第四章最終話(十九)とおせんぼの堰(せき)
「助っ人を連れてきたのにゃ」
サビは誇らしげに言う。
ここは夢見の山脈、光の谷に通じる山道入口。
かつて谷の入口は切り立った崖に挟まれた狭い渓谷であった。
しかし現在では大小の構造物で埋められ、ダムの堰のようになっている。
堰は遥か上方まで続く。
堰を離れて見上げると巨大な人型であることがあることが判る。
巨大な人型が巨大な堰の中に埋まり、光の谷への行く手を阻んでいる。
「実際に見てみると、とてつもないのにゃ」
地球猫の少年、キジシロは堰に埋め込まれた巨大な人型を見る。
かなり距離があるにも関わらず、なお見上げるほど大きい。
傍らには同じく地球猫の少年、ハチワレとアオが同様に見上げている。
ジュニアは山道入口に対面するように砦を築いた。
南の内海に港を築き、ここまでの道路を整備した。
物資は着々と砦に運び込まれている。
それらの作業の大部分はロボットたちが担っている。
しかし人手はジュニアとサビしかいない。
だからサビは仲間の地球猫に助けを乞うたのだ。
「いや、来てくれてありがとうね。
鮎が焼けたから食べてよ」
ジュニアは地球猫の少年たちに申し訳なさそうに言う。
周囲には魚が焼ける匂いがする。
ロボットたちが焚火で焼いた川魚を地球猫の少年たちに勧める。
地球猫の少年たちは焼魚の串を受け取り頬張る。
「あのゴーレムは壊してもすぐに復活してしまうのにゃ。
それに攻撃するものに対して無数の兵隊がやってきて酷く鬱陶しいことになるのにゃ」
サビは焼魚を齧りながら言う。
「そうなんだよ。
谷の防御システム、かなり組織だった構造みたいなんだよね」
ジュニアは相槌を打つ。
ジュニアたちが初めてここに来たときは、大勢のロボットが堰に向かって物資を運搬していた。
ジュニアはその一体を捕らえ、調査しようとしたところ、運搬のためのロボットは居なくなってしまった。
ジュニアは何回か堰に対して攻撃をしかけたが、堰は防御が固くびくともしない。
現状では睨みあいの様相となっている。
ジュニアは攻撃の拠点のために砦を築いたのだ。
「谷の入口は遥か上まで堰で埋められているんだ。
で、空から見ると谷は見えず、嶮しい山にしか見えない」
ジュニアは説明に地球猫の少年たちは、うんうん、と頷く。
キジシロたちにとってはつい先ほど見てきた光景だ。
「相手には物凄い量の物資の蓄財があるんだよ。
この周辺では半径五十キロ近くに渡って鉱山が枯れていて、現地調達ができない。
物資を自分だけのものにして敵に与えないという作戦だね。
だからこっちは物資をわざわざムナールから運ばなくちゃなんない」
ジュニアも、モシャモシャと焼魚を咀嚼しながら説明する。
「勝てそうなのかにゃ?」
ハチワレが訊く。
「難しいね、物資の彼我の差が圧倒的だから……。
例えばこれは周囲の素材から自分自身の複製を作るだけの機械なんだけれど……。
これを堰に向かって投げてくれるかい?」
ジュニアはそう言ってハチワレに西瓜大の機械の球を差し出す。
ハチワレは受け取り、にゃー、という掛け声で機械の球を堰に向かって放る。
球は堰の中段、十メートル程度の所に張り付く。
球は瞬く間に周囲の素材を集めて自分の複製を作り出す。
球の周りの堰が崩れだす。
「なんかいい感じにゃ」
キジシロは掌を目の上に翳しながら言う。
「確かに最初は調子良いんだけれどね……」
ジュニアの言葉を待たず、球により歪んだ堰の周囲に奇妙なロボットが集まり、粘着性の物資を振りかけだす。
粘着性の物資をかけられたものは敵味方の区別なく白く固まって動かなくなる。
歪んだ周辺は白く盛り上がった一続きの部分となる。
部分はやがて堰の表面から押し出され、剥がれて下に落ちる。
堰の部分は何事もなかったかのように修復されている。
「にゃにゃにゃ? 確かにこれは手ごわいのにゃ」
キジシロは驚く。
「どうもこの手の攻撃は異物として排除されてしまうんだよね。
以前ジャックのゴーレムとやりあった際はこれで勝てたんだけれど。
やっぱりあの時、ジャック、手加減していたということなんだろうなあ」
ジュニアは嬉しそうに言う。
「さっきのボール、たくさん作ってもダメなのかにゃ?」
ハチワレが訊く。
「異物排除の兵隊の数が尋常じゃなくてね、複製の速度が間に合わないんだ。
この方法で勝つためには彼ら以上の物資が要るんだけれど、用意するのは難しいね」
「手は無いのかにゃ?」
アオが訊く。
「一応、こんなのを作ってみた」
そう言ってジュニアは後ろにいるロボットから何かを受け取る。
球が十数個連なった形状をしている蛇状のロボットだ。
ジュニアが物体を地面に下すと、蛇ロボットは堰のほうに這ってゆく。
蛇ロボットは球から触手のようなものを出し、堰側のロボットを捕らえる。
蛇ロボットは捕らえた堰側のロボットを無力化しつつも完全には壊さず保持したまま、次々と他の堰側のロボットを同様に捕らえる。
蛇ロボットは今や蛇状ではなく、堰側のロボットで覆われた芋虫状のロボットに変化している。
芋虫ロボットは肥大し、分裂してゆく。
「にゃにゃ? あれは何かにゃ?」
キジシロは問う。
「ちょっと修正した複製機械。
相手側は味方には攻撃しないよね?
味方を識別する信号が組み込まれているのだと思う。
恐らくはヒト白血球抗原による免疫システムを模倣したもの。
だから相手のロボットで外骨格を作れば、排除されないという予想さ」
ジュニアは嬉しそうに説明する。
ジュニアの期待通り、芋虫ロボットは堰に辿り着き、数を増やして堰を下部から侵食してゆく。
堰の下部には穴が開き、更にその周辺が芋虫ロボットに作り替えられてゆく。
「勝ったかな?」
ジュニアは嬉しそうに呟く。
ジュニアたちは戦況を見守る。
しかしある時を境に、防御ロボットが多数集まり、粘着性の物資を振りかけだす。
世代の新しい芋虫ロボットは残るものの、それらも次第に防御ロボットにより排除される。
堰に空いた穴は修復され、元の状態に戻る。
「あらら、負けちゃった。
味方識別の信号に有効期限があって切り替わるみたいだね。
どうやって識別信号を更新しているか、解明しないとこの手は通用しないか……。
一筋縄ではいかないね」
ジュニアは尚も嬉しそうに呟く。
――ドコーン!
堰から激しい音が聞こえる。
「なんだなんだ?」
ハチワレが慌てふためいて叫ぶ。
堰は内側から崩れ、中から巨大なものが顔を出す。
空飛ぶ単眼の大蛇。
そう見えた。
その巨大な蛇が身をくねらせるように堰から身を出す。
「げー! 単翼の闇蛇!
なんであんなものが出てくるのにゃ?」
キジシロは叫び、単翼の闇蛇に向かって跳びかかる。
ハチワレとアオがそれに続く。
単翼の闇蛇は空中で激しく身をくねらせながら地球猫たちを追い払おうとする。
地球猫の少年たちは撥ね跳ばされながらも、果敢に単翼の闇蛇に向かってゆく。
「ねえ、サビ。
蛇の横の隙間から堰の中に入れないかな?」
ジュニアはサビに囁く。
「いいのにゃ、試してみるのにゃ」
サビは蛇ロボットを持つジュニアを天に差し出すように持ち上げる。
そして膝を曲げて沈み込み、にゃーん、と叫び、跳躍する。
サビは幾度か空間を蹴り、単翼の闇蛇の出てきた穴に飛び込む。
行き止まりになっているかもしれない。
ジュニアはその可能性を考える。
幸いにも単翼の闇蛇の後ろにも空間は続いている。
サビは堰に開いた通路を潜る。
行く手に光が見える。
光は強くなり、サビは地面を滑りながら着地する。
周囲は眩い光で包まれている。
「ここが光の谷?」
ジュニアは光量差に幻惑されながらも周囲を見る。
「さっき、チャトラとすれ違ったのにゃ。
地下鼠の二人と、それにとってもヘンテコな姿の人も居たような気がするのにゃ」
サビは潜り抜けてきた道、元は光の谷に通じる山道であった道を振り返りながら呟く。
道は修復され、埋められようとしている。
「ああいけない」
ジュニアは蛇ロボットを地面に置く。
蛇ロボットは出口に向かって這ってゆく。
そして道を埋める機械を貪食しながら数を増やしてゆく。
「どうかな?」
ジュニアは暫く眺めている。
蛇ロボットが作る穴は塞がらないようだ。
穴は奥へ上へと広がってゆき、光を誘い込む。
「勝った?
内側からの攻略にはあっけないということなのかな?
しかしなんとも爽快感に欠ける勝ち方だね」
ジュニアは頭を掻く。
サビは、にゃはは、と笑う。
「んじゃあ、チャトラと地下鼠たちにヒーローインタビューすることにしようか?」
ジュニアはサビに向かって言う。
サビは光の谷を見る。
光の谷にはシャイガ・メールが巨体を横たえている。
シャイガ・メールの白い巨体は神々しく光り輝いている。




