイスでもあり出力デバイスでもあるらしい。

 これらには微小な信号を大きな信号に増幅し、入力や出力に適切なゲインとなるよう調節する増幅デバイスも用意されている」


 ジュニアはペラペラと得意げに説明する。

 アムリタには正直全く意味が判らない。


「ようするに、風の谷の祭殿さいでんは過去の事象の記録機械ということか?」


 エリーはジュニアに問う。

 アムリタはエリーを見る。

 エリーはジュニアの言っている呪文のような講釈が理解できているのだろうか?


「うん、流石さすがはエリー。

 しかし答えはノーだ。

 失われた古代文明の遺跡がそんな単純なものであるはずがない」


 ジュニアはうれしそうに応える。


「局所的に見ると犬笛の周波数クロックに同期して外部刺激と内部のフィードバックにより記憶状態を変えるステートマシンである。

 しかしもう少し上の視点をもって眺めれば、群としてのステートマシンが常にその保持する内容を変えつつ、記憶装置全体では多数の記憶素子が示す『模様』を一定の変位域の中でゆらぎを伴いながら遷移させる。

 そして、外部刺激に対してその反応を能動的に変えつつも、ある領域以上に逸脱した変化を行わないように注意深く保つ。

 そのうえで同一層での情報エントロピーを熱力学の第二法則に逆らって減少させる」


 もはやジュニアはエリーを見ていない。

 誰も見ていない。

 空中に向かって独白する。


「そういったシステムが複層に積み重なり、下位のシステムの抽象的反応が上位システムへの入力となっている。

 そう、それは全体として風のエネルギーを消費して外部からの情報を整理し、自らの中から情報を生み出す散逸構造システムとなっている。


「そんな情報システムがおおまかな機能を持ち、他の同様の異なる機能を持つ情報システムと有機的に結合している。

 要するに人間の脳をエミュレートした思考機械を形成している。

 それが風の谷の祭殿さいでんの正体だ」


 ジュニアはまるで自分のことのように得意げに話す。


「いうのは簡単だけれどこれをつくった古代文明はぶっ飛んでいるね」


 アムリタは相変わらずジュニアが何を言っているのか全く判らない。

 アムリタはラビナとアルンを見るが、二人も薄く口を開いてアムリタのほうに視線を泳がせている。

 アムリタはジュニアの話が判っているのはエリーだけなんだろうなと思い、エリーを見る。


「アムリタの来訪に反応したから自律的にアムリタの師匠の伝言を再生し続けた。

 そして、私の質問に応えてくれるかも知れないということか?」


 エリーはジュニアに再度問う。

 アムリタにはエリーが遠く感じられる。


「うん、そう。

 エリーの質問の答えが祭殿さいでんから返ってくるかは判らないけれどね。

 一応録音してあるから、後で再生してみよう。

 風の谷の思考機械の最大の弱点は、風を供給エネルギーとするため思考反応速度が非常に遅いことだ。

 その実、人間の約二十五分の一でしかない。

 なので、音声の再生も二十五分の一、出てくる声は風の音にしか聞こえない。

 ちゃんとしゃべっているんだけれどね」


 ジュニアは優秀な生徒に対する教師のような態度でエリーに応える。

 アムリタはジュニアとエリーを見て、マッドサイエンティストとはこういう人たちのことをいうのだろうな、と考える。


「とは言え、判らないことは沢山ある。

 例えば、山一つ分の空間容量があったところで単純な思考装置をつくるのが関の山であるはずなんだけれども、風の谷の祭殿さいでんの思考は複雑怪奇を極め、表面上で判る人格も最低三つある。

 『当初の人格』、そこから派生した『乳母サリー』と『教師エリフ』。

 多分これらを統合する人格もあるはずだ。

 こんな大規模な思考機械がたかが山一つ分で収まるはずがない。

 思考機械の人格や記憶の大部分はどこか別のところに実装されているはずだ」


 ジュニアはそう言ってラビナを見る。

 ラビナは全く話に付いていけてなかったので、え? 私? とやや狼狽うろたえる。


「ジャックはどこで何をやって君たちを困らせたの?」


 ジュニアは身を壁から起こして、ラビナのほうに顔を近づけ微笑をたたえながらラビナに問う。

 なぜここでジャックの話がでるのか?

 ラビナは血圧が上がるのを感じる。


「ラビナ、君は『夢幻郷の王女』なんだろう?」


 黙っているラビナに、ジュニアはたたみかけるように問う。

 ラビナは視線を泳がせる。


「夢幻郷にこれと似たものを見たことはない?

 ジャックはそれを探しに夢幻郷に行って、君たちとめ事を起したのでは?」


 ジュニアは黙っているラビナに向かって質問を重ねる。

 この少年はどこまで知っているのだろう?

 ラビナはジュニアに視線を戻す。


「夢幻郷全体をべる王や女王なんていないわ。

 夢幻郷がどれだけ広いと思っているのよ」


 ラビナは吐き捨てるように言う。


「確かに私は夢幻郷のとある領域の『元王女』だった。

 だけど、ジャックが私たちをだまして王位を継承してしまった。

 そのうえジャックは全てを放り投げて遁走とんそうしてしまい、大混乱よ。

 私はジャックを連れ戻すかジャックが王位を私たちに返すまで戻れない」


 ラビナは涙目になりながら、悔しそうにそう語る。

 アルンは無言でラビナを見守る。


「アムリタ、良かったね。

 『黒灰色こっかいしょくの魔女』も『夢幻郷の王女』も既に見つかっている。

 探す必要は無いわけだ。

 二人とも自覚は無いようだけれど」


 ジュニアはやや居心地いごごちが悪そうになり、ラビナから目を話してアムリタに向きなおる。

 アムリタは、へ? と言いながら首をかしげる。


「私は『黒灰色こっかいしょくの魔女』ではない。

 ジュニア、それは君も知っているだろう」


 エリーはジュニアに言う。


「確かに、君は語り継がれる伝説の『黒灰色こっかいしょくの魔女』ではないのかも知れない。

 でも、サリーの前にアムリタと共に現れる『黒灰色こっかいしょくの魔女』は恐らく君だよ、エリー。

 その証拠に風の谷の祭殿さいでんに君の声紋が登録されている」


 ジュニアの言葉にエリーは暫く考え込む。


「確かにその推論は当たっているかもしれない。

 もう一つの可能性もあるとは思うが……」


 エリーは小声でつぶやく。


「私は、将来アムリタとともに過去に跳ぶのだろうか?」


 エリーはジュニアに訊く。

 ジュニアは、多分ね、と簡潔に応える。


「ジュニア、その時は君も一緒に来てくれるか?」


 そう言うエリーの声は、珍しく小声で弱々(よわよわ)しい。

 ジュニアが何か応える前にエリーは、いやすまない忘れてくれ、と言い、うつむき、黙る。

 しばらく沈黙が流れる。


「サリー叔母様の祈りに出てきた、『白銀の魔法使い』と『黒灰色こっかいしょくの魔女』ってどういう人なの?」


 話の流れが途切れたので、アムリタは知りたいことをたずねる。


「そのどちらも驚くほど昔から語り継がれている伝説の存在だよ」


 ジュニアはアムリタに向き直り、応える。

 ジュニアも今の沈黙が苦痛だったのだろう。

 しまった長くなりそうだ、とアムリタは訊いたことを少々後悔する。


「『白銀の魔法使い』は二つ名のとおり輝くような白銀の髪をしている不死の大魔法使いだ。

 どうも『白銀の魔法使い』は死んでも肉体を再生させ、命をつなげられるらしく数百年の長きに渡り、存在し続けている。


「そのため、時代じだいの伝説で年齢は様々であったりするが、隠遁いんとんしつつも魔法の世界に影響を与え続け、存在自体は確かなものといわれている。

 少数の弟子が常に居たらしく、歴史上有名な人物が弟子であったりするので、その影響も大きい。


「ジャックは十台の頃、瀕死ひんしの重傷を負っているんだけれど、『白銀の魔法使い』に命を助けられている。

 ジャックも『白銀の魔法使い』の弟子の一人ということだね。

 尤もジャックにも最近の『白銀の魔法使い』の行方は判っていないようだけれど」


 ジュニアはアムリタに向かい、説明する。

 アムリタは、うなずくばかりだ。

 アムリタは説明を受けている間、息苦しさを感じた。


「『黒灰色こっかいしょくの魔女』は歴史の節目ふしめに現れ、奇跡を行った伝説の魔女の二つ名で最初の出現は六百数十年くらい前。

 それから何回か現れては幾柱かの古きもの、邪神の封印に関わっているらしい。


「しかし『白銀の魔法使い』が何時いつの時代にも常に存在し続けているのに比べて、『黒灰色こっかいしょくの魔女』は出現が百年単位で跳ぶうえに伝えられる年齢や印象が様々なので同一の存在であるかは疑問視されている。


「共通しているのは黒灰色こっかいしょくの見る角度によって白銀から暗い灰色にまで変化する不思議な色の髪と薄い灰色がかった水色の瞳をもつ色白で比較的背の高い強力な魔法を使う美貌の女性であること」


 ジュニアはそう言って今度はエリーに向き直る。

 アムリタはジュニアの自分へのフォーカスが外れたのでそこで止めていた息を吐き、深呼吸をする。


「実際エリーが二百年前に行って奇跡を行えば『黒灰色こっかいしょくの魔女』の伝説の一部になるね」


 ジュニアはエリーに笑いかける。


「私には古きものを封印するような力はない」


 エリーのつぶやきに、うん、今はそうだろうね、とジュニアは応じる。


「まあ、何れにしても、もう少し情報が必要だね。

 で、俺はサプリメントロボットに風の谷の思考機械の人格と記憶の一つをコピーすることにした」


 ジュニアは皆に言う。

 それが今日の午後くらいに終わるだろう、と続ける。


「という事でお昼ご飯を食べたらまた、みんなで風の谷の祭殿さいでんに行こう。

 エリー、お昼ご飯は何?」


 ジュニアはエリー訊く。


「昨夜、うさぎを捕まえたので解体しておいた。

 下味をつけて香草とともに焼く予定だ……」


 エリーは淡々と応える。

 アムリタは、この山は本当は殺生禁止の聖域なんだけれども、と思ったけれど言わないことにする。


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