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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第五章 第一話 宙(そら)から降ってきた少年 ~The Boy Who's Come Fallin' down from the Skies~
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第五章第一話(五)青い空、白い雲

「おえぇー!」


 少年、ジャックは上半身を肉の袋の左側に曲げ、汁っぽい音をたてて肺の中の水を吐き出す。

 イリアは衝撃(しょうげき)を受けて立ち上がり、ジャックを見下ろす。


「ぷはぁー!」


 ジャックは鋭く息を吸い込み、目を見開く。

 そして視線を落とし、呆然(ぼうぜん)とした顔で両の(てのひら)を見る。

 更に空中を見上げる。

 ジャックの()れた茶色い髪は端正な顔に張り付いている。

 見る間にジャックの目に光が宿る。

 端正な顔が怪しい笑みで(ゆが)んでゆく。


「あははははは! 僕は生きている!

 やったぁ! 僕は生きているんだ!

 おかあさん! 先生! サリー!

 僕は生きていますよー!」


 ジャックは大声で叫ぶ。

 あははははは! と高らかに笑い、肉の袋の中で立ち上がる。

 両(こぶし)を高く突き上げる。

 周囲には肉の袋を満たしていた水が()き散らされ、イリアの靴とスカートを()らす。

 イリアは後ずさりをしようとして(つまず)き、尻もちをつく。


 ジャックは肉の袋の横に置いてある金属製のケースを拾い上げる。

 金属製のケースは開けられ、くすんだ黄色い筒が取りだされる。

 筒には半球状の頭部、手足のようなものが付いていて、フラフラと揺れる。


「サポも一緒だ!」


 ジャックは(いと)おしそうに黄色い筒を(ほお)()り寄せる。

 そして肉の袋から足を踏み出し、光の差し込む窓を見る。


「凄い! 外が明るいぞ!」


 ジャックは足早に窓に向かい、外を見る。


「空! 凄い! 本当に青いんだ!

 大気! 大気が有るんだ! 大気による散乱!

 太陽光の大気分子による散乱!

 その強さは波長の四乗に反比例する!

 だから波長の短い青が支配的になる!

 凄い! 習ったとおりだ!

 先生に習ったとおりだ!


「地球! ここは地球なんだ!

 本当に辿(たど)り着いた!

 僕は本当に地球に辿(たど)り着いたんだ!

 やった、やったぞ!


「って、でもおかしいな?

 何で紫色じゃなくて青なんだ?

 おかしいな、理屈に合わない!

 想像していたのと違う。

 短い波長が強調されるなら、青紫になるはずだろう?


「ああ! そんなことよりも! あの白いのは雲!

 あはは、低い空も白くなっている!

 水! 水の粒子が有るんだ!

 マイクロオーダーの水の粒子による散乱!

 可視光線のスペクトル、すべてを散乱させるから白くなる!


「あははは! 先生に教わったとおりだ!

 凄い! 本当に凄いぞ!」


 ジャックはその肢体のすべてを(さら)け出したまま叫ぶように(しゃべ)り続ける。

 イリアはあっけにとられてジャックの後ろ姿を見る。

 ジャックは身長百八十センチほど、その裸体は鍛え抜かれたような偉丈夫だ。


 ジャックは一頻(ひとしき)り窓の外を、鳥だ、木だ、と(はしゃ)いだ後、いきなりイリアに向かって振り向く。


(ひぃ!)


 突然のことにイリアは身構える。

 ジャックはイリアを見て(さわ)やかに笑う。

 そしておもむろにイリアに向かって歩を進める。

 イリアは両手を突っ張り、辛うじて地面に着くお尻を数センチ後ろに()りさげる。


「やあ、こんにちは、初めまして、僕はジャックと言います。

 エリフの弟子です。

 宇宙から来ました。

 君は誰? 仲良くしてください」


 ジャックは裸のままイリアの至近に寄り、右手を差し出す。

 イリアは尻もちをついたまま動けない。

 イリアの顔のすぐ前にジャックの右手がある。

 そして右手のすぐ後ろにジャックの股間が見える。


「いやー!」


 イリアは大声で泣き叫ぶ。

 夏の長閑(のどか)な朝、静かな山々にイリアの叫びがこだまする。


「目覚めたんだね」


 ドアが開き、エリフが入ってくる。

 エリフは多くの布を抱えている。

 ジャックはドアを振り向き、エリフを見る。


「エリフ?」


 ジャックは歓喜の声を上げ、エリフに駆け寄る。


「本物のエリフ? やった! やったー!

 先生! アウラです! じゃなかった、ジャックです!

 ジャックなんですよ!

 夢みたいだ!

 ジャックは地球に降り立ちました!」


 ジャックは感極まったように一気にまくしたて、エリフに抱き着く。

 エリフは両手で抱えていた布の束を左手に持ち替え、右手でジャックの背中を抱擁する。


「お帰り、ジャック、待っていた。

 私がエリフ、君のおとうさんだよ」


 エリフは優しくジャックの耳元に(ささや)く。

 ジャックは両の(てのひら)をエリフの肩に置く。

 そしてエリフの顔をよく見ようとするように近づける。

 ジャックの目に大粒の涙が浮かび、そしてポロポロと流れる。


「ただいま……、ただいま帰りました、おとうさん……」


 ジャックは弛緩(しかん)するように両膝を床につく。


「うわー!」


 ジャックは土間に(ひざまず)いたまま号泣する。

 エリフは左手に持つ布の一枚を大きく広げ、ジャックの背中から包むようにかかる。


「もう大丈夫だ。

 もう何の心配も要らないよ。

 君はやり遂げたんだ。

 君はここで私たちと家族としてやってゆくんだよ」


 エリフは穏やかな笑みを浮かべ、ジャックの左肩に手をおく。


「ありがとうございます。

 おとうさん、ありがとうございます」


 ジャックはエリフの腰に(すが)って泣く。


 イリアはそんなエリフとジャックを呆然(ぼうぜん)と見つめる。

 イリアの(なか)に激しい怒りの感情が()き起こる。


「おじいさまを取るなー!」


 イリアは感情を抑えられない。

 イリアの両目から涙が吹き(こぼ)れる。


「おじいさまは私の家族なんだ!

 たった一人の家族なんだ!

 あんたなんかに渡さないんだから!」


 イリアは、うわーん、と大泣きしながらドアを出てゆく。


「うわっと」


 離れに近付くマリアたちの前で、突然ドアが開き、イリアが飛び出てくる。

 イリアはマリアたちを見ることも無く、ドアを乱暴に閉め、駆け去ってゆく。


「ヨシュア、イリアを見てきて」


 マリアはすぐ後ろにいるヨシュアに声をかける。

 ヨシュアは、分かった、と一言応え、イリアを追ってゆく。


 マリアは離れのドアを開ける。

 陽光の下、マリアの長い髪は燃えるように赤い。

 ドアの向こうにはエリフの足元で裸のまま(ひざまず)き、マリアを見上げるジャックがいる。


「あら、ジャック、お目覚め?

 今は夏だけれど、服は着たほうが良いわね」


 マリアは(あで)やかに微笑む。

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