表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第五章 第二話 天垂(てんすい)の糸を見上げて ~Looking up to the Strato-Strap~
218/268

第五章第二話(三)ヤシの木、ヤシの実

 ――崩壊歴六百三十四年六月二十八日午後一時半


 密林の中、オレンジ色の髪の少年は歩く。

 少年の名はルーク、年齢は十一。

 身長は百六十センチメートルで年齢の割にかなり高い。

 厚手の長袖に長ズボン、帽子を被っている。


 ルークは基地のゲートから出て密林の中に探索に出かけたのだ。

 ルークは基地外周のフェンスを超えた密林の木陰から西の空を見上げる。

 視線の先には奇妙なものが浮いている。

 天垂(てんすい)の糸だ。

 天垂(てんすい)の糸は空中に浮かぶ楕円(だえん)形の塊から、真っすぐ天に向かってどこまでも伸びている。

 伸びる先を視線で追うと真上を見ることになる。

 

 ここは赤道直下、アメイジア大陸の南端に位置する大きな半島だ。

 天垂(てんすい)の糸は四千メートル級の高原地帯にある。

 そこから東にかけて数キロに渡り斜面となっていて、海に続く。

 基地は天垂(てんすい)の糸、東側斜面の途中にある平台に位置する。

 標高は二千メートルを超えている。

 赤道直下であるが、直射日光を避ければ気温は然程(さほど)高くない。

 周囲は大小幾多の河川と通年をとおして豊富な日照のため様々な植物が生い茂っている。

 その結果複雑な生態系を形成している。


 基地は天垂(てんすい)の糸を管理するためのものだ。

 ルークは半年前、家族とともに基地に移り住んだのだ。


 基地には飛空場や車輛(しゃりょう)格納庫、工房、アンテナ施設、居住区、運動施設がある。

 ルークは最初のうちは見たことが無いそれら施設が物珍しかった。

 大人たちに頼んで、色々基地の中を見て回ったりもした。

 しかし、最近では飽きてしまっている。

 歳の近い友人がいないのも問題だ。

 基地のなかでは、ルークが一番年長の子供である。

 二歳下の妹がその次で、他は妹と同い年以下の子供たちしかいない。

 しかも比較的歳が近い子供たちは女の子ばかりときている。


 基地の中に居たら妹の相手をさせられるのだが、当の妹は仲の良い女友達と遊ぶのに夢中だ。

 ルークはお呼びでないのだ。


 だからルークは基地を出て、緩衝区域を探索している。

 特にアテがあるわけではない。

 基地の中に居るよりはマシだと考えているだけだ。

 年下の女の子の相手をするのも、大人に構ってもらうのも、もううんざりなのだ。


 ――ブォー、ブォー


 ――クゥルルルル


 ――キャォ、キャォ、キャォ


 耳を澄ませば動物や鳥たちの鳴き声が聞こえる。


 密林と言っても危険はない。

 ここは基地外周のフェンスと更に外周のフェンスとの間、ドーナッツ状の緩衝区域。

 フェンスを越えてくる小型の猿はいるかもしれないが大型の危険動物は取り除かれている。

 少なくともルークは鳥以外の動物をここで見たことは無い。


 ――ここは熱帯雨林とサバンナ、高山、様々なバイオームが隣接する稀有(けう)なところなんだよ


 かつて父が教えてくれた。

 ルークの父はこの基地の長官をしている。


 ――もう少し斜面を上がると低木と草原が広がるサバンナ

 ――それより上がるといきなり森林限界に達してどこまでも続く荒野となる

 ――逆に斜面を降ると鬱蒼(うっそう)としたジャングルが海辺まで続くんだ


 だから探検に行こう、そう父は言っていた。

 話を聞くと、ジャングルには様々な危険動物が居るという。

 都会っ子の父に付いていってそんなジャングルを彷徨(さまよ)うことに(おび)えていた。

 幸いなことに父は多忙を極め、約束は果たされそうにない。


「行くならば上だな、下じゃなくて」


 ルークは西に向かって歩いている。

 緩衝区域の幅は一キロ程度。

 ()してかからずルークはフェンスに辿(たど)り着く。

 フェンスの内外の風景は変わらない。

 濃い下生えと木々、鳥の鳴く声がする。

 西の先は急な傾斜となっている。

 山と形容するには(はばか)られる。

 左右どちらにも同じように続く大きな大きな斜面だ。

 斜面には幾本かの筋が下に向かって樹状に走り、その周囲に黄緑色の草原が広がっている。

 更に上を見ると途中から木々の無い黒い地面が続いている。


「あれが森林限界、それよりも下がサバンナ」


 ルークは斜面を見上げる。

 そしてそのまま更に上を見る。

 そのうち行ってみよう、と思う。

 天垂(てんすい)の糸の直下にだ。

 距離十五キロ、標高四千。

 車の通れる道がある。

 ルークにはそんなに難しいことには思えなかった。


「一番大変なのはここから密林を抜けるまでだよな。

 虎とかに襲われたら一巻の終わりだからね」


 ルークは(すく)む。

 大人たちは、フェンスの外に出ると虎がでるぞー、と(おど)す。

 ルークはフェンスの外を見渡す。

 鳥が飛び交うのが見える。

 よく見ると木々の上に小型の小動物が居るのも見える。

 大型の動物は見えない。


 ――ガサッ


 音がする。

 ルークは驚き、音のするほうを見る。

 フェンスの中だ。

 右方向、二十メートルほど離れた場所に少女がいる。


(あれ? いつの間に?)


 茶色の髪、白い顔、年齢はルークと同じくらいに見える。

 少女はルークを右手に、基地側を見て立っている。

 少女は大きな薄汚れた布を(まと)っているだけのように見える。

 ルークは少女の(よそお)いに驚く。


 少女はルークをチラリと見る。

 しかしすぐに興味を失ったように上を見る。

 ルークはつられるように上を見るが樹上にはヤシの実が見えるだけだ。

 他には特に変わったものは見えない。

 ルークは視線を下ろし、再び少女を見る。

 少女の手は自ら着ている布の裾を掴む。

 そして裾を両手で持ち上げる。

 細い足、太腿(ふともも)、尻から横腹までが露出する。


「うわっ!」


 ルークは見てはいけないものを見てしまったと感じ、再び視線を頭上に泳がせる。

 そのとき、木の上に()っていた大きなヤシの実が落ちてくるのを見る。


「え?」


 ルークは落下する実に合わせて視線を落とす。

 ヤシの実は少女の広げる裾布の上に落下する。

 少女は尚も上を見続けている。

 ルークは慌てて上を見る。

 何か黒いものが木の上にみえた気がした。

 再びヤシの実が降ってくる。


 少女は一歩(いっぽ)()を進める。

 二つ目のヤシの実も少女の広げる裾布に落ちて止まる。

 少女はヤシの実を二つ両手に抱え、ルークのほうを見て微笑(ほほえ)む。


 ルークは一連の出来事に度肝(どきも)を抜かれる。

 少女はゆっくりとルークに向かって近づき、ヤシの実を一つルークに向かって差し出す。


「え? くれるの?」


 ルークは訳が分からないままヤシの実を受け取る。

 少女は屈み、自分の持つヤシの実を地面に置く。

 そして樹脂でコーティングされた細長い針金でヤシの実を突いてゆく。


「それってフェンスの……」


 ルークは少女が居た方向のフェンスを見る。

 フェンスの一部が内側に向かって(めく)れ上がっている。

 少女は器用に針金を使ってヤシの実に二つの穴を穿(うが)つ。

 少女は満足そうにルークに向かって笑い、針金をルークに差し出す。

 ルークは身動きが取れないでいる。

 少女はルークが針金を受け取らないのを不思議そうに見る。

 仕方がないといった面持ちで(うなづ)くと、二つの穴が空いた実をルークに差し出す。

 ルークは左手でヤシの実を受け取る。

 少女は穴の空いていないほうの実を受け取り、再び針金で穴を空けてゆく。


 少女はお手本を示すようにヤシの実に空いた穴に口を付け、中の果汁を飲む。

 そしてルークの持つヤシの実を指さす。


「あ、ありがとう」


 ルークはぎこちなく礼を言い、ヤシの実に口に付ける。

 ルークはヤシの果汁を飲んだことがなかった。

 生ぬるい液体が口の中に広がる。

 不味(まず)くはない。

 不味(まず)くはないが美味(うま)くもない。

 甘いが水臭さ青臭さがある。

 冷やすとまだマシになるのだろう。

 ヤシの実の穴から漏れた果汁はルークの服に垂れてゆく。

 ルークは無理をして果汁を飲み干す。


「美味しかったよ」


 ルークは精一杯にこやかな表情で社交辞令を口にする。

 少女は満足そうに笑う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
作者の方へ
執筆環境を題材にしたエッセイです
お楽しみいただけるかと存じます
ツールの話をしよう
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ