第四章最終話(十二)地下山脈
シャンタク鳥はコスザイル山脈の主峰、その山頂の火口の周りを飛び続ける。
火口と言っても大きな深い穴が開いているだけで噴火口というわけではない。
その周りをシャンタク鳥はいつまでも旋回し続ける。
エリーは空中に右手で文章を綴る。
空中の文章は銀色に輝き、火口の中に移動し、吸い込まれてゆく。
「マーヤ、早く中に入って欲しいのだけれど」
アムリタはシャンタク鳥の背中から、シャンタク鳥の後頭部に向かって言う。
同じ言葉は繰り返しアムリタの口から発せられている。
しかしシャンタク鳥はアムリタの言葉を無視するかのように旋回を続ける。
「ねえ、お願いよ」
アムリタはシャンタク鳥の首の後ろに立ち上がり、シャンタク鳥の首に両手を回してシャンタク鳥の首の左側に上半身を預ける。
アムリタはシャンタク鳥の左目を至近距離から覗き込む。
シャンタク鳥は顔を右に振り、アムリタの視線から逃れようとする。
しかしその時には既にアムリタは体を右に振っていて、再びアムリタと視線を合わせることになる。
――ピイィーッ
シャンタク鳥は鳴き声を発する。
「マーヤ、ねえ聞いて。
貴方にはなんの危険もないの。
地下山脈の穢れの谷の近くで降ろしてもらえればいいの。
お願いよ」
シャンタク鳥は、ピイィー、と物悲し気に嘶く。
「大丈夫、穢れの谷までじゃなくて良いから。
近くまでで良いのよ、できるだけ近くで」
シャンタク鳥は顔を背けようと首を振る。
アムリタは常に先回りをしてシャンタク鳥と視線を合わせる。
「マーヤ、ね? 大丈夫だから」
アムリタはシャンタク鳥の眼を見て、にこりと笑う。
――ピイィーッ
シャンタク鳥は観念したように空に向かって嘶き、両の羽を大きく広げて首を下げる。
シャンタク鳥は小さな螺旋を描いてコスザイル山頂の火口の中に潜ってゆく。
「ありがとうマーヤ! 愛しているわ!」
嬉しそうにアムリタは叫ぶ。
そしてアムリタはエリーに振り向く。
エリーはアムリタに近付き、アムリタと額を合わせる。
「よく説得できたわね。
ワイの小父様と、シャンタク鳥は夜鬼が大の苦手だから多分無理なんじゃないかっって話していたのだけれど」
「うん、信頼関係を結べてきているのだと思うわ」
アムリタはにっこり笑う。
「そうなの?
マーヤはなにかしらアムリタのいう事を聞かなければならない事情があるのではないかしら?」
エリーは訝し気に呟く。
「うーん? 別に脅したりはしていないのだけれど……。
それはともかく、これからの進路はどうすれば良いのかしら?」
「火口は曲がりくねりながら地下の大空洞に繋がっているらしいわ。
地下大空洞には平地があって、その奥には山岳地帯があるらしいの。
平地は地底巨人を食物連鎖の頂点とする生態系があって、様々な生物が棲んでいるみたい。
ガストも多く棲んでいるとか。
で、目的の穢れの谷は東の果て、山岳地帯の奥にあるそうよ。
食屍鬼が群生していて、彼らと依存関係にある夜鬼も大群で飛び交う魔の谷なんですって」
「食屍鬼とか夜鬼とかってどんな生き物なのかしら?」
アムリタは訊く。
「食屍鬼は二足歩行の人間大の魔物みたいね。
とにかく生きているものでも死んでいるものでも食べてしまうそうよ。
地底巨人の墓を荒らして死体を食べることもあるんだとか……。
集団で群れを成したら地底巨人でもやられてしまうそうね……。
「夜鬼は人間よりもやや大きな空飛ぶ魔物。
背中に羽があることを除けば人間と形状は似ているけれど、目鼻も口も耳もないそうよ。
どのように餌を摂っているのか不明なのだけれど、恐らくは食屍鬼と内臓を一部共有しているのではないか、というのがワイの小父様の見立てね。
何れにしろ食屍鬼と夜鬼は共生関係にあるんだって」
エリーは小声でアムリタに説明する。
アムリタは、ふうん、と頷く。
「マーヤ! 地下大空洞に入ったら東に向かってちょうだいな!」
アムリタはシャンタク鳥に向かって叫ぶ。
シャンタク鳥は大きな曲がりくねった縦穴を螺旋を描きながら降る。
周囲の壁は薄く戻り色に光り、縦穴の形状を浮き出させている。
シャンタク鳥は大きな空間に出る。
「ここが地下大空洞なのね……」
アムリタはシャンタク鳥の羽から上半身を出し、下を窺う。
空洞は天井から氷柱のような岩が下に垂れ下がり、また地面からは樹木のような岩が天井に向かって生え茂っている。
「凄い所ね……。
あ、見てエリー。
あそこに大きな毛むくじゃらなのがいる。
あれが地底巨人なのかな?」
アムリタの指さす先に空を、シャンタク鳥を見上げる二足歩行の巨人がいる。
巨人は全身が黒い毛で覆われていて、大きな顔が縦に割れている。
その口には大きな牙が左右櫛状に交差して並んでいる。
シャンタク鳥は速度を増して飛ぶ。
瞬く間に黒い巨人は後方に消える。
「肘関節から先に二つの腕が生えていたような。
大きいわね……、下を歩くのは止めたほうが良いわね」
エリーは後方下を見つめつつ呟く。
アムリタも、そうねぇ、と応じる。
流れ去る眼下にはガストと思しき動物や、犬に似た動物たちも見える。
シャンタク鳥は氷柱に似た岩を縫うように大空洞の上部を飛ぶ。
地上を飛んでいたときほどではないが早い。
下の風景は荒れたものになり、大小の岩が点在している。
「なるほど、あれが地下山脈」
アムリタは進行方向を指さす。
シャンタク鳥の向かう先には著しく巨大な、山脈といって良い地形が空に向かって伸びている。
地形は途中までは高くなるに従い細くなっているが、ある程度の標高を超えると逆に太くなって大空洞の天井に続く。
地面からの山脈が天井から逆さまになっている山脈と空中で連結している、そのように見える。
そんな地下山脈が遠方に向かって果てしなく続く。
「なんでこんなヘンテコな地形が地下にあるのかしらね?」
アムリタは進行方向に広がる景色を見て感想を述べる。
エリーはガストとなにやら会話をしている。
「アムリタ、穢れの谷はやや右の山々の間ですって」
エリーは前方右にある山々の奥にある黒い山を指さして言う。
「ふうん、名前どおり禍々しいところね。
ねえマーヤ! 聞いたかしら?
あの黒い山にできるだけ近づいてもらえるかしら?」
アムリタの言葉にシャンタク鳥は、ピィッ、ピィーッ、と頼りなげに啼く。
「有り難う、マーヤ!
貴方だけが頼りよ!」
アムリタはにこやかに笑みを浮かべてシャンタク鳥に言う。
シャンタク鳥は広い視界の右方向後ろ端にアムリタを見ながら、ピィーッ、と啼く。




