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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第四章 最終話 光の谷の記憶 ~The Long-Term Storage in the Shining-Chasm~
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第四章最終話(二十一)二つめの恒星船

『あら、お嬢さん。

 初めまして、私はパイパイ・アスラ。

 貴女はアウラを知っているの?』


 パイパイ・アスラは朗らかに挨拶をする。

 天井からの落石は続く。

 落石は方々(ほうぼう)のガラスの細管を砕く。


「初めまして、おばあさま。

 私はソニア、私は……、私は貴女の孫、アウラの娘です」


『――!』


 ソニアはパイパイ・アスラに自己紹介をする。

 パイパイ・アスラの声が途切れる。

 絶句しているようだ。


『……アウラの……、アウラの娘ちゃん。

 私の孫……。

 アウラは……、アウラは地球に辿(たど)り着けたのね!』


 パイパイ・アスラは歓喜の声を上げる。


「ええ、アウラは十九年前、地球に無事到着しました。

 ここで結婚し、夫婦の間には兄と私の二人が生まれています。

 父は夢幻郷でおばあさまとお会いすることを望んでいました。

 でも条件が足りず果たせていません。

 父は元気です。

 父はいつもおばあさまのことを想っています。

 父はおばあさまのことを愛しています」


 ソニアは伝えるべきことを一気に言う。


 ――うわーん


 パイパイ・アスラの泣き声が聞こえる。


『ソニア、ありがとう……、ありがとうね。

 それを伝えるために貴女は来てくれたのね。

 優しい子……、なんて優しい子。

 ありがとう、本当にありがとう。

 うわーん』


 パイパイ・アスラは涙声で言う。


『アウラに伝えて欲しいの。

 私はここを、惑星アスラをテラフォーミングしているの。

 これはトマス、貴女のおじいさまの遺志。

 今の惑星アスラなら貴方たちでも生きてゆける。

 麦もお米も、豆だってお芋だってあるわ。

 海にはお魚さんたちがいっぱい居るし、空には鳥たちも飛び交っているわ。

 豚や鶏も居るのよ。

 ペットとしてだけれど牛ちゃんも居るわ。

 おかあさんはいつ貴方が帰ってきても良いように準備しているから……。

 お嫁ちゃんや子供ちゃん、お友達をたくさん連れてきて頂戴って。

 頑張って頑張って、それでも駄目なら(みんな)でここに来て頂戴って……』


 パイパイ・アスラは鼻声になりながら言う。

 落石は多くなり、ガラスの割れる音があちこちで聞こえる。


「ソニア、そろそろヤバイ。

 ここを離脱しよう」


 アルンが(たま)りかねたように言う。

 ソニアは、そうね、アルン、と応える。


『あら、ソニアのボーイフレンド?

 アルンっていうの?

 うふふ、よろしくね。

 そうね、早くそこを離れて。

 エリーとアムリタならもしかして私と連絡がとれるかもしれない。

 だからこれが最後というわけでもないと思うわ。

 命を大切にして頂戴』


 パイパイ・アスラは優しく語りかける。


「はい、それではおばあさま、また何れ――」


 ソニアは会話を締めくくろうとする。


「――到着しましたか?」


 テオが大きな声で訊く。

 ソニアがコネクタを外そうとするのを、ヘルパーロボットは嫌々(いやいや)をして(さえぎ)る。

 まるでテオの会話を聞きたがっているように。


「ソニア、ごめんなさいなのにゃ。

 ソニアとアルンは先に逃げて欲しいのにゃ。

 テオとロボットは必ず助けるのにゃ」


 ミケは、にゃー、と笑いながらソニアに笑いかける。

 え? でも、と躊躇(ちゅうちょ)するソニアの手をアルンは強引に引っ張る。

 ソニアは引き()られるようにアルンを追う。


『到着したって何がかしら?』


 パイパイ・アスラは優しく訊き返す。


「二隻目の恒星船は、惑星アスラに到着しましたか?

 二百年と少し前に飛び立った二隻目の恒星船です!」


 テオは大声で訊く。


『もう一つの恒星船がこっちに向かっているの?

 残念だけれど私たち以外の恒星船は来ていないわね。

 二百年前に出発したの?

 ならこれから着くのかしら?』


 パイパイ・アスラはそう言って黙る。


「未だ着いていないのですか……。


 テオの声に激しい落胆の色が帯びる。


『んー? でも確かに太陽系のほうから微弱な電波が飛来しているわね。

 ちょっと待って、今アンテナを張るから』


 パイパイ・アスラは、ふんふんふふーん、と口ずさむ。

 落石は激しくなり、いつ崩落してもおかしくない。


『えーと……、なにこれ、歌?

 私向け?

 クロレラはもう嫌なの、(かいこ)のお肉はもう見るのも嫌なの……?

 お肉が食べたい、お肉が食べたい、パイの牛のお肉が食べたい……?

 胡椒(こしょう)と塩だけで良いのよ、パイの牛のお肉を焼いて食べたい……って、駄目よ、私の牛ちゃんのお肉は食べないでちょうだい。

 牛ちゃんはペットなのよ、お肉にするために育てているんじゃないの……』


 パイパイ・アスラは奇妙な電波、歌に文句を言っているようだ。


辿(たど)り着くんだ……。

 アーチャはプルケリマに辿(たど)り着くんだ……。

 あははは、アーチャは二百光年を超えてプルケリマに辿(たど)り着くんだ!」


 テオは笑っている。

 テオは泣きながら笑っている。

 テオの両目から涙が止めどもなく(あふ)れている。

 ミケは黙って岩盤をテオの頭上に支える。


「アーチャをお助け下さい。

 友達をどうかお助けください。

 どうかどうか……」


 テオは泣きながらパイパイ・アスラに乞う。

 しかし落石が激しくなり既に通信が成立しているか定かではない。


「良かった……、本当に良かった。

 感謝します……」


 崩落の中、テオの声が聞こえる。

 思考機械のあった空間に岩石は降り続ける。


「テオ! ミケ!」


 ソニアは思考機械のある洞穴が崩落するのを見て叫ぶ。

 ソニアの後ろにはアルン、ラビナが途方に暮れたように立ち尽くす。


「テオ! ミケ! ああ!」


 洞穴は完全に崩壊し、尚も崖上からの落石は続く。

 もはや近付くこともできない。

 ソニアは立っていられず、地面に腰を落とす。


「うわーん!」


 ソニアは天を仰ぎ、顔をくしゃくしゃにして泣く。


「わたしが無理をしたから……、わたしが話をしに行ったから……、うわーん!」


「ソニア、どうしたの?」


 後ろからアムリタが心配そうに声をかける。

 ソニアが振り向くと屈むアムリタと視線が合う。

 アムリタの後ろからにはジュニア、エリー、サビが立っている。

 更にその後ろからキジシロ、ハチワレ、アオがぞろぞろと近づいてくる。

 いつの間にかパールとシメントも現れ、アルンの足元に立ってソニアを見る。

 ソニアの涙は止まらない。

 嗚咽(おえつ)(しゃべ)ることもできない。


「思考機械との会話を強行してテオとミケが生き埋めになった。

 それにアムリタのロボットも一緒だった」


 アルンはソニアの代弁をする。

 ソニアは、うわーん! と号泣する。


「私のロボットって、あそこに居るヘルパのこと?」


 アムリタは不思議そうに崖の右、とぼとぼと歩いてくるヘルパーロボットを指さす。


「――!」


 ソニアは絶句する。

 ヘルパーロボットはヨタヨタと歩きながら小さく手を振る。


「ミケが餓死以外の理由で死ぬのは考えにくいのにゃ」


 サビが、にゃー、と笑う。

 サビは両手でソニアの頭を抱く。


「それにミケとチャトラが一緒なら、テオを死なせてしまうこともあり得ないのにゃ。

 食屍鬼(しょくしき)の人も一緒なのなら尚更なのにゃ。

 考えられる最高の布陣なのにゃ」


 サビが続ける。


「え? チャトラ?

 食屍鬼(しょくしき)の人?」


 ソニアはサビの顔を見上げる。

 目と口が真ん丸になっている。

 ソニアには状況が飲み込めない。


「パールとシメントが知らせてくれたのにゃ。

 チャトラがえらい勢いで跳んでいったのにゃ。

 食屍鬼(しょくしき)の人も助けに行ったのにゃ」


 サビはソニアの背中を(さす)りながら言う。

 だから泣かなくて良いのにゃ、と付け加える。


「どこ行っちゃったんだろう?」


 ソニアは周囲を見渡す。

 テオもミケもチャトラも食屍鬼(しょくしき)も発見できない。


「テオはここに来て何かを見つけたんだろう?

 テオにとって大切な何かを。

 目的を達したわけだ?

 だから次の旅に出たんじゃないの?

 テオってほら、意外とせっかちで強引だろ?

 テオは多分、重要な役割を担っているんだよ。

 ソニアはテオの役に立ったんだと思うよ。

 きっとテオはソニアに感謝しているはずだよ」


 ジュニアはソニアの頭を()でる。

 サビは、そうにゃそうにゃ、と言って(うなず)く。


「テオとミケとチャトラ、仲良し三人組だから問題ないのにゃ。

 だから心配する必要、無いのにゃ。

 むしろ楽しそうで(うらや)ましいのにゃ。

 残されるラビナが可哀そうなのにゃ」


 サビはソニアの頭を胸に抱きながらラビナに向かって、にゃー、と笑う。

 ラビナは(てのひら)を上にして両手を広げ、はいはい、と笑う。

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