第五章最終話(五)君に決めた
「なんで僕が南海の島に荷物持ちでついて行かなければならないのにゃ?」
地球猫の少年、アオは抗議する。
アオは他の地球猫と同様、綺麗な顔立ちをしている。
地球猫の顔立ちは皆似ていて区別が難しい。
しかしアオの顔は髪や服の違いに頼らずとも直ぐに区別できるだろう。
全体的に丸くふっくらとしているからだ。
ふわふわとした髪、猫耳、しっぽも鮮やかな青色だ。
スモックは青地に前面が丸く白抜きになっている。
猫耳はジュニアがプレゼントしたものである。
造形も動きも自然で人工物には見えない。
地球猫は独特の縮地法を使う。
だからサビが居れば遠い南海の島まででも一飛びだ。
誰かを担いで飛ぶことも造作ない。
荷物扱いして良いのならばラビナ、シェーレ、マロンの三人を同時に運べないこともない。
残念なことに荷物は煩いラビナだ。
シェーレにしても若くして彼らの幹部になるほどの人物、決して大人しいというわけではない。
彼女たちの苦情を一人で対処するのは苦痛だとサビは思った。
だからサビは提案した。
誰かもう一人、地球猫の運び手を探そうと。
――メルロイの邑のギンが良いのでは?
――彼女もこの前、美しいものに飢えていると言っていたし。
――ギンを誘うとヨルが怒るのにゃ。
――あの人、怒らせると怖いのにゃ。
――ギンはダメよ、ヨルとギンには光の谷の門番をお願いしているのだから。
――しっかり職務を遂行してもらわなければ。
――じゃあキジシロが良いんじゃないかにゃ?
――なんやかんや言いつつ、若手のなかでは実力者なのにゃ。
――良いけれどキジシロを誘うとセットで色々付いてくるんじゃないの?
――あまり大所帯になっても困るのだけれど。
――あ、それならアオがいいのにゃ。
――仲間内でも浮いているので、一人だけ誘っても他にはバレないのにゃ。
――そこそこ力もあるのにゃ。
――そうね、あの子なら扱いやすそうだし、良いんじゃない?
そういった議論があったことをアオは知らない。
「荷物って失礼なのにゃ。
ラビナとラビナの荷物を運ぶのにゃ」
サビは笑う。
「女ばかりの旅行に僕一人で付いていくなんて嫌なのにゃ。
ラビナを怒らせて、耳を千切られたくないのにゃ。
女の地球猫を探すべきなのにゃ」
アオは全身で抗議する。
真剣に嫌そうだ。
「分かったにゃ、じゃあ、地球猫の女の子、紹介して欲しいのにゃ。
その人を説得して欲しいのにゃ」
サビが、にゃー、と笑いながら言う。
「ふぎゃ? なんで僕が? そんなの知らないのにゃ」
アオは泣きそうになる。
「ほら、地球猫で付いてきてくれそうな女の子なんて居ないのにゃ。
アオは自分にできないことを人に求めているのにゃ。
それはズルいことなのにゃ、卑怯なことなのにゃ」
「いやいやその理屈はおかしいのにゃ。
必要としているのは僕ではなくてサビたちなのにゃ。
自分の問題は自分で解決するべきなのにゃ……。
だいたい何で女ばっかりの四人旅行なのにゃ?
なんか近寄り難いのにゃ」
アオは全力で嫌がる。
「女四人なのは偶々なのよ。
チャトラたちの行方を探していて、オライアブ島に手掛かりがありそうなの。
アオはチャトラとミケを探したくないの?」
ラビナが柔らかい笑顔で言う。
「チャトラとミケの行方を探したいのは僕も同じにゃ。
でも本当にテオたちの行方を探すだけなら、サビとラビナだけで行けば良いのにゃ。
不自然なのにゃ、理由になっていないのにゃ」
アオは拘る。
女性陣はニコニコとした笑みを浮かべながらも眉間にシワが浮いている。
雰囲気が怪しいのでアオは怯える。
「オアイラブ島に行けば解決だといいのだけれど、そう簡単な話でもないでしょう?
人手が欲しいのよ。
今はね、男の人たちってほら、政治とか商売とか治安維持とかで忙しいでしょ?
私たちも暇という分けではないのだけれど、でも心配じゃない? ミケたち。
だから分業することにしたの。
貴方も心配でしょう?」
ラビナは優しく、アオの真上から説く。
アオはラビナを見上げ、後退りをする。
「美女四人と南海の島巡りなのにゃ。
きっと美味しいものも食べられるのにゃ。
オライアブ島の魚はきっと美味しいのにゃ。
食べ放題なのにゃ。
おまけに、日当まで出るのにゃ。
断る理由なんてどこにも無いのにゃ」
アオの顔の至近でサビが貫禄一杯にアオに説き伏せる。
シェーレとマロンも近くににじり寄り、お願いします、と合掌する。
「わ、分かったのにゃ、チャトラたちが心配なので一緒に行くのにゃ」
アオは退路を断たれて観念したように言う。
今にも泣きだしそうだ。
「有難うなのにゃ。
嬉しいのにゃ、感謝するのにゃ、悪いようにはしないのにゃ。
アオの旅行準備はできているのにゃ。
早速行くのにゃ」
「ふぎゃ? ちょっと待って欲しいのにゃ、仲間たちに行先を伝えておくのにゃ。
キジシロとハチワレの所に行ってくるのにゃ」
アオはそう言ってジャンプをしようと身を屈める。
サビはアオの両肩を押さえ、留まらせる。
「大丈夫なのにゃ、アオが私たちと旅行に行くことは伝わるようになっているのにゃ。
それにそんなに長いことはかからないから心配、要らないのにゃ。
時間が勿体ないから直ぐに行くのにゃ」
サビは懐柔するように優しく微笑む。
他の三人の女性も、微笑みながら頷く。
「そ、そうなのにゃ?
……なにか釈然としないのにゃ」
「はいはい、もう行くわよ」
ラビナは大きく二回掌を打つ。
アオは委縮する。
「凄く高い山があるのにゃ、それよりも低い山が半ダースあるのにゃ。
その遥か向こうにもっと高い山があるけれど、そっちじゃなくて手前の高い山……。
すぐ分かるのにゃ……」
サビはオライアブ島までの経路をアオに囁く。
ここからの角度は……、だから高さはこれくらいで……、海の上だからほぼ直線で良くて……、分かったのにゃ……、付いていくからよろしくなのにゃ……。
打ち合わせは短時間で終わる。
「それじゃ宜しく」
サビはアオに黄色いバックパックを背負わせる。
ラビナとシェーレもバックパックを背負い、腰に絨毯生地でできた厚手の腰巻を着ける。
地球猫のジャンプを少しでも快適にするための工夫だ。
ラビナはマロンを抱き上げる。
アオはマロンごとラビナの腰と背中を持ち、頭上に差し上げる。
サビもシェーレを同様に頭上に差し上げる。
「いくのにゃ」
サビは、にゃーん、という掛け声とともにジャンプをする。
間髪入れず、アオも掛け声をあげ、続いてジャンプする。
地球猫のジャンプは圧倒的だ。
眼下にコスザイル山系が地形図のように流れる。
雲の中に入り、そのまま遥か上空に突き抜ける。
眼下には険しい山脈が流れ、平地になり、更には海に出る。
進行方向に薄い水色の、しかし確かに存在感を持つ柱のようなものが見える。
柱は一つではない。
数本重なるように見える、それらは異常な角度で上空まで続いている。
一番太く高い山、あれが噂に聞くヌグラネク山であろうか?
そして更に奥に薄っすらと見える、莫迦げたほどに太く急峻にそそり立つ柱を見る。
地球猫たちは高度を下げ、巨大な山々が聳える南海の島を目指す。
地形が迫るに従い、背後の山は気にならなくなる。
空中で地球猫たちの姿勢は入れ替わり、足が島側に、荷物であるラビナやシェーレたちは島の反対側に差し上げられる。
浅い角度ではあるが、どんどんと高度が下がり、島が迫ってくる。
オアイラブ島の玄関口。
大きな運河とそれを渡るアーチ状の石橋のある港街、バハルナ。
「着地するのにゃ!」
サビは大声で叫ぶ。
サビの足が、その直後にアオの足が石畳の地面に着く。
二人は石畳を滑りながら踏ん張り、やがて停止する。




