第五章最終話(四)我ら追っかけ女子四人衆
「人口は十七万二千三百、前日比千四百増加。
大規模なコンドミニアム(集合住宅)街が東サルナトの南部に建設済みなので居住としては問題ありません。
多くの問題が発生していますが、ここで議題に挙げたいのは二つ。
上水道と食料の確保の問題です。
そろそろ人口増加に追いつかなくなっています」
地下ネズミのレドが黒板の下に設置された台の上で説明する。
黒板下の台は背の低い地下ネズミ用のものだがチョーク受けを兼用している。
レドはチョークを付けた棒で黒板の数字を強調する。
場所はサルナトの丸い屋根の寺院の一室、指導者たちが昼食会で使っている居間だ。
昼食会には人間ではラビナ、地球猫ではサビ、地下ネズミのフリント、レド、マロン、そしてスーン・ハーのベルデグリとシェーレが参加している。
一応、フリントがサルナトの執政官、サビが最高責任者の王女、他は参与執務官ということになっている。
方向性としてはジュニアが立案したマスタープランに従い、それに無いことは合議で決める慣わしとなっている。
細長いダイニングテーブルの壁側に同様の黒板がいくつか並んでいる。
議論は黒板に議事や図を書いて行われるのが通例だ。
フリントは、どうします? というようにサビを見る。
「にゃ? どうしたらいいのにゃ?」
突然意見を求められ、サビは慌ててフリントに問い返す。
「一つは人の流入制限をすることですね。
もう一つはコスザイル山系から流れ込む川の水の一部を上水道や灌漑用水に引き込むことでしょうか?」
フリントが応える。
スーン・ハーの代表であるベルデグリがフリントに視線を向ける。
隣に座るスーン・ハーの女性、シェーレの顔色も曇る。
サルナトの湖はスーン・ハーの聖地である。
現状からの安易な変更はスーン・ハーとして受け入れられない。
サルナトの湖はヒ素過多な水質である。
ヒ素は多くの生物にとって猛毒であるが、スーン・ハーにとっては必須の生命維持栄養素だ。
水質改善はスーン・ハーを衰退に追い込むことになり、ひいてはスーン・ハーの神の怒りを買うことになる。
「ひ、人の流入制限ってどういうことをするのにゃ?」
サビは雰囲気が怪しくなるのを嫌って、陽気に問う。
「そうですね、税金や施設使用料を上げるなどでサルナトに来るメリットを下げることです。
サルナト内、東サルナト内での商売を資格制にして賦課しても良いかもしれません。
ただ、今のご時世、ここほど商売人が集まる場所も少ないので、サルナトの門外で商売を始めるものが続出するでしょう。
そうなると、水が高価な取引材料となってしまいます。
治安も乱れるでしょうし、湖の水を直接飲む者も現れるでしょう。
今の湖の水はちょっと人間や地下ネズミには飲用に適していません。
病気になられたら困ります」
フリントは言い難そうに言う。
「地球猫にとっても飲用には適していないのにゃ」
サビが付け加える。
誰も返事をするものはいない。
少しの間、沈黙が訪れる。
「昔はサルナト、五千万人の人口が居たのよね?
その時はどうしていたの?」
サビの言葉を無視して、席の端に座っているラビナが口を挟む。
一同がラビナを見る。
「えっと、湖の水を浄化、もとい脱ヒ素化したうえで、飲用水源として使っていたようですね。
上流から徐々に脱ヒ素化して、最終的にはすべての湖が脱ヒ素化されたものと思われます。
それでも水はかなり高価なものであったようです。
北方から天然水やエールを仕入れていたとか。
一説によると上質な水はエールより高価であったみたいですね」
「まあ、要するにそこまでやれば五千万人は養えるのよね?
ただし、湖を浄化してしまうとスーン・ハーの神様が怒っちゃう。
だったら、その中間で妥協点を探るしかないんじゃないの?」
ラビナは微笑みながら言う。
「ええ、私もそう思います。
スーン・ハーの皆さんが必要とするヒ素は湖西側の川から流入しています。
コスザイル山からの川は流量が多いので、五パーセント程度分流しても大きく水質は変わりません。
湖西側の水質が変わらないように注意しながら、湖上流から取水経路を分けます。
その水を上水水源、灌漑用水として引き込むとともに、余った水を地下に設置する遊水池にバッファとして確保します。
水道料は少し上げる必要はありますが……。
おそらくこれで数百万人レベルまでの増加には耐えます」
フリントは皆の表情を確認するように言う。
ベルデグリは小さく頷く。
「じゃ、それを基本にするのにゃ。
食料のほうはどうするのにゃ?」
「はい、稲を作付しようと思います、水田です。
湖上流東側の高台に大規模な棚田を作ります。
えーと、大丈夫なんだよね?」
レドは黒板の右側に居るロボットに確認する。
ロボットは金属の缶に手足を付けたような形状をしている。
ロボットは、大丈夫、というように両手で丸を作る。
その後、隣の黒板に白赤青、各色のチョークで水田の風景を描く。
そこには幾つかの農耕機械が書き入れられる。
農耕機械は長い足を持つ節足動物、蜘蛛かゲジゲジのような形状をしている。
ロボットは別の黒板にも季節ごとの作業風景を書いてゆく。
この農耕機械で耕耘、田植え、施肥、農薬散布や収穫を行うようだ。
「えーっと、私も未だ完成品を見てはいないのですが、こういう農耕用重機を配置して、稲作を行います。
水田での作業はもちろん、脱穀、乾燥から精米、倉庫搬入まで全自動です」
地下ネズミの女性、マロンが説明を引き継ぐ。
自信が無いのか、しきりにロボットに視線を送り、確認する。
その度にロボットは両手で頭上に丸を作る。
「米かー、麦じゃダメなの?
パンが食べたいわ」
ラビナが不満そうに言う。
「そうですね、麦は連作が難しいんですよ。
水田稲作なら多毛作もできますから。
米は作付面積当たりで養える人口が桁違いに多いのです。
それに湖付近の平地は湖が氾濫した際に湖水が流れ込みます。
ヒ素の影響を避けるためにはどうしても山地傾斜面を利用するしかないのですが、麦だと大規模化も難しくて……」
マロンが説明するのをフリントが途中で遮る。
「まあ、説明のとおりなんですが、米を輸出して麦や豆、芋や野菜も仕入れますよ。
アライアンスを組んでいる地域と相互食料調達の条約を結びます。
パンが食べられない分けではありません」
フリントはラビナに笑いかける。
「大丈夫なのにゃ、光の谷にもできたてのクロワッサンやメロンパン、チョココロネを届けてあげるのにゃ」
サビもラビナに笑いかける。
ラビナは、あらそう? なら良いのだけれど、といって満足そうに笑う。
「西サルナトの南側にはスーン・ハーの皆さんが作っている麦に相当する作物を植え付ける予定です。
こちらにも同様の農耕用重機を稼働させます」
マロンが議論を引き戻し、説明する。
湖畔西側は切り立った崖が多い地形であるが、少ないながら平地もある。
そこに西サルナトの街が建設されている。
スーン・ハーたちが主に住む街だ。
スーン・ハーの作物はリン酸をヒ素に置き換えたもので、人間が食べているものと生命の根幹から異なる。
それでも、麦に似たもの、米に似たものなど、似通った作物がある。
「湖の保全、スーン・ハーの食料供給のケア、痛み入ります」
スーン・ハーの女性、シェーレは深くお辞儀をする。
一同、異議があるものは無いようだ。
「湖関係は以上です。
後は治安であるとか通勤時間であるとか大小の問題はあるもののロボットに任せて問題ありません。
基本はジュニアの立案したプランから逸脱はありません」
レドは黒板を濡れた布で拭き、次の議題を書く。
「テオたちの行方に関してです。
幾つかの情報が入ってきています。
ですが正直ノイズが多く、よく分かりません。
有力なのは南方オライアブ島に人気がある吟遊詩人が滞在しているようです。
熱烈なファンがいるようですね。
ただし、伝え聞くプロファイルはテオのものとは若干異なるようです」
「吟遊詩人? どんな人?」
ラビナは身を乗り出して訊く。
「普段はフードを被っていて容姿はよく分からないそうです。
しかし偶に覗く貌は非常に整っているそうです」
「ふうん? でもテオも容姿としては整っているわよね?
フードに隠しているのならテオである可能性もあるのよね?」
ラビナは訊く。
「ええ、でもそれが男性でありながら女性的な美形であるようなのです。
それもとびっきりの……。
楽器もピアノの弾き語りがメインみたいですね、リュートも弾くそうですが……。
そもそもテオたちが消え去ったのは北方方面なのですから真逆です。
色々条件が異なるので、多分ハズレかと……」
「女性的な美形? 男なのに?
確かにテオは女性的な所は無いわよね。
でも、フードで隠しているんでしょう?
だったら確認する必要があるわね」
ラビナの目が輝いている。
「ラビナ、目的が変わってきていると思うのにゃ。
女性的な美形の男性という部分にのみ反応しているのにゃ」
サビが疑わしそうな目でラビナを見る。
「なによ? いいのよ別に一緒に来てもらわなくても」
ラビナは剣のある目つきでサビを見返す。
「あ、いいのにゃいいのにゃ。
ちゃんとアテンドしてあげるのにゃ。
ラビナ一人では心配なのにゃ」
サビは目を細めて、にゃー、と笑う。
「貴女も目的、変わってきていると思うわよ?」
ラビナは疑わしそうな目でサビを見る。
「えっと、それなら私もご一緒します!」
マロンが手を挙げる。
「ええ? それなら私も!」
シェーレも負けじと右手を挙げる。
フリントとベルデグリが思わず吹きだし、笑う。
「ええそうね、じゃ追っかけ女子四人衆で麗しの吟遊詩人さまに会いにいくとしましょう」
ラビナが嬉しそうに宣言する。
「追っかけ女子四人衆って……、隠そうとしない所が一層清々しいですね……」
フリント、レド、ベルデグリは、やれやれ、というように掌を上にして両手を広げ、首を振る。




