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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第四章 最終話 光の谷の記憶 ~The Long-Term Storage in the Shining-Chasm~
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第四章最終話(二十二)まるで流れる石のような

 ――崩壊歴六百三十四年六月九日午後三時


「やっと帰ってきたわね、二人とも」


 ソニアはジュニアの道具屋の二階、テーブルの椅子に腰かけて言う。

 アムリタとエリーは同じベッドでほぼ同時に上半身を起こす。


「同じベッドで寝ているなんて、貴女たち本当に仲が良いのね」


 ソニアは朗らかに言う。


「まあ、仲が良いのはそうなのだけれど、これはできるだけ条件を(そろ)えたほうが夢幻郷に行けるかなっと……」


 アムリタは、ふわわー、と欠伸(あくび)をする。

 エリーも眠そうだ。


 光の谷の一件、思考機械の崩落後、ジュニアはテオたちの捜索を行った。

 掘り起こした洞穴、思考機械があった空洞には誰の死体も無かった。

 テオたちは本当にどこかに旅立っていったらしい。

 恐らくは夢見の山脈、光の谷上空で複数の影が谷から飛び出して北の方角に消えていった。

 アルンの姉婿、レオが見ていたのだ。

 一瞬のことで良く分からなかったが、一つは金髪の男性を抱える地球猫だった、とレオは証言している。


「生きているんなら一言(ひとこと)、声をかけてほしかったな」


 ソニアは不満そうだ。


「テオは自由人だから」


 エリーは仕方がないことのように言う。

 ソニアは、自由すぎるのだけれど、と愚痴(ぐち)る。


 三人は連れ添って階下に降り、キッチンに行く。


「で、ソニアのほうはどうだったの?

 えっと、重力列車だっけ?」


 アムリタはソニアに訊く。


「ああ、うん。

 地下鼠(ちかねずみ)の高速な移動手段なんだけれど、私専用車両を用意してもらったのよ」


 ソニアは(うれ)しそうに言う。

 へえ、と言いながらエリーは湯を沸かす。

 ソニアとアルンはナイ・マイカ経由で先に現実世界へと戻っている。


「ん? これは何?」


 エリーは氷入りの(ざる)に入った包みを指さす。


「ああ、それは馬刺しよ。

 骨折した馬が解体に回されたんですって。

 肉屋の女将(おかみ)さんが分けてくれたんだ。

 鮮度が命なんで早く食べなくちゃね」


 ソニアは包みを開けようとする。


「ちょちょちょ、ちょっと待ってー!」


 アムリタはソニア手を(つか)み、(とど)まらせる。


「あれ? アムリタは馬刺し、苦手なほう?

 肉食系女子だから馬刺しもいけるのかと思ったんだけれど。

 じゃ、エリー、調理してよ」


 ソニアはエリーに肉の包みを渡そうとする。

 エリーはガタンと席を立ち、後ずさる。


「ん? どうしたの二人とも?」


 ソニアは(いぶか)しがる。

 アムリタは(けが)れの谷の経緯(いきさつ)をソニアに語る。


「へー、そんなことがあったんだ。

 可哀そうに。

 それは確かにトラウマになるわね」


 ソニアは(さわ)やかな笑顔で同情の意を示す。


「じゃあこれ、もったいないからアルンと食べてくるね」


 ソニアは肉の包みを引っ込めようとする。

 アムリタはソニアの手首を再度グッと(つか)む。


「焼いて頂戴(ちょうだい)


 アムリタは小声で言う。


「え?」


「アルンと分け合うのは賛成!

 それはいいの。

 でも私のぶんは焼肉でお願いします!

 塩と胡椒(こしょう)だけで良いから!

 ベリーウエルダン所望!」


 アムリタは険しい表情でリクエストする。


「あははは、食べるんだ。

 いいよ、焼いてあげる。

 焦げる寸前まで焼いてあげるから。

 エリーもそれでいいの?」


 ソニアは笑いながら、エリーに確認する。


「今日は肉、食べられそうにないんだ。

 豆料理、お願いできないかな?」


 エリーは小声で言う。


「おっけーおっけー。

 貴女たち二人の胃袋は預かったわ。

 任せなさい。

 今ちょっと練習しようとしているレシピがあるんだ。

 それ作ってあげるよ」


 ソニアは上機嫌で請け負う。

 エリーはお茶を()れ、三つのカップに注ぐ。


「お肉と言えば惑星アスラには今、豚や鶏が居るんだって」


 ソニアは話題を変える。


「あ、そう言えば光の谷で遠くの星とお話できたんだっけ?

 というか、なんでソニーはパイとお話をしたかったの?」


 アムリタはお茶を(すす)りながら(たず)ねる。


「ああうん、私はね、パイパイ・アスラの孫なのよ」


 ソニアはそこまで言って二人の顔をじっと観察する。

 二人の、ギョッ、とする顔を見てソニアは満足そうに笑う。


「ということはジャックがアウラということ?」


 アムリタは訊く。


「うん、そう。

 ジャックに直接聞いたわけではないけれど、ジャックの記憶の中に残っていたのよ。

 アウラは惑星アスラに向かう恒星船の中で生まれたの。

 おばあちゃんは惑星アスラに向かう途中、アウラを地球に送り返した。

 なんで地球に送り返したのか分からないけれど。

 惑星アスラは気圧変動が激し過ぎて、人間が生きてゆくには過酷だからかもね。


「でもおばあちゃん言っていた。

 おばあちゃんは惑星アスラをテラフォーミングしているって。

 今の惑星アスラなら、人間が生きていくことができるって。

 

「おばあちゃんはね、頑張って頑張って、それでも駄目なら(みんな)でここに来てって言っていたんだ。

 食べ物もあるんだって。

 魚や豚、鶏だけでなく、牛も居るって。

 牛はペットとして繁殖させているから食べてもらいたくなさそうだったけれど」


 ソニアは思い出すように言う。


「素敵なおばあさまね」


 アムリタは夢見るような表情で微笑(ほほえ)む。

 ソニアは、うん、自慢のおばあちゃんなんだ、と言って破顔する。


「でも、今の話はジャックのトップシークレットなんじゃないの?

 私たちに(はな)してしまって良かったの?」


 アムリタは心配そうに訊く。


「あははは、孫がおばあちゃん自慢をするのに、いちいち父親にお伺い立てたりしないわよ」


 ソニアはアムリタの心配を笑いとばす。


「じゃあじゃあ、今の話、ジュニアは知っているの?」


 アムリタは訊きたかったことを問う。


「さあー? 私は話していないわよ」


 ソニアは悪い笑顔で応える。


「ええ? なんで?

 仲良さそうなきょうだいなのに?」


 アムリタは不思議そうに訊く。


「仲は良いわよ、とってもね。

 でも勘違いしないで。

 大事なことを教えてもらっていないのは(むし)ろ私のほうなんだから。

 昔からジャックとジュニアは私に隠しごとばかり。

 いつだって私はみそっかすの()け者よ?

 知りたいことは自分で努力して知るしかないの。

 だから私はジュニアの部屋を(あさ)ったり、ジャックの右目を奪ったり、光の谷に強行したり、それはそれは頑張っているのよ」


「あ、そ、そうなの?」


 アムリタは引き気味の愛想笑いで応える。

 そうなのよ、とソニアは胸を張る。

 ソニアの胸の目が笑っている。


「だけどおばあちゃん、アムリタとエリーのこと、知っていたね」


「私はシャイガ・メールの固有空間で知り合っただけよ。

 もともとはエリーの導きだから」


 アムリタはエリーを見ながら言う。

 エリーの視線は右上に泳ぐ。


「ふうん?

 未来のエリーが過去のおばあちゃんに会うんだよね?

 どんな関係なの?」


「ああそれは、ふごぅ――!」


 アムリタが応えようとするのを、エリーはアムリタの口を(ふさ)いで(さえぎ)る。


「向こうはこっちを知っているんだが、こっちは向こうを知らないわけだ。

 会話になっていなかったぞ?」


 エリーは強い口調で言う。

 アムリタは涙目で、コクコク、と(うなず)く。

 ソニアはアムリタの顔を意味ありげに(のぞ)き込む。

 アムリタの目が右上に泳ぐ。


「ふうん? まあいいや。

 そのうち教えてもらえれば……」


 ソニアは椅子に深く腰かけなおし、お茶を(すす)る。

 エリーはアムリタを開放する。


「そ、そう言えば、古代遺跡の双子の塔跡に、ソニーのおじいさまの隠し研究施設があったのよ。

 ジャックに引き渡したわ」


 アムリタは、ケホケホ、と咳込(せきこ)みながら言う。


「え? ああ、この前言っていたやつ?

 それってどういうこと?」


 ソニアはアムリタの言葉に食らいつく。

 アムリタは古代遺跡双子の塔跡の経緯(いきさつ)を語る。


「なるほど……、そこであの子をゲットしたというわけね」


 ソニアはアムリタのベッドの上で横になっているヘルパーロボットを指さす。

 アムリタは、そうなのよ、と応じる。


「ということはジャック、おばあちゃんとの会話、風の谷の神殿で聞いていたかも知れないわね……」


 ソニアは(つぶや)く。


「え? どういうこと?」


「ああうん、光の谷の思考機械の人格がアウラについての何かをおばあちゃんに伝えようとしていたんだ。

 私が割り込んでしまって伝えきれていないのだけれど。

 あれって多分、風の谷の祭殿にジャックが居たんだよ、きっと。

 ジャックって大事なところはいつも見逃さないから」


 ソニアは考え込むように言う。

 アムリタは、ありそうなお話ね、と笑う。


「おばあちゃんが来てくれ、って言っていたのはもう一隻、恒星船が残っている前提なんだね……。

 今となっては、もう惑星アスラに行く方法は無いか……」


 ソニアは寂しそうに(つぶや)く。

 アムリタも、そうねぇ、と応じる。

 エリーは立ち上がり、郵便物を確認する。


「色々注文が来ている。

 明日から仕事、再開だな」


 エリーは郵便物を仕分けてゆく。


「そう言えばジュニアはいつ帰ってくるの?」


 ソニアは訊く。


「一週間ほどで帰るって言っていた。

 光の谷の防御システムを再構築したり、サルナトの街の引継ぎをしたりで忙しいんだって」


 アムリタとエリーは光の谷の事後処理を手伝っていたのだ。


「ジュニアも手を抜かないよねー」


 ソニアはやや(あき)れたように言う。


「本当にそうね、仕事も遊びも全力よね」


 エリーがソニーの言葉を受ける。


「リリィの仕事、受けなくちゃならないんだけれど。

 早く帰ってきて欲しいものだわ」


 アムリタは不満そうに言う。


「あ、空中庭園を補修しに行く話?

 貴女たちって一時(ひととき)(とど)まらないのね。

 まるで転がり続ける石のよう」


 ソニアは(あき)れ顔になる。


「でもまあ、貴女たちと付き合っていると退屈しないよね」


 ソニアは笑いながら席をたつ。


 光の谷の記憶は失われてしまった。

 ジュニアの目的は光の谷の記憶に触れることであった。

 最早実現することはないだろう。

 しかしラビナの目的は達せられた。

 そしてソニアの目的も達せられた。

 恐らくはテオの目的も達せられたのだろう。

 ソニアはこの結果に満足している。


 次は宇宙、準備してあげなくちゃね。

 ソニアは気持ちを切り替える。

 ソニアも未だ宇宙に行ったことがない。

 ソニアは宇宙への道程を頭の中でシミュレートする。


 この二人に付いていけば辿(たど)り着けるのだろうか?

 父の願い、つまりはソニアが引き継いだ目的へと。


 ソニアは調理を開始すべく席を立つ。

 キッチンの窓からは青い空が見える。

第四章 最終話 光の谷の記憶 了

第四章 星屑の中に見つけた宝物 了


四章までお読み頂きありがとうございました。

私はあなたに感謝します。

私はあなたが大好きです。

あなたが読んでいてくれているから、私はこの物語を書き続けられました。


四章では一章から(ほの)めかされている四百年前の出来事に焦点が当たります。

異種婚姻譚(こんいんたん)の側面を持つ本物語、トマスとパイの愛の形が主題の一つです。

二人は奇跡の出会いを経て、互いのすべてを受け入れます。

二人が共に過ごした時間は短いのですが、二人が残した世界は大きな広がりをもって未来に連なってゆきます。

四章では四百年前の奇跡の神話、その痕跡(こんせき)辿(たど)り、皆がそれぞれの理由で夢幻郷、光の谷を目指すことになります。

そして光の谷を越えて、(はる)か遠い星に希望を見出(みいだ)します。

でも、遺された二本目の恒星船はお騒がせなあの人が既に使ってしまっている模様。

何故? 何のために? という伏線は当分回収されることはないでしょう。


四章で物語を(たた)もうか、悩みましたが続けることにします。

ただ、少しお時間を頂くことになろうかと思います。


次章はジャックとマリアの出会いのお話です。

ジャックとイリアの義兄妹の話でもあります。

またまた時代が跳びますが驚かずにお付き合い下さい。

五章一話は物語執筆当初から書きたかったお話。

やっと漕ぎ着けました。

出番が無くなって久しいあの方も久方ぶりに登場します。


書きたいシーン、沢山あるのですが果てしないなぁと思う今日この頃。

応援頂けますと私は喜びます。



続 第五章 (そば)に居てよ


あなたが続きを読んでくれることを信じて。

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