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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第四章 最終話 光の谷の記憶 ~The Long-Term Storage in the Shining-Chasm~
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第四章最終話(十)エンデューロ・トライアル

「この先も自動二輪車で行けるのか?」


 アルンはインカム越しにソニアに問う。

 二人のバイクは斜め前後に並び、未舗装路を走っている。

 ソニアが左前を走り、アルンが右後ろを走る。

 コスザイル山脈を南に抜け、進路を西に取っている。

 荒涼とした風景が続くが、然程(さほど)険しい道ではない。


「行けるといえば行けるけれど、多少工夫が必要そうね」


 ソニアは明るい声で返す。

 タンクバックの上のシメントにはアルンの声が聞こえていない。

 タンクバックにしがみつきながら(いぶか)()にソニアを見上げている。


 目的地は夢見の山脈の(ふもと)にあるメルロイの(むら)だ。

 メルロイはアルンとラビナに縁が深い(むら)だという。

 彼らの一族が夢の世界で管理している版図の一部である。

 アルンは光の谷に行く前に情報収集と準備を整えるためにメルロイに行くことを提案したのだ。


「難所が幾つかあるわ。

 止まって」


 ソニアは右手を斜め下に下げてアルンに止まるよう催す。

 アルンはソニアのバイクのすぐ横にバイクを止める。

 ソニアはバイクのハンドルにあるコンソールモニタを操作する。


 ――ピッ、ピッ、ピッ……


 ソニアの赤いバイクから電子音が継続する。


 ソニアはアルンのバイクのコンソールモニタも操作する。


 ――ピロリン


 二台のバイクから同時に電子音がする。


「リミッターを外して、アルンのバイクをトレーサーモードにしたわ」


 ソニアは命預からしてもらうね、と言ってアルンに笑う。


「パール! シメント!

 ここから先、激しくいくわ!

 振り落とされないようにしっかり(つか)まっていてね」


 アルンは再びオフロードバイクに跨るとアクセルを(あお)る。

 二台のバイクのエンジンは高い回転数で回り、(うな)り声を発す。


「じゃ、行くよー」


 ソニアのバイクは前輪を持ち上げながら急発進をする。

 シメントはタンクバックから出ている革のベルトを必死で(つか)む。

 一拍遅れてアルンのオフロードバイクも同じ姿勢で急発進を行う。

 パールはアルンのバイクのタンデムシートに(くく)りつけられているバックパックに自らを()わえつける。


「ソ、ソニア!

 お手柔らかに頼む!」


 アルンはインカム越しに叫ぶ。


「大丈夫、残り八十キロ、一時間とちょっとで着くわ!」


 ソニアのバイクは瞬く間に加速してゆき、未舗装路の段差を跳ぶ。

 アルンのバイクはソニアのバイクの挙動を十メートル遅れてトレースする。

 二台のバイクは早い速度で悪路の渓谷を登ってゆく。


「もうすぐ最初の難所よ。

 跳ぶわ!

 バイクに体を預けて!」


 道は左に折れ曲がりその右側に川が並走する。

 ソニアのバイクの前輪が沈み込み、再び前輪が持ち上がって加速する。

 ソニアのバイクは川の上を跳び、対岸の道に着地する。

 速度は落ちない。

 アルンのバイクも速度を落とさず、川を跳ぶ。

 パールとシメントは落ちないよう、バックに(つか)まる。


「どう? アルン。

 なんとかなりそう?

 ダメなら、私のバイクの後ろに乗せていくわよ」


 ソニアはインカム越しに提案する。


「そう言われると、じゃあよろしく、とは言えなくなるな」


 アルンは憮然(ぶぜん)とした口調で返す。


「あっと……、バイクに乗るのが初めてなら、怖いと思わないほうがおかしいから。

 ……でも、アルンならすぐに慣れると思うわ」


 ソニアは真面目な口調で言う。

 アルンは、そうだと良いんだがな、と応える。


「次はあの斜面を登るわよ!

 ステップに立って体重移動をして!」


 ソニアは渓谷の山道の先、土が露出した崖と言って良い斜面に向かって加速する。

 ソニアはバイクのステップの上に立ち上がり、アクセルを(あお)って前輪を高々と持ち上げる。

 そしてそのまま急角度の斜面を駆け登る。

 アルンのバイクも同様に五メートル右側の斜面を登る。

 斜面の頂上、エッジで二台のバイクは空中に跳びあがり、後輪から着地する。

 二台のバイクはそのまま止まらずに走り続ける。


「ソニア! これが続くのか?」


 アルンはインカム越しに訊く。

 シメントもパールも必死で落ちないように(こら)える。

 土の坂道を登りきった所でソニアは後輪を滑らせながら止まる。

 アルンのバイクも同様にソニアの右側に止まる。

 視界は開け、下り斜面の向こうに穏やかな丘陵地帯が続いている。

 その(はる)か先に(いびつ)なシルエットの(けわ)しい山脈が見える。


「あれが夢見の山脈?」


 ソニアが山脈を指さしてアルンに訊く。


「そうだ。

 丘陵地帯の向こう、ナイ河を超えると夢見の山脈だな」


 アルンは応える。


「ナイ河って言うの?

 結構大きな河。

 見たところ浅瀬となっているところがあって渡れそうだけれど合っている?」


「季節にも()るが、この時期なら歩いて渡れる。

 だが自動二輪で河を渡れるのかは知らんぞ」


 アルンは応える。


「そうね、上から見ただけじゃ分からないわね。

 取り敢えず行きますか」


 そう言ってソニアは再び走り出す。

 アルンのバイクも走り出す。

 二台のバイクは土と岩の路ともいえない斜面を降ってゆく。

 次第に景色は開け、緩やかな丘陵地帯となる。

 道路は無いが背の低い草々が生えた草原となっていて、二台のバイクは丘の中腹を縫うように走る。


 ソニアはヘルメットのバイザーを上げ、風を受ける。

 シメントもタンクバックの上に立ち、ハンドルを(つか)んで景色を見ている。


「アルン、気持ちいいよ!

 自分で運転する?」


 ソニアはインカムでアルンに訊く。


「いやこのままで良い。

 十分堪能(たんのう)している」


 アルンはぶっきらぼうに返す。


「うん、分かった。

 この丘を越えると河が見えるはず」


 ソニアはバイクの進路を丘の頂上付近に向ける。

 二台のバイクは坂道を駆け上がる。

 ソニアは丘の頂上でバイクを停止させる。

 アルンのバイクも続いて止まる。


「思ったとおり、良い(なが)め」


 ソニアは眼下の景色を見ながら言う。

 丘はなだらかに下り、いくつかの起伏を経て大きな河に行きつく。

 河は左から右に流れ、河面(かわも)は太陽の光を受けてキラキラと輝いている。

 河面(かわも)の向こうにも(しばら)く丘陵地帯が見え、森が見え、更にその向こうには険しい山肌の山脈が見える。


「あの奥にある森が見えるか?

 あそこに目的の(むら)、メルロイがある」


 アルンは河の向こう、遠方の緑を指さして言う。


「分かった。

 たしかに集落があるわね。

 河はどの辺が浅くなっているの?」


「ここから暫く下流に行ったところだ。

 河幅は広がるが、水深は深い所で膝丈を超えるかどうかといったところだな」


 アルンは河下を指さす。


「了解、とりあえず河辺まで行きましょう」


 二台のバイクは再び走り出す。

 丘を降りて河下に走る。

 川岸は大小の丸石があり、バイクのサスペンションが大きく上下する。

 ソニアは河を見る。


「どうだ? 行けそうか?

 無理ならここから徒歩でも三時間程度だぞ?」


「ええ、大丈夫、これくらいの浅瀬なら渡れるわ。

 河渡(かわわたり)は河上から河下に向かって斜めに走るのが基本。

 水流に逆らわないようにするためね。

 止まったら水圧に負けて、再び走り出すのが難しくなるわ。

 低速ギアで一気に駆け抜けるわね」


 ソニアは左足を着いてバイクを左にターンさせる。

 アルンのバイクが同様にターンするのを待ち、ソニアはアクセルを開ける。

 ソニアのバイクの前輪サスペンションが伸びきり、前輪を持ち上げぎみに河へと向かう。


「やれやれ、大ごとだな」


 アルンは(つぶや)きながらバイクの上でバランスをとる。

 二台のバイクは激しい水飛沫(みずしぶき)を後方に()き散らしながら河を渡る。

 アルンは前で器用にバイクをコントロールするソニアを見る。


「たいしたもんだな」


 アルンはインカム越しにソニアを()める。


「あは、ちょっとしたものでしょう?

 どう? 服だって(ほとん)()らしていないんだから」


 ソニアは陽気に応える。

 確かにアルンの服も然程(さほど)()れていない。

 ソニアのバイクの水飛沫(みずしぶき)が多少かかる程度だ。

 見る間にソニアのバイクは河を渡り終え、アルンのバイクも無事に対岸に着く。

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