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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第五章 最終話 空中庭園の迷(まよい)子 ~The lost Child in Orbit-Space Hanging Garden~
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第五章最終話(三)君の女神になるよ

「それはそうと、フィー、魚料理、持て余しているんじゃない?

 行って片付(かたづ)けるの手伝ってあげたほうが良いんじゃないかな?」


 ジュニアは話題を変える。


「ああ、そう言えばそうだね。

 多分、外側のフェンスの近くだよ、天垂の糸側の。

 あの場所が気に入っているらしいんだ」


「へえ? そうなんだ。

 じゃ、ナイフとフォークを持っていこう」


 ジュニアは朗らかに言い、厨房(ちゅうぼう)に向かう。


「え? 未だ食べているの?」


 ジュニアは厨房(ちゅうぼう)にいるアムリタに声をかける。


「え? こ、これは試食よ」


 アムリタは皿を隠すように身を捻る。


「宇宙食の、ビーフシチューを試食して(もら)っているのよ」


 エプロンを着けたエリーが説明する。


「いやいや、あれだけ食べて未だ試食できるのが凄いのだけれど」


 ジュニアは悪い笑顔で言う。

 それはそうね、とエリーも同意する。


「し、仕事だから、試食は大切な仕事だから……」


 そういうアムリタの()っぺたは心なしか丸い。


「そ、それはそうと厨房(ちゅうぼう)に何の御用かしら?」


 アムリタは話題を変える。


「ああ、フィーの魚料理、やっつけるのを助けようと思ってね。

 お皿とフォーク、ナイフを借りられるかな?」


「え? ジュニアだって食いしん坊なんじゃない」


 アムリタはナイフ、フォークといったカトラリー類を布ナプキンに包み、渡す。


「俺はそんなに食べていないよ、少なくともアムリタほどは。

 なんなら一緒に来る?」


 ジュニアは笑う。


「え? いいわ、私はお腹が一杯だから」


「アムリタは肉料理じゃないと興味を示さないわよ」


 エリーはドライに言い放つ。


 アムリタは、だからそうじゃなくてお腹が一杯なんだってば、と膨れる。


 ジュニアとルークは基地を出て、緩衝区域を歩く。

 フィーの所に向かっているのだ。

 晴天、空は抜けるように青く、高い雲が点在している。

 木々の間から天垂の糸が天に向かって伸びているのが分かる。

 ジュニアはその威容を(まぶ)しそうに見上げる。

 ジュニアはナプキンに包まれたカトラリー類を持っている。

 ルークは金属製の小皿を三枚、両手で持っている。


「フィー!」


 ルークはフィーを呼ぶ。

 (はる)か向こうに、フェンス近くにフィーを見つけたからだ。

 フィーもルークに向かい、大きく手を振る。

 フィーはニコニコと笑い、ルークたちが近づいてくるのを待つ。


「魚料理、食べるのを手伝いに来たよ」


 ルークはフィーに言う。


「ルークたちも魚、食べたかった?」


 フィーは気まずそうに問う。

 フィーの足元には料理が入っていたと思われる紙の弁当箱が置かれている。

 レストランで包んでくれたものだ。

 中身にはアルミ(はく)があるのみで、料理は無い。


「え? もう食べちゃったの?」


 ルークは驚く。

 レストランで食事を終えてから未だ一時間程度しか経っていない。

 アムリタほどではないが、フィーもかなりの量を食べていたはずだ。

 半分とは言え、魚料理は小さくない。


「うん、美味しかったよ。

 ごめんね、みんなの分、残っていなくて」


 フィーは済まなさそうに言う。


「ああ、良いんだよ。

 フィーが食べきれないなら手伝おうと思っただけだから。

 僕たちは満腹だから」


 ルークは取りなすように言い、ね、とジュニアに同意を求める。

 ジュニアはルークには反応せず、空の弁当箱を見つめ、続いて周囲を見渡す。


「あれ? ジュニアは魚料理、ひょっとして楽しみにしていた?」


 ルークは不安になって訊く。


「え? ああいや、フィーが美味しく食べられたのなら無問題さ」


 ジュニアは一瞬の間を取り、笑う。


「そんなに魚料理が好きなら、厨房(ちゅうぼう)にお願いしようか?

 沿海州の味付けになると思うけれど、あれはあれで美味しいと思うよ」


 ジュニアの言葉に、フィーは大きくコクコクと(うなず)く。


「魚はね、栄養のバランスが良いからたくさん食べると良いよ。

 タウリンは元気の元だし豊富なビタミンは体の調子を整えてくれる。

 EPAやDHAも豊富だし、蛋白質(たんぱくしつ)やカルシウムで強い筋肉や骨格作りにもね」


 ジュニアは(うれ)しそうに語る。


「お魚、お弁当にできるかな?

 天垂の糸に登るときに」


 フィーはジュニアに訊く。

 ジュニアは応えず、ルークを見る。

 ルークはジュニアの視線から逃れるように右上を見る。

 そしてため息をつく。


「えっとね、かあさんがダメだって、僕とフィーが天垂の糸に登るの。

 人様のお嬢さんを危険なめに合わせるわけにはいかないって」


 ルークは振り絞るように言う。

 フィーは首を(かし)げる。


「アムリタの近くなら安全なんだよね? ソニアが言っていた」


 フィーは言う。


「アムリタとエリーは大丈夫なんだって。

 魔法が使えるから?

 でも常に他の人を守れるかは分からないんだって。

 宇宙は危険だから、子供はダメみたい……」


 ルークもよく分からないままフィーを説得する。


「魔法って(なあに)?」


 フィーは訊く。

 ルークは言葉に詰まり、ジュニアを見上げる。


「魔法って物理の制限を超えて働く力だよ。

 怪我を凄い速さで(いや)したり、先のことを見通したり」


「空から地上を見下ろしたり?」


「それは魔法では無いと思うけれど……」


 ジュニアは笑う。


「魔法なら私も使えるよ」


 フィーは言う。

 ジュニアは、え? と怪訝(けげん)そうに(つぶや)く。


「貸して」


 フィーはジュニアが持っている布ナプキンを指さす。

 ジュニアは両掌に布ナプキンを広げて中のカトラリー類を見せる。

 銀色のナイフやフォークが光る。

 フィーは両手に一本ずつ、フォークを取る。

 フィーは右手のフォークを頭上高く差し上げる。


 ――サクッ


 小気味良い音がしたかと思うと、フォークの先にボコボコとした表面の茶色い木の実が刺さっている。

 フィーは右手を顔の前に上げて、フォークの先の実を見せる。


(なんだ?)


 ――サクッ


 今度は左手のフォークにも同様の木の実が突き刺さる。

 フィーはニッコリと笑い、どう? と訊く。

 フィーは右手のフォークの柄をジュニアに向け差し出す。


「カスタードアップルの実?

 へえ? 初めて見た」


 ジュニアは木の実が刺さったフォークを受け取る。

 そしてフィーの背後、フェンスの向こうを見る。

 しかし何も変わったものは見えない。

 カスタードアップルは南国で()れるフルーツだ。

 熟すと果肉は白くアイスクリームのようになる。


 フィーは左手にカスタードアップルの実を持ち、右手のフォークで二つに割る。

 甘い匂いが周囲に広がる。

 フィーは半分になった二欠片(ふたかけら)の実をルークに差し出す。

 ルークは金属の皿で実を受け取る。


「凄い魔法でしょう?」


 フィーは誇らしげに言う。


「たしかに……、吃驚(びっくり)したよ。

 でも、この魔法じゃ宇宙で役にたたないんじゃないの?」


 そういうジュニアの目は悪戯(いたずら)っ子のようだ。


「役にたつよ。

 僕はルークを守るから。

 僕はルークの女神さまになるんだ」


「女神さま?

 アムリタのこと?」


「そう、僕が居ればルークは死なない、絶対に」


「絶対に?」


 ジュニアは復唱するように(つぶや)く。


「うん、絶対に」


 フィーは自信たっぷりに応え、笑う。

 ルークは(かたわ)らのジュニアを見上げる。

 ジュニアはカスタードアップルの実を割り、果肉を(かじ)る。


「うん、甘い……、でも冷やして食べたほうが旨いんだろうね。

 ……ま、どうやってリリィを説得するかだね……」


 ジュニアの顔は笑っている。

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