第五章最終話(九)ウッドゴーレムは森で創られる
サマサは洞窟の出口前でしゃがみ、佇んでいる。
ここに来てから、かれこれ一時間経っている。
夢幻郷の入り口、ゲートの内側。
警戒しているのだ。
暗い洞窟の中から見て、外は光に溢れ、眩しい。
目を凝らすとゲートの外には大きな岩、そして荒野、その上には紫色の空が見える。
服装は白い貫頭衣、帯は無いが腰付近で絞ってあり、膝丈のスカートになっている。
暗い洞窟内、サマサの金髪は黒く鈍く光る。
サマサは地面に複雑な図形を描く。
図形は銀色の輪郭を得て浮かび上がり、ゲートの外に消えてゆく。
外に異変が無いか慎重に観察しているのだ。
サマサは一人である。
否、隣に人間のようなものが立っている。
人間ではない。
木製の人形のように見える。
「大丈夫かしら?」
サマサは左手、人差し指をゲートに向けて伸ばす。
木製の人間大の人形、自動人形がゲートに向かって歩き出す。
自動人形はゲート下で歩みを止める。
「大丈夫……、なようね」
自動人形が更に歩みを進める。
サマサは自動人形を追うようにゲート入口直下に立つ。
サマサの目は既に明るさに慣れている。
空は異様な紫色に染まっているが、それはいつものことだ。
慣れるに従い気にならなくなるだろう。
太陽の反射を受けてサマサな髪は明るい金色に輝く。
サマサはゲートの外、魔の荒野に踏み出でる。
岩と乾いた土の地面、起伏のある地形が続くロケーション。
ゲートを振り返ると大きな丘の麓であることが分かる。
岩の陰にはいくつもの気配を感じるが、これもいつものこと。
無視していれば、干渉してこないはずだ。
サマサは歩を進める。
足取りに迷いは感じられない。
方向は東南東。
自動人形が足早にサマサを追い抜き、歩を緩める。
あたかもサマサを先導するように歩く。
東南東方向には比較的低い丘が続く。
いずれも荒れた傾斜だ。
サマサは最初の丘の頂上に立つ。
進行方向先の荒れた小さな丘の奥に森林を持つ丘が見える。
サマサは振り返る。
誰も居ない。
しかし何者かの気配が消えない。
サマサは歩みを早める。
自動人形も先導する速度が上がる。
荒れた斜面を、岩を避け、斜面を下り、上る。
それを繰り返す。
丘は草原となり、やがて低木が生い茂る斜面となる。
そして高い木々のある森となる。
大きな岩と倒木が散在している。
見通しの悪い森だ。
木陰に入り、サマサは止まる。
――ピピピピッ
――バサバサバサッ
鳥類をはじめとする多種多様な生物の音に包まれる。
それでもサマサは慎重に気配を分析する。
「振り切った……?」
サマサは呟く。
大きな動物の気配は感じられない。
それでもサマサは暫くじっと動かずにいる。
小一時間後にサマサは活動を開始する。
サマサは倒木に図形を描く。
大小様々な倒木に描かれた図形は銀色に輝く。
更には小刻みに震えだす。
サマサは自動人形の胸にも複雑な図形を書き入れる。
大小の倒木は震え、形を変えて自動人形の周囲に集まる。
自動人形はもはや人間大ではない。
サマサの身長の二倍を超す大きなおおきな人型、木の巨人だ。
「な、なんなの? ゴーレム?」
森の奥側から甲高い声が聞こえる。
サマサは驚き、声のするほうを向く。
そこにはサマサの身長の半分にも満たない紫がかった灰色の髪の少年が怯えた表情で立っている。
同じ色のスモックを着ていて、同じ色の細く長い尻尾が見える。
巨大な人型は尚も成長し続けながら少年のほうを向き、一歩、歩を進める。
「待って、待って! 敵じゃないから! 味方だから!」
小さな少年は両掌を見せて頭の横で振り、害意が無いことをアピールする。
サマサは少年をじっと見る。
「もう学習したから! 怖い人間の女には逆らわないから!
なんなんだよ、次から次へとおっかない女の人ばっかり……」
少年は抗議するように言う。
――スタッ
少年の横に銀色の髪をした少女が現れる。
身長は少年よりやや大きい。
しかにサマサに比べると著しく小さいことには変りは無い。
木の巨人はサマサを右手で掬いあげて、腕に乗せる。
「弟がお見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありません。
サマサさんですね?」
少女は少年を庇うように前に出て、サマサを見上げる。
「そうだけれど、貴女たちは?」
サマサは怪訝そうに訊く。
「私たちは地下鼠のものです。
私はパール、そしてこちらは弟のシメント。
アルンの協力者です」
地下鼠の少女、パールは凛とした声で応える。
「アルンの……? それはまた何故?」
「夢幻郷に行くから待っててね、ってアピールしていたんじゃなかったのか?」
森の外側から声がする。
サマサは慌てて振り向く。
声の主はアルンだ。
「もっとも、お前さんがこんなにもベテランだったとは予想外だがな……」
アルンは森に入り、首を傾げる。
「私は貴方と鉢合わせしないように気をつけた積もりなんだけれど……。
逆効果だったのかしらね?」
サマサは怒ったような顔で言う。
「そりゃ済まなかった。
ただ、好奇心を抑えられなかった」
アルンは無表情で応える。
「そこまで好奇心旺盛ならば、ジュニアの誘いを受ければ良かったのに」
サマサは吹き出す。
「確かに痛恨の極みだな……。
だがそれだけに今回は見届けたいと思うぞ?」
「何故?」
サマサは木の巨人の水平に折る前腕に腰かけている。
「一人旅になるなら危険だろ?」
アルンは無表情で応える。
「あら、優しいのね?
なんで一人旅って分かったの?」
「前、今の私には仲間が居ない、って言っていただろう?
夢幻郷に行方知れずの仲間を探しに来たんじゃないのか?」
相変わらずアルンは無表情だ。
サマサは右上に視線を逃がす。
「ふーん? まあご名答。
何か怖いわね、どこまで知っているの?」
サマサはアルンを見下ろしながら訊く。
「特になにも……。
正直、本当に来るとは思っていなかった」
アルンは微かに笑う。
そんなアルンを見て、サマサも笑う。
「あはは、まあいいや、心配してくれて有難う。
悪い気はしないわ」
サマサは笑う。
木の巨人はしゃがむ。
「じゃあ、一緒に来る?
ここで、バイバイ、ってわけじゃないんでしょう?」
木の巨人はしゃがみ、右腕に座るサマサの視線は同じ高さのアルンの目を見る。
「ああ、今回はそれが正解なような気がするからな……」
「え? どういう事?」
サマサは意味が分からないというように訊く。
「大きな変化が表われている。
お前さんも多分その一部なんだろうなってことさ」
アルンは無表情に応える。
「ふうん? まあいいわ」
木の巨人は左の前腕を水平にアルンの前に差し出す。
「一応目的地だけ聞いていいか?」
アルンは木の巨人の左前腕に腰かける。
木の巨人はゆっくりと起立する。
パールがアルンの肩に跳び移る。
慌てるようにシメントも巨人の前腕、アルンの腰かける左隣に飛び移る。
「パールとシメントと言ったっけ?
おチビちゃんたちも一緒に来てくれるんだ?
嬉しいわ、パーティを組むなんて久しぶり。
目的地はダイラトリーン経由、南海の島々よ」
サマサは陽気に言う。
木の巨人は森の奥、山の斜面を駆け上ってゆく。




