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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第五章 第三話 ずっときみを見守っていたんだ ~I'd always Kept an Eye on You~
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第五章第三話(九)君、山登れ

尾根裾(おねすそ)ってつまり尾根の(すそ)って意味なのね」


 マリアは砂地の岩場から緩やかに立ち上がる尾根を見上げる。

 尾根から外れると急斜面になる。

 崖にしか見えない。

 確かに登るならば尾根しかありえない。

 しかし尾根といえど道があるわけではない。

 斜面には草木が無く、砂礫(されき)と岩石しか見えない。

 マリアは無線機のスイッチを入れる。

 送信電力を絞る。


『マリアからオーラへ、尾根裾(おねすそ)に着いたよ、オーバー』


 マリアはゆっくりと打鍵する。

 暫し後、通信機から電信音が発せられる。


『OK、メリット5、ノボレソウ? オーバー』


 相手の空中線電力も弱いものとなる。

 メリットとは通信の品質を表す指標だ。

 5が最高に明瞭で、下がるごとに品質が悪いことになる。

 微弱な電波ではあるが、干渉電波は無く電信通信は問題なく成立する。

 マリアは延々と続く荒れた坂を見上げる。


(砂漠を歩くよりはまだマシよね……)


 次いで南方、山沿いの砂漠を見る。

 そして西の空を見る。


(オーラ、貴方が誰だか知らないけれど、私の副官指定カードを持っていると信じよう)


 マリアは一人で(うなず)く。


『当方もメリット5、通信に問題なし。

 ちょっと休憩してから頑張ってみる、オーバー』


『ワカッタ、シッカリヤスンデ、オーバー』


 電信は双方、簡略な言葉となっている。


「ヨシュア、休憩しよ」


 マリアはヨシュアに声をかける。

 ヨシュアは既に岩に腰かけている。

 マリアはヨシュアの背中から緊急用パックを受け取る。


「ヨシュア、リリィを持っていて」


 マリアはベビースリングごとリリィをヨシュアに渡す。

 寝ていたリリィは眠そうに目を開ける。

 ヨシュアの顔を見て笑う。

 マリアは非常用の乾燥離乳食を水で戻し、リリィに与える。

 リリィは不味(まず)そうな顔をしながら、それでもパクパクと食べる。


「うんうん、たんとお食べ、君は偉いな。

 好き嫌い、無いもんな。

 一歳児なのにこんなに大きいんだもんね」


 マリアはリリィに笑いかける。

 リリィは次の(さじ)を強請るように口を開ける。

 ヨシュアはレーションを(かじ)りながら山を見上げる。


「ねえマリア、リリィを抱っこしたままこの山を登れるのかな?」


 ヨシュアは山の斜面を見たまま訊く。

 マリアも見上げる。

 砂礫(されき)に大きな岩石だらけの山。

 それでも尾根なら歩けるかもしれない


「まあ、登るしかないんじゃないの?

 他に選択肢、無さそうだし」


 マリアは応える。

 ヨシュアは、そうじゃなくて、と続ける。


「おんぶしたほうが良いよ。

 それに(つえ)が必要だよ」


 そう言って落ちている枯れ木の棒杭(ぼっくい)を指さす。

 マリアは、え? ああ、と棒杭(ぼっくい)を拾いに行く。


「君は本当に頼りになるな」


 マリアはヨシュアに笑いかける。

 そしてナイフで棒杭(ぼっくい)の余計な枝を落としてゆく。

 (つえ)にできそうだ。


「スリングでおんぶって、テクがいるのよね」


 マリアはヨシュアの助けを借りてリリィを背負い、ベビースリングで落ちないように包む。


「さてと」


 マリアは通信機の電源を入れて、ゆっくり打鍵する。


『マリアからオーラ、準備完了、登るわ』


 風の音が止む。


『フタツメノピークマデススム、ヒダリノオネヲクダル。

 ミギノシャメンヲクダルトサンドウニデル。

 キョリヤク5キロ。

 ガンバッテ』


 無線機から電信音が響く。


「まったく分かりやすい説明有難う」


 マリアは不満そうにそう(つぶや)きながらも、了解、とだけ打鍵する。


「ヨシュア、先導をお願い。

 十分気を付けてね」


 マリアはリリィを負ぶって立ち上がる。


「さあ、登って降りてもう一回登るわよ」


 マリアは斜面を指さし、宣言する。

 ヨシュアはマリアのさす指のほうに歩き出す。


 ヨシュアは歩きやすいルートを選んで先導する。

 マリアはゆっくりとヨシュアを追って登る。

 リリィは大人しい。

 寝ているようだ。


「リリィ、君ってば本当に発育が良いわよね」


 マリアは小声で愚痴(ぐち)る。

 リリィはでかい。

 一歳児であるが既に十一キロある。

 マリアはそれほど大きいほうではない。

 リリィの体重がマリアの足腰を(いじ)める。

 マリアは歯を食いしばって登る。

 ペースは一定に、一歩一歩確実に。

 一時間後、最初の峰に辿(たど)り着く。

 砂礫(されき)と岩以外何もなく、四方に落ちてゆく傾斜。

 登ってきた方向と逆側に辛うじて尾根とわかる稜線(りょうせん)が続く。

 マリアは汗だくになりながら右後方を振り向く。

 (ふもと)にはどこまでも続く広大な砂漠が見える。


 ヨシュアが水筒を差し出す。

 マリアは受け取り、中の水を口に含む。


「代わろうか?」


 ヨシュアは代わりにリリィをおぶろうかと提案する。

 ヨシュアはマリアより更に小さい。


「いいよ、そんなに簡単には降ろせない」


 マリアはヨシュアに向かって笑ってみせる。

 マリアは山頂に腰かけて斜面に足を延ばす。

 ヨシュアは座らない。

 立ったまま、ふうん、と応え、反対側の尾根を見下ろす。

 二つ目のピークは今の位置より低い。

 緑が生い茂り、その先の地形はよく分からない。


「雄大な景色ね。

 いつもは飛空機で簡単に超えていたけれど……」


 マリアは景色を眺めて言う。

 愚痴になりそうな口調をできるだけ柔らかな物言いに聞こえるように気を付ける。


「雨が来るかもしれない。

 先を急いだほうがいいと思う……」


 ヨシュアは西の空を見る。

 濃い雲が見える。


「え? ああ、そうね。

 ここじゃ、雨避けなんか無いわね。

 次のピークなら木陰が有るかも」


 マリアは、よいしょ、と立ち上がる。


「ヨシュア、(くだ)りよ、気を付けて。

 登りより危険よ。

 一歩一歩確実に()りてゆくの」


 マリアの声にヨシュアは、うん、と(うなず)く。

 そして先導するようにゆっくりと歩き出す。


「目的地が見えるのって、気分が楽よね」


 マリアは二つ目のピークを指差し笑う。


(山の日差しは短い。

 今日、どこで寝るのか考えなくちゃね)


 パラシュートの布片を持ってきている。

 テント代わりにできるだろう。

 木立(こだち)があれば最低限雨は(しの)げる。


(なんにせよ長丁場だ。

 幸いなことに今は目的地がはっきりしている。

 オーラの導きを信じよう)


 マリアはリリィの体温を感じながら歩を進める。

 尾根は下る。

 背の低い草が生い茂る草地となる。

 ヨシュアは草を踏みしめながらマリアのために道を作る。

 風景は一変する。

 上からはなだらかな傾斜に見えた。

 実際に歩いてみると細かなアップダウンが続く悪路だ。

 しかも低木が見通しを悪くする。

 それでもゆっくりと登る方向に歩を進める。

 ヨシュアはコンパスで方向を確かめる。

 二人は稜線(りょうせん)を登り詰める。

 二つ目のピークは木々に囲まれた荒れ地であった。


(見通し、悪いわね)


 登ってきた方向、反対側は急勾配の斜面となる。

 左右に尾根らしき地形が続く。


(これを左に行って、更に右の斜面を降りろということね?)


 マリアは、これは迷子になるんだろうな、と妙な自信が湧いてくる。


(最も、最初から迷子以外のなにものでもないのだけれど)


 マリアは無線機の準備をする。

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