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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第五章 第三話 ずっときみを見守っていたんだ ~I'd always Kept an Eye on You~
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第五章第三話(六)緊急不全飛行

 ――崩壊歴六百六年の六月一日午前十時


『S・O・S、S・O・S、こちらサラ機、ディナート砂漠を北方から中原に抜ける途中、機体中破、高度七百、高度を維持できない。

 墜落の危険有り、救助乞う、繰り返す……』


 サラは飛空機の操縦席で電信を打ち続ける。

 飛空機は四つあるエンジン、二機が止まっている。

 残る二つの内、右後ろからは黒煙が上がっている。


 サラは左前と右後ろのエンジンを必死にバランスさせ、飛空機を前に進める。

 しかし機体は激しく揺れ、安定しない。

 サラの飛空服は血塗(ちまみ)れになっている。

 怪我をしているのだ。

 サラは二十五歳、長い赤毛を後ろで結わえている。

 本来あどけなさが残るその顔に苦痛が浮かぶ。


(なんとしてもディナート砂漠を抜けなくてはならない)


 サラは無人の副操縦士席、その後を見る。

 進行方向逆向きに設置された後部座席に少女が座っている。

 少女、サラの(めい)のマリアは赤子を抱き締めたまま、サラの顔を凝視している。

 サラの挙動、何一つをも見逃さないと言うように。

 マリアが()っこ用のスリングで(かか)えている赤子はサラの一人娘、リリィだ。

 もう一人、サラの(おい)、マリアの弟のヨシュアが居る。

 ヨシュアはサラの座る操縦士席に背中合わせに座っている。


(九歳と七歳、そして一歳。

 私はこの子たちを死なせるわけにはいかない)


 サラは悲痛な思いで飛空機を飛ばす。


「ヨシュア! 非常用パックを準備して。

 中にサバイバルキットが入っているから!」


 サラは背後の少年、ヨシュアに言う。


「了解! サラ!」


 ヨシュアは緊張した声で応える。

 既にヨシュアの足元には非常時用のパックがある。


 サラは子供たちに向ける明るい声とは裏腹に救難信号を打信し続ける。

 失血が激しい。

 打信を止めたら、意識を失ってしまいそうだ。


(この子たちだけでは、まして赤子のリリィを連れてでは……、ディナート砂漠を超えられない)


 サラはブラックアウトしかける意識を必死の思いで(つな)ぎとめる。


(せめて……、せめて人家の近くに不時着しなければ……)


 サラは(はる)か先、険しい山脈の切れ目を目指す。


(あれを超えれば中原(ちゅうげん)……、人家も有るだろう……)


 サラの希望を嘲笑(あざわら)うようにエンジンの出力は落ちてゆき、飛空機は徐々に高度を落としてゆく。

 サラは必死に現在位置を打信し続ける。

 ここに不時着して、誰かが捜索に来てくれる可能性は(いちじる)しく低い。

 彼女の仲間たちは……、嗚呼(ああ)、仲間たちは……。

 (むし)ろ彼女たちを逃がすために犠牲になってしまったのだ。


(この子たちだけでも安全な所に降ろさなくては)


 兄夫婦、夫たちに顔向けできない、サラは歯を食いしばる。


『S・O・S、S・O・S、こちらサラ機、ディナート砂漠を……』


 誰かこの電信を拾って下さい……、この子たちを助けて下さい。

 サラはそう願い、電信を打ち続ける。


「マリア! ヨシュア! パラシュートを外して!

 高度を落としているの、パラシュートは不要よ!

 シートベルトを着けて! 体を座席に密着させて座って!」


 サラはマリアに振り向き、指示を出す。

 マリアとヨシュアは背中のパラシュートを外し、床に固定する。

 座席に座り直し、シートベルトを締める。

 マリアは腹の上に対面して抱えているリリィもベビースリングで固定する。


 マリアとヨシュア、兄夫婦の子供たち、この子たちは凄い。

 この危険な状況にあっても取り乱さずサラの指示に従う。

 サラに意識を集中して、サラの変化に対処しようとしている。


「大丈夫、もうすぐ地上に降りられるから!

 一緒に街まで歩こうね!」


 サラは明るい口調で言う。

 サラの顔は異常に青白く、唇は紫色になっている。

 マリアはサラの顔を凝視する。

 そして(うなず)く。

 サラの右手は電鍵(でんけん)(たた)き続ける。


(あの峠を超えなければならない)


 サラは眼前に行く手を阻む山脈を見る。

 この高度では超えられない。

 左に大きく迂回(うかい)するか?

 左側に回れば山脈の切れ目から中原に入られるだろう。

 しかしそれは数百キロの回り道になる。

 くたばり掛けたエンジン二基では(かな)わない。

 せめて上を……、サラはエンジンの上限を探る。

 二基のエンジンが(うな)る。

 右後ろエンジンからの黒煙が激しくなる。


(無理か……、ならばせめてできるだけ山の(ふもと)に)


 サラは左前、右後ろのエンジンの出力を無理やりバランスさせる。

 機体は上下左右に激しく揺れる。

 サラはマリアを見て笑う。


「マリア、砂漠に降りるわ。

 ちょっと歩くことになるかもしれないけれど、頑張りましょうね」


 サラの左手は複数のレバーを器用に操る。

 しかし高度はどんどん下がってゆく。

 目前に山の(すそ)が迫る。

 それを避けるように飛空機は大きく左に旋回する。

 右後ろのエンジンが火を噴く。

 機体は右に(ねじ)れるように向きを変える。

 サラは右後ろエンジンの燃料供給を遮断し、左前エンジンの出力を上げる。

 左前のエンジンの向きを小刻みに変える。

 サラは残るエンジン一機とエルロン、ラダー、フラップ操作で姿勢を整えようとしている。

 既に曲芸飛行に近い。

 残る左前のエンジンが万全の状態ならば、姿勢を制御することができるだろう。

 実際、最初のうちは成功しているように見えた。

 しかし左前のエンジンもまた、不調で黒煙を発している。

 いったんバランスが崩れると大きく機首と落とす。

 飛空機はきりもみをしながら落下する。


「二人とも、降りるわよ!

 衝撃に備えて!」


 サラは元気よく言う。


(ごめん兄さん……、ごめん義姉(ねえ)さん……)


 サラは内心で兄夫婦に謝罪する。

 激しく方向を変えて地面が迫ってくる。

 せめて、せめて機体は機首から落とさなければならない。

 子供たちを後ろ向きに座らせているからだ。

 砂の上に滑るように、できるだけ衝撃を少なくするように。


「衝撃に備えてー!」


 サラは叫ぶ。

 マリアとヨシュアは背もたれにぴったりと身を合わせ、衝撃に備える。

 飛空機は機首を砂漠に打ち付ける。


 ――グワシャー!

 ――ドドドドッ!


 飛空機は砂漠に(こす)りつけられ、機首先端を失う。

 そのまま水平に回転するように地面を滑る。

 数百メートル滑ったのち、止まる。


「……」


 マリアはゆっくりと目を開ける。

 機内は砂だらけだ。


 ――ウギャー、ウギャー


 リリィが激しく泣き出す。

 マリアは左、操縦士席の後ろに座るヨシュアを見る。

 砂だらけになりながらも動いている。

 マリアはサラが座っている操縦士席を見る。


 ――!


 マリアは動揺する。

 周囲は血で染まっている。


「サラは? ねえマリア、サラは大丈夫なの?」


 ヨシュアはマリアに訊く。

 マリアは我に返る。


「ヨシュア! コックピットは見るな!

 質問もするな!

 これは命令よ!

 第一優先は、リリィを連れて、飛空機を離れること!

 私はリリィと無線機を抱える!

 あなたは、非常用パックを抱えて!

 ここからできるだけ離れるの!」


 マリアの声は早く、断固としている。

 ヨシュアは、分かった、と言って立ち上がり、非常用パックを背負う。

 マリアは泣くリリィを抱え、ヨシュアに向いてハッチを指さす。


「サラは?」


 ヨシュアはコックピット右、操縦士席を見ようとする。


「見るなー!」


 マリアの形相は怒りに(ゆが)む。

 リリィの泣き声が一瞬止まる。

 次の瞬間、火が付いたようにリリィは泣きだす。

 ヨシュアは(ひる)み、ハッチに向かう。

 マリアとヨシュアは協力してハッチを開ける。

 ヨシュアは非常用パックを地面に落とし、続いて自分も飛び降りる。

 マリアはパラシュートのパックを砂の地面に落とす。

 そしてコックピットを向かう。

 血塗(ちまみ)れになった無線機ユニットを引き抜き、右手で持つ。


「サラ! 感謝します! さようなら!」


 マリアは怒りの表情を浮かべたまま、操縦席に座る変わり果てたサラの遺体に声をかける。


「マリア、何をしているの? 早く!」


 マリアがハッチに駆け寄ると、下からヨシュアの声がする。

 マリアはヨシュアの足下に無線機を投げ下ろす。

 そして慌しく細い昇降ステップを(つか)みながら地面に降りる。

 リリィは泣き続ける。

 ヨシュアは無線機を拾いあげマリアを見る。

 マリアはパラシュートのパックを拾い上げ、肩に引っ掛ける。


 ――バーンッ


 飛空機左翼から爆発音が聞こえる。


「ヨシュア、走るよ!」


 二人は山側に向かって走る。

 二人の後ろで爆発音が続き、業火があがる。

 強く熱い風が二人を追い越してゆく。

 二人は態勢を崩しながらも駆け続ける。

 激しい音はリリィの千切れんばかりの鳴き声を掻き消す。


 五十メートルほど離れ、マリアは止まる。

 燃える飛空機に振り向く。

 これだけ離れてなお、火柱は(おどろ)くほど近くに見える。


「マリア?」


 ヨシュアも止まり、マリアを見る。


「ヨシュア、サラにお別れの挨拶をしよう」


 マリアは燃える飛空機に向かって敬礼する。

 ヨシュアも飛空機を見る。

 ヨシュアの両目から涙が湧いてくる。


「サラ! サラー! うわー!」


 ヨシュアは両膝を地面に着き、号泣する。


「私たちは生かされているんだ、とうさんやかあさん、おじさん、そしてサラに……。

 ヨシュア! 私たちは生きよう!

 リリィを生かそう!」


 ――ゴォー……、ゴゴゴォー……


 砂漠に風の音が舞う。

 風に砂が舞う。

 ヨシュアの号泣と、リリィの鳴き声が風の音に掻き消される。

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