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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第四章 最終話 光の谷の記憶 ~The Long-Term Storage in the Shining-Chasm~
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第四章最終話(十五)それぞれの役割

「ジュニアも気が利かないわね」


 ラビナはシャイガ・メールの上で揺られながら愚痴を言う。

 ジュニアからの差し入れである黄色い背負い袋の中に酒類が入っていなかったことに文句を言っているのだ。

 シャイガ・メールの背の上、テオのリュートが幻想的なメロディを奏でる。

 シャイガ・メールは既に数時間、霧の中を前進し続けている。

 心地良い振動がシャイガ・メールの上に居る者たちに伝わる。


「これは非常時持ち出し用のバックパックにゃ。

 水やレーションだけでなく、干し肉やチーズ、魚の干物を入れてくれているだけ有難いのにゃ」


 チャトラが(いさ)めるように言う。


「それは分かっているわよ。

 でも、なんでキウイの根の煮出し汁が入っているのよ?

 だったらお酒を入れてくれていても良いんじゃない?」


 ラビナは持参したブランデーを飲み干してしまっている。

 ブランデーにより高揚した気分は去り、素面(しらふ)に戻ってしまっているのが口惜しいのだ。

 チビリチビリとキウイの根の煮出し汁を()めているチャトラを(うらや)ましそうに見る。


「多分ジュニアはキウイの根の煮出し汁が地球猫にとって必需品だと誤解しているのにゃ」


 テオの横に腰かけているミケが、にゃはは、と笑いながら言う。

 キウイの根の煮出し汁は地球猫にとって嗜好(しこう)品に過ぎない。

 キウイの根の煮出し汁は地球猫に酩酊(めいてい)感を与える。

 だから判断を狂わせない意図で非常時用のバックパックに酒類を入れないのであれば、キウイの根の煮出し汁も入れないでおくことが統一された判断というものだろう。


「まあ、どうしてものときは人間が水代わりに飲んでも問題ないからね」


 テオはリュートを弾いたまま、にこやかにコメントする。

 チャトラとミケは、そうそう、と(うなず)く。


「それはそうと、何か(つか)めた?」


 ラビナはテオに訊く。

 テオは、残念ながら、と笑う。


「ふうん? 何か(つか)めそう?」


 ラビナは重ねて訊く。


「うーん? 今の所は何も……。

 無理とは思いたくないけれど、難しいね。

 やはり光の谷じゃないとダメなのかもしれないね」


 テオはリュートを弾いたまま応える。


「そう……、条件が欠けているというわけね。

 光の谷には祭殿があるわ。

 ジュニアは光の谷の祭殿を思考機械の長期記憶だと予想しているわね。

 それが当たっていれば、色々情報を引き出せるかもしれない」


 ラビナは考え込むように言う。


「思考機械?」


 テオは訊く。


「ええ、グリース草原とディナート砂漠の間の山系にある風の谷にジュニアたちと行ったことがあるの。

 風の谷は思考機械だった。

 尤も人間より(はる)かに遅い思考速度しかないけれど。

 ジュニアは知りたい情報を聞き出すことができないでいた。

 風の谷には長期記憶が無いから。

 ジュニアはこの夢幻郷、光の谷に長期記憶を(つかさど)る機械があるんじゃないかと予想していたわ。

 だからジュニアは私が光の谷を奪還するのを手伝ってくれている」


 ラビナはテオの顔を見ながら言う。

 ミケも同様にテオの顔を見ている。


「……へえ? 面白そうな話だね。

 光の谷に行って、その思考機械と話せれば遠くの星とお話する方法を教えてくれるかも知れないということだね?」


「まあ、そうね。

 予想だけれどね。

 でも、今の光の谷で思考機械が稼働しているのか分からないわ。

 半年前、光の谷に大きな異変が発生して状況が分からなくなってしまった。

 今はジャックによって光の谷は封鎖されてしまっているし」


「封鎖? ジャックが?」


 テオはラビナの言葉を自然に受け止める。


「やっぱり貴方、ジャックを知っているのね?」


 ラビナは(とが)めるようにテオに訊く。


「ああうん……、ジャックとは兄弟(きょうだい)弟子(でし)なんだ。

 同じ師匠に師事している。

 師匠はエリーのおかあさんなんだけれどね」


 テオはラビナに説明する。


「ふうん……、それでジュニアを知っていたわけね」


「うんそう。

 ジャックとは時期がずれているので、彼の人となりは(ほとん)ど知らない」


 テオはリュートで分散和音のコード進行を奏でながら淡々と語る。


「俺は師匠とエリーの三人で暮らしていたことがあるんだ。

 その時、ジュニアがカンパニーの仕事でよく来ていたんだよ。

 ジュニアとは歳も近いし、色々情報交換していた」


 テオは思いだすように笑う。


「テオ、貴方がお話したい大切な人ってどなた?」


 ラビナは切り込んだ質問をする。


「……内緒。

 とっても大切な人さ」


 テオははぐらかすように笑う。

 テオのリュートが猛烈に早いフレーズを奏でる。

 ミケは心配そうな顔でテオを見る。


「彼女?」


 ラビナは茶化す。


「彼女? ははは、(おそ)れ多い。

 ……女神さまさ!

 人ではなく、女神さまだよ。

 俺は彼女に多くの賛美を贈ってきたけれど、一番しっくりくるのは女神さまだね」


 テオは(うれ)しくて(たま)らないという顔になる。

 ラビナはミケの顔が悲し()に曇るのを見る。


「そう……、ごちそうさま。

 でもこのままではこの世界で日干しになってしまうわよ?」


「そうだね。

 俺は物語における自分の役割が判っていない。

 ここで日干しになるのなら、俺は大した役を担っていないということだろうね。

 でもね、ラビナ……、それにミケ、チャトラ。

 君たちはそれぞれ役割が与えられたアクターなんじゃないか?」


 テオは和音でコードを進行させる。

 奏でられるコードは複雑で先が読めない。


「君たちは素敵だよ。

 自分のことは良く分からないけれど、君たちは決してこんな所で日干しになどなったりしない。

 俺は君たち、燦然(さんぜん)と輝く星々の歌を歌うよ。

 今は未だできていないけれど、約束する。

 君たちの活躍を称える歌を作って、それを歌うよ」


 テオはハーモニクス(弦の振動の節で作る倍音)のみで構成されたフレーズを奏でる。

 甲高(かんだか)く緊張感のあるリュートの音色がシャイガ・メールの固有世界に(ひび)き渡る。


「それはありがとう、楽しみにしているわ。

 でも、先ずはこの世界から出なくちゃね」


 ラビナは霧で視界の悪い空を見て言う。


「そうだね」


 テオはあまり興味無さそうに応える。

 ハーモニクスのフレーズに低音弦の伴奏が加わる。


「そうだねって、そんな他人事(ひとごと)のように……」


 ラビナは笑う。


「ラビナ、君には手立てがあるの?」


「んー? シャイガ・メールの固有世界から抜け出るだけならなんとかなるかも……。

 でもシャイガ・メールが付いてきたら困るわね。

 どこに出しても良いという分けでもないでしょうし……」


 ラビナは考え込むように言う。


「さすがラビナ、夢の世界のエキスパートだ。

 そう、ここで用が足りれば良かったのだけれど、それがダメならばシャイガ・メールを光の谷に誘導しなければね。

 でもね、それは俺たちの仕事ではないよ。

 推測なのだけれど、俺たちの今の役割はシャイガ・メールの上に居続けることさ。

 シャイガ・メールは戻るべくして光の谷に戻るよ、多分」


 テオは空に向かってリュートを弾き続ける。


「ジュニアに期待しているの?

 そうね、ジュニアもサビも私たちがシャイガ・メールと共に消えたことを知っているし……。

 彼らなら何とかしてくれるかもね。

 ただ、それまでの暇潰(ひまつぶ)しが大変そう」


 ラビナは空になったブランデーボトルを名残(なごり)惜しそうに見つめる。


「俺は全然暇だなんて思っていないよ。

 酒は無いけれど、幻想的な状況に気の合う仲間たち……、リュートもあるし何の問題がある?

 それにそんなに待つ必要は無いさ。

 みんなせっかちで強引だから」


 テオは笑う。

 テオは遠くに輝く光を見る。

 シャイガ・メールは体の前部を大きく持ち上げる。

 テオたちの視界が高いものになる。

 遠く、(はる)か遠くに白銀に光る輝きを見る。


「ほらね」


 テオは笑いながらリュートを奏でる。

 リュートの音色に誘われるようにシャイガ・メールは進路を変える。

 白銀に輝く光に向かって。

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