第五章第一話(十一)君を二号に命ずる
――崩壊歴六百十五年の八月二日午後十時
「記憶、サルベージできないの?」
イリアは心配そうな面持ちでジャックに問う。
場所はエリフの家のダイニング。
夜は更けて既に子供が寝る時間は過ぎている。
リリィは既に寝てしまった。
テーブルの上にはくすんだ銀色のロボットが横たえられている。
グレッグから譲り受けたトマスのヘルパーロボットだ。
テーブルにはエリフ、ジャック、イリア、そしてジャックのサポートロボットが腰かけている。
ジャックはヘルパーロボットを修理した。
昔の型の燃料棒ではなく現在入手可能なものに合うようにアダプタを作成した。
今は最終確認を行っている。
そしてヘルパーロボットの記憶がすべて失われているらしいことが判ったのだ。
「うーん、残念だけれどバックアップ電池も上がってしまっているんだ。
個体としての個性は変わらないけれど、記憶状態のコヒーレンシ(一貫性)は諦めなくちゃならないね」
ジャックは考え込むように言う。
隣でサポートロボットが腕組をしながら、うんうん、と頷く。
「このロボットの制御装置は人間の脳をエミュレートしているんだよ。
多数のステートマシンが非同期で連携しながら外部刺激と内部からのフィードバックにより記憶状態を変えている。
そして群としてのステートマシンが常にその保持する内容を変えているんだ。
メインの電池が無くなってもバックアップ電池が最低限のコンテキスト維持を行うんだ。
だけれどバックアップ電池が上がってしまうとそれもできなくなる……。
こいつの人格としての記憶は臨終を迎えたということだね」
ジャックは右の握り拳を左掌で包み、目を閉じる。
「でも再起動はできる」
ジャックは目を開き、サポートロボットのほうを向く。
「君のコンテキストをコピーしておくれ。
こいつには悪いけれど、君のバックアップとして活躍してもらう」
サポートロボットは、うんうん、と頷き、ヘルパーロボットのおでこに自分のおでこをあてる。
ヘルパーロボットは眠そうに目を開け、上半身を起こす。
暫く周囲を見渡し、サポートロボットを見る。
そしてジャックを見て笑う。
「君は僕のサポートロボット二号に任命するよ。
一号と同じレベルまでバージョンアップしよう」
ジャックはヘルパーロボットに言う。
ヘルパーロボット、新しく任命されたサポートロボット二号はコクリ、と頷く。
「ねえ先生、トマスのロボットは結構な数が居たらしいんですよ。
記憶を維持しているロボットを探したいんですけれど、どこか心当たりはないですか?」
ジャックはエリフに訊く。
「風の谷の祭殿以外で?
私は君のおとうさんとは面識が無かったからね……。
君のおかあさんから訊いた話では、古代遺跡に興味をもっていたそうだ。
双子の塔遺跡、超高層ピラミッド、廃棄場遺跡、それに天垂の糸、そういったところに遺っているかもしれないね」
エリフは微笑を湛えながら応える。
「そっか、そうですね。
色んな場所に行って調べたいなぁ。
とっても楽しそうだ」
ジャックは嬉しそうに笑う。
「だけどどこも遠いわよ?
一番近い廃棄場遺跡でも大人の足で三日、超高層ピラミッドまでは年単位になるわ」
イリアは目だけをジャックに向けて指摘する。
「そうなんだよね。
地球は広くて良いよね……。
何か移動手段を考えなくちゃね」
「マリアたちを頼ったら良いんじゃないか?」
エリフは気軽に言う。
「そうですねー……、でもマリアたちは忙しいのでしょう?
僕の都合ばかりに付き合わせるのも気がひけるんですが……」
ジャックは頭を掻きながら応える。
「なに人は持ちつ持たれつさ。
君も彼らの力になってやればいい。
……噂をすればなんとやら、帰ってきたようだよ」
エリフは立ち上がる。
ジャックも慌てて立ち上がり、入口のドアに向かう。
ドアを開けると、投光器から光を放つ飛空機が斜面の下に消えていくのが見える。
ジャックは走る。
ジャックは着陸した飛空機に駆け寄る。
機体左側のハッチが開き、マリアが出てくる。
「マリア、マリア、お帰り。
ヨシュアも。
待っていたよ。
今日はダッカに行ってきたんだ。
マリアにね、お土産を買ったんだよ、ネックレス。
気に入ってもらえるといいな。
ダッカでね、飛空機を修理してきたんだ。
それでね、報酬を貰ったんだよ。
地球に来て初めての自分で稼いだお金さ。
そのお金でね、どうしても君へのプレゼントを買いたかったんだ」
ジャックはマリアの手を握り、熱く語る。
「あらジャック、有難う、楽しみだわ。
先生のところで詳しく教えてちょうだい」
マリアは笑みを浮かべ、ジャックに応える。
ジャックはマリアの持つ荷物を受け取り、背負う。
ヨシュアもハッチを閉め、地面に降りる。
陽気に喋るジャックを先頭に、三人はエリフの家に向かう。
マリアは見慣れないバギーに気付く。
「随分と年代物のバギーね。
これどうしたの?」
マリアは訊く。
ヨシュアはバギーのドアを開け、中を調べる。
「これも修理したんだ。
それを借りてきた」
ジャックは誇らしげに言う。
ヨシュアはバギーのボンネットを開けて本格的に調べだす。
ジャックはそんなヨシュアを気にすることなく、マリアの背を押し、エリフの家に入ってゆく。
「それでね、テスト飛行にヨシュアを指名してきているんだ」
エリフの家のダイニングに一同が集う。
ジャックは、T&P商会での顛末をマリアとヨシュアに語って聞かせる。
マリアとヨシュアは暖かいお茶を啜りながら聞いている。
マリアの首には凝った細工の白金のネックレスがかかっている。
「燃料は液体水素系に改造したんだ。
機体の修理と補強、軽量化も終わっている。
計器類は骨董品のままだけれど、未だそれなりに動くはずだよ」
ジャックは嬉しくて堪らないように燥ぐ。
マリアは腕組をしてじっと聞いている。
マリアはヨシュアを見る。
ヨシュアはマリアに軽く頷く。
「バギーも燃料系を換装しているんだな?
大した技術だと思う。
ガスタービンエンジンの改造も驚きだが、まだ理解できる。
しかしレシプロエンジンをガソリン系から液体水素系に改造できるものなのか?」
ヨシュアは訊く。
「ああ、さすがだね。
本当言うと、飛空機の改造よりもバギーの改造のほうが難易度、高いんだ。
エンジンは殆ど作り直したんだよ」
「エンジンを作り直した?」
ヨシュアは驚く。
「僕がじゃなくて、こいつが改造したんだけれどね」
ジャックはくすんだ黄色のサポートロボットを掌で指し示す。
サポートロットは右手で頭を掻きながらニコニコと笑う。
「分かった、ダッカでのテスト飛行、是非やらせてくれ。
あの骨董品がどんな風に蘇ったのか、凄ぇ楽しみだ」
ヨシュアは爽やかに笑う。
イリアはそんなヨシュアを見上げる。
「うわー助かるよ。
ヨシュアが断るんなら自分が、ってリリィが言っていたから心配していたんだ。
改造、自信は有るけれど実際にやるのは初めてだからね、助けて欲しい」
ジャックはヨシュアに手を差し出す。
「良いぞ、任された。
こちらこそよろしくな、メカニック」
ヨシュアはジャックの手を握る。
「ああ、よろしく、パイロット」
マリアはジャックとヨシュアを見てニコニコと笑う。
イリアは眠そうにジャックを見上げる。




