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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第五章 第三話 ずっときみを見守っていたんだ ~I'd always Kept an Eye on You~
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第五章第三話(八)砂漠で呼ぶ声

 ――崩壊歴六百六年の六月一日午前十時半


 姉弟は燃える飛空機を見ている。

 弟、ヨシュアは膝を折り、地面に両手をついている。

 姉、マリアにベビースリングで抱かれている赤ん坊が泣き続ける。


 ――ゴゴォー……、ゴ、ゴゴォー……


 砂漠に風が吹く。

 風の音がリリィの鳴き声をマスクする。

 マリアが動く。


 マリアはパラシュートの布地をナイフで切り裂く。

 二人のマント代わりにして風と砂を防ぐのだ。

 ヨシュアはマントをかぶせられても身動き一つしない。

 まるで着せ替え人形のようだ。


「ヨシュア、行こう。

 私はいつかここに戻ってくる。

 第一優先はリリィの安全よ。

 ここでは離乳食もあげられない」


 立ち尽くすヨシュアにマリアは行動を促す。

 ヨシュアはもう泣いてはいない。

 ただ燃える飛空機を見ている。


「ヨシュア、歩こう」


 マリアはヨシュアを(うなが)す。

 ヨシュアは(うつむ)く。

 マリアは右手でヨシュアの肩を押す。

 ヨシュアは飛空機を背に歩き出す。

 マリアは一度飛空機に振り向き、ヨシュアを追う。


(砂漠の向こうに山脈の(へり)があるはず)


 そこまで歩く必要があるだろう。

 しかし目視できない。

 山はどこまでも続いているように見える。

 遠い。


 ――手札が悪くても、強気で競っていくんだよ

 ――自分で切り札を決められれば、それだけ勝率があがるのだから


 マリアはそう言って笑うサラを思い出す。


 サラはカードが強かった。

 皇帝になれたときの勝率は八割近い。

 サラが皇帝、マリアが副官になったときの勝率は百パーセントだ。

 いまだ負けたことはない。

 マリアはそれが自慢だった。


(諦めたら負けだ、私はこのゲームを落とすわけにはいかない)


 マリアは自分に言い聞かせる。


(大丈夫、私にはマイティ(スペードのエース)が居るのだから)


 マリアは二つ下の弟を見る。

 二人は歩き出す。


 二人とも一応ブーツを履いている。

 しかし子供のブーツである。

 丈が短い。

 砂に埋まり、ブーツの口から容赦なく砂が侵入する。

 足を取られる。

 二人ともよろけながら砂漠を進む。


 ――ゴォー……、ゴゴッ、ゴゴォー……


 砂漠の風音が二人を取り巻く。

 リリィは泣き疲れたのか、大人しくなっている。


(とりあえず目指すは南)


 マリアはコンパスを見て進行方向を確認する。


(あれはディナート砂漠とグリース草原との間にある山脈)


 マリアは右手に見える山を見る。

 ただしマリアは地形を曖昧にしか理解していない。

 山脈がどのような形をしているのか分かっていない。


(サラはあの山を越えようとしていた)


 南南西にある山頂と山頂の間にある谷間。


(あれを超えるとグリース草原に抜けられるのだろうか?)


 マリアは隣に居るはずのヨシュアを見ようとする。

 居ない。

 慌てて振り向くとヨシュアの足が止まっている。


(しまった、しっかりしていてもヨシュアは七歳児、ケアが不足していた)


 マリアはリリィを抱いたままヨシュアの元に戻る。


「ヨシュア、大丈夫?

 少し休もうか?」


 マリアは優しく言う。

 空を睨んでいたヨシュアは視線を落とし、マリアの抱えるリリィを見る。


「マリア、リリィにお水をあげて」


 ヨシュアは言う。


「まだ大丈夫じゃない?」


「ギリギリになってからでは遅いと思うんだ」


 ヨシュアは非常用パックから水筒と哺乳瓶を取り出す。

 水は二リットル程度しかない。

 ヨシュアは哺乳瓶に水を注ぎ入れる。

 マリアは哺乳瓶を受け取り、リリィに与える。

 ゴキュ、ゴキュ、とリリィは音をたてて飲む。


「ヨシュアも飲みなよ」


 マリアは水筒を指さす。


「マリア……、この音、電信だよ」


 ヨシュアはマリアの勧めを無視して(つぶや)く。

 空中に視線を泳がせる。

 音のする方向を探っているようだ。


 ――ゴッゴゴォー……、ゴゴッ、ゴゴォー……


「電信?」


 マリアは怪訝(けげん)そうに訊き返す。


「うん、凄くゆっくりだけれど、サラを呼んでいる」


「サラを?」


 マリアはリリィを抱きなおし、風の音を聞きなおす。

 酷くゆっくりとした音だ。


「サ・ラ……・ヘ・ン・ト・ウ・サ・レ・タ・シ……、本当ね、凄く間延びしているけれど。

 というかヨシュア、貴方、電信信号、分かるの?」


 マリアは弟を見る。


「無線機……」


 ヨシュアは手に持つ無線機をマリアに差し出す。


「え? ああ、サラの打電を傍受して返信しているということ?

 でも風の音だよ?」


 マリアは腑に落ちない。

 それでもヨシュアの推測は今の状況を説明できている。

 マリアはヨシュアから無線機を受け取る。


「電源オンっと、えーとチャネルは十八メガ帯だったかしらね?」


 受信機から、キュイーンッッッ、という音が発せられる。

 マリアはダイヤルを調整し、受信電波を探る。


 ――ダン……ダンッ……ドン、ダンッ……ドン……


 有意な信号を見つける。

 ただし著しく遅い。


「やっぱり風の音と同じだ……」


 無線機からの電信の音は数秒遅れて風の音と一致する。

 マリアは無線機に付属する簡易電鍵を(たた)く。


『サラに代わりこちらマリア、サラ機はディナート砂漠の南端に墜落、サラは死亡、他三人は無事、オーバー』


 マリアの打鍵は早い。


 同時に無線機からの音が止まる。

 しばらくして風の音にあった妙なリズムが消える。

 暫し時が流れる。

 再び無線機からの音が鳴りだす。


『コチラオーラ、マリアヘ、セイゾンシャサンメイ、リョウカイ。

 サラノメイフクヲイノル。

 トウホウワケアリ、ハヤイソクドデノツウシンハデキナイ、リカイサレタシ、オーバー』


 間延びした電信はそう告げている。

 後を追うように風の音が聞こえる。


『マリアからオーラへ、電信速度の件、了解した。

 我ら砂漠にて依然として遭難中、救援を乞う、当方、一歳児が居る。

 貴方(きほう)、ディナート砂漠の南端まで救援は可能か? オーバー』


 マリアは相手の電信速度に合わせて速度を落とし、打信する。

 相手が電信の初心者だと思い、気遣ったのだ。


『オーラカラマリアへ、リカイカンシャスル。

 トウホウ、キュウエンニハムカエナイ』


 通信は告げる。

 更に続く。


『シカシツイラクチテンハハアクシテイル。

 ミズトショクリョウノザンリョウヲカイトウセヨ、オーバー』


 マリアが言うより早く、ヨシュアは非常用パックの口を開き、マリアに見せる。

 マリアは、ええと、と言って中を(のぞ)き込む。


『レーション八個、離乳食、共に二日分程度。

 水は二リッター、オーバー』


 マリアは打鍵する。

 砂漠を超えるには水が少なすぎる。


『オーラカラマリアへ、ジョウキョウリカイシタ。

 ノロシヲアゲル。

 イドウハカノウカ? オーバー』


狼煙(のろし)?)


 マリアには意味が分からなかった。


『マリアからオーラへ、移動は可能。

 狼煙(のろし)を待つ、オーバー』


 わけがわからないものの、そう返信する。

 ふー、マリアは一息つく。


「オーラって人、誰なんだろうね。

 狼煙(のろし)って意味が分からないわ」


 マリアはヨシュアに笑いかける。


「多分あれ……」


 ヨシュアは西南西の山影から上がる白い煙を指さす。

 マリアはコンパスで方角を確認する。


「へ? 狼煙(のろし)って、文字通り狼煙(のろし)なんだ?

 てっ、『マリアからオーラへ、二時ニ十分の方向に狼煙(のろし)を確認、オーバー』っと」


 マリアは打鍵する。

 距離を目測するが良く分からない。


『オーラカラマリアへ、ソチラカラ2ジ15フンのホウコウノオネスソヲメザセタシ。

 キョリヤク2・5キロ。

 オネツタイニヤマヲノボラレタシ。

 ツウシンキノデンチチュウイ、キホウカラノレンラクヲマツ、オーバー』


『マリアからオーラへ、了解、オーバー』


 マリアは打鍵して通信機の電源を切る。


「ヨシュアー、尾根裾(おねすそ)って何か知っている?」


 マリアはヨシュアに訊く。

 ヨシュアも首を捻る。


「まあ二時十五分の方向に二・五キロ歩けばいいのよね?」


 マリアはヨシュアの背中を押して歩き出す。

 砂漠の風は、ガンバレ、ガンバレ、と繰り返し言っている。

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