第四章最終話(六)魔獣使いの怪人
ジュニアとサビはシャイガ・メールが居た空間を見上げ続ける。
ガストも同様に今は空だけになった空間を見上げる。
「幻想的たったのにゃ」
サビは感想を口にする。
「余裕ありげだね。
皆が心配じゃないの?」
ジュニアは上を見上げたまま訊く。
「ミケとチャトラが一緒なのなら、これ以上の布陣は考えられないのにゃ。
仲良し四人組なのでむしろ楽しそうなのにゃ。
どちらかというと残るほうが寂しくなるのにゃ」
サビも上を見上げたまま応える。
しかし言葉と裏腹に、サビの顔には楽し気な笑みが浮かんでいる。
「シャイガ・メールは光の谷に戻れるのかにゃ?」
サビはジュニアの顔を見上げ、訊く。
「さすがにそんなには簡単じゃないと思うんだけれど……」
ジュニアは自信無さげに応える。
「でもまあ、食糧と水、キウイの根の煮出し汁だけは十分な量渡しておいたから……」
「ふーん……、このタイミングであれが降ってくるのは偶然なのかにゃあ?」
サビは城壁の上、空に浮かぶ黒い点を指さす。
「え?」
ジュニアはサビの指さす先を見る。
黒点は山肌、東サルナトの街の上空を滑るように降りてくる。
黒い点は徐々に大きさを増し、その異貌を顕す。
黒い巨大な胴体、左右に広げられた蝙蝠の羽、馬の頭を低く下げそれは真っすぐにジュニアたちの元に滑り降りてくる。
シャンタク鳥だ。
「確かに偶然とは思えないね」
ジュニアはシャンタク鳥の上に居る、二つの人影を見て呟く。
金色の髪と黒灰色に輝く不思議な髪色をした二つの人影。
金色の髪の人物が千切れんばかりに両手をジュニアに向かって振っている。
――!
ガストがシャンタク鳥に反応する。
ガストが小刻みに跳ねてシャンタク鳥に向かって何かをアピールしようとしている。
珍しい、とジュニアは思う。
このガストは普段は生きているのが辛いかのように動作が緩慢だ。
もちろん危機に関しての反応は早く、かつてこのガストに助けられてもいる。
しかしジュニアは一連の騒動以降、活動的なガストを見たことがない。
「ジュニアー」
シャンタク鳥は今や巨大な羽を羽ばたかせ、サルナトの目抜き通りの真ん中、ジュニアの目前に着陸しようとしている。
その背中に乗る金髪の少女、アムリタが嬉しそうにジュニアの名を呼ぶ。
――バサバサバサッ!
シャンタク鳥は地表すれすれで大きく羽ばたき、地上に舞い降りる。
シャンタク鳥は足を曲げ、体を低くし、羽を地面に下げる。
背に乗る者たちを降りやすくしているようだ。
「ジュニアー! 私たち来たわよ。
とうとうここに来れたのよ!」
アムリタは嬉しそうに叫び、シャンタク鳥の背から地面に飛び降りる。
続いてエリーがシャンタク鳥の羽伝いに地面に降りてくる。
アムリタは、マーヤ! ありがとう、と言いながら低く下げられたシャンタク鳥の首にしがみ付く。
シャンタク鳥は満足げに目を細める。
「ジュニア、久しぶり。
変わりはない?」
エリーはジュニアの前に立ち、笑う。
「久しぶりって、前会ったときから四日しか経っていないんだけれど」
ジュニアはエリーの頭に右手を置いて笑う。
エリーがジュニアに何かを言おうとしたとき、ガストがエリーの至近距離に詰め寄り、激しく頭を上下させる。
「ん? どうしたの?」
ジュニアはガストに訊く。
ガストはジュニアとエリーを交互に見る。
そしてエリーに向かって頭を上下させる。
「君たち知り合い?」
ジュニアはエリーに訊く。
エリーは戸惑いながら、知らないわ、と応える。
「じゃ、黒灰色の魔女に過去、どこかで合ったことがあるということだね」
ジュニアはガストに向かって確かめるように言う。
ガストは、暫く首を傾げながらジュニアを見るが、またエリーに向き直り、口をパクパクと動かす。
エリーはガストを見つめる。
「ねぇねぇ、ジュニア、私たちはジュニアがあまりにも帰ってこないので心配になって夢幻郷に来たのよ。
ジュニアはいつ現実世界に帰ってくるのかしら?」
アムリタは心配そうな面持ちでジュニアに問う。
「え? それは光の谷を奪還してからだよ。
誰かさんたちが連れてきたシャイガ・メールも光の谷に戻してあげないとダメなんだろう?」
ジュニアは苦笑しながら言う。
「そのシャイガ・メールは、うわっ――!」
エリーがジュニアに問いかけようとした瞬間、ガストがエリーの間近くに顔を寄せ、口をパクパクさせる。
「そのヒト、何かをエリーに伝えたいんだと思うわ」
アムリタはガストを指さしながら指摘する。
「と言われても……。
はて? でも確かにこれはどこかで……」
エリーはガストを見て、首を傾げる。
「ジュニア、シャイガ・メールはどうしたの?」
アムリタはエリーが訊こうとしたことを代わりに訊く。
「ああ……うん、実を言うとね、たった今シャイガ・メールは消えてしまったんだ」
「ええ? 消えた? たった今?」
「うん、今までは何をやっても動かなかったんだけれどね。
さっき初めてラビナがお酒を持ってシャイガ・メールの上に昇っていって、上で酒盛りをしてたんだよ。
暫くしたら消えてしまったんだ、ラビナごと。
テオや地球猫の二人も一緒だよ」
ジュニアはバツの悪そうな顔で応える。
「ねえエリー、それって私たちの時と同じなのかな?
あの子の固有世界に連れていかれてしまったんじゃないかしら?」
アムリタはエリーの顔を見る。
「と訊かれても……、私はあのとき、何が起きたのか未だに分かっていないのだけれど……」
「それは私にも分かっていないのだけれど……、でも確実に言えるのはパイとエリーの魔法はあの子の固有世界からいったん現実世界に戻った後に発動したのよ。
そしてその真下にはアルンの補助図形があった」
アムリタは記憶を呼び覚ますように空を見上げて呟く。
「確かに順番としてはそんな感じかしらね。
ということはアムリタ、アルンの補助図形が有ればシャイガ・メールを呼び戻せるかも知れないと言いたいのね?」
エリーの言葉にアムリタは、単なる予想だけれど、と応える。
「ねえジュニア、アルンは?
アルンはどこ?」
アムリタはジュニアに訊く。
「アルンはソニアと一緒にナイ・マイカに旅立ってしまったよ。
ちょっと前、見送ってきたところ。
ソニア、アムリタたちを待っていたんだけれどね。
なかなかこっちに来ないから……。
詰まらないから帰るって。
今頃はコスザイル山脈越えの道を自動二輪車で走っているはずだよ」
ジュニアは微笑みながら言う。
「あらら、早く引き留めなくちゃ」
アムリタは慌ててシャンタク鳥に駆け寄る。
エリーがそれに続こうとするのを見て、慌てるようにガストがエリーの貫頭衣の裾を咥える。
「うわ! 何をする!」
エリーは裾が捲れ、白い太腿が顕わになるのを必死に手で抑える。
エリーは貫頭衣の裾を引き戻そうとし、ガストと引っ張り合いになる。
「そのヒト、エリーと一緒に行きたいんじゃないのかしら?」
アムリタはシャンタク鳥に左手をかけながら言う。
ガストはエリーの裾を離し、そうそう、というように首を上下に振る。
「ううう、そうは言ってもなー、ガストはシャンタク鳥に乗れないぞ」
エリーは抗議する。
「エリー、口調が戻ってしまっているわ……。
ジュニア、何か大きなネットのようなもの、無いかしら」
「うん? あるよ、ちょっと待っててね」
ジュニアは後ろに控えていたロボットに何か小声で呟く。
然して待つことなくロボットは幅のある網を持ってくる。
ガストはシャンタク鳥の腰、後ろ脚の上に飛び乗り、身を屈める。
アムリタとエリーはガストを固定するようにシャンタク鳥の上に網をかけ、シャンタク鳥の腹の下で網をフックで固定する。
ジュニアはロボットから黄色い背負い袋を受け取り、アムリタに渡す。
「この中に幾ばくかの食糧と水が入っているから。
非常食だからそんなには美味しくないけれど」
「あら有り難う、ジュニア。
それじゃ、行ってくるわね。
光の谷の奪還、頑張ってねー」
アムリタはシャイガ・メールの上から、ブンブンと手を振る。
エリーも小さく掌をジュニアに向けて振る。
シャイガ・メールは大きく羽ばたき、宙に舞う。
そして大きく旋回したのち南の空に消えてゆく。
「嵐のような人たちなのにゃ」
終始無言だったサビが口を開く。
まあね、とジュニアは笑う。
「まあ、ジュニアの仲間ならあれくらいエキセントリックで丁度いいのかにゃ?」
サビはジュニアを見上げて、にゃー、と笑う。
「エキセントリックって、君たちも相当だと思うけれどね」
ジュニアは苦笑する。
サビは、自覚しているのにゃ、と笑う。
「これでまた街の噂が増えるのにゃ。
サルナトの王の配下にはシャンタク鳥に乗った怪人もいる、とかにゃ」
サビは周囲を見渡しながら笑う。
街の人々は畏怖と好奇が綯交ぜとなった視線でジュニアを見ている。
確かに、と言ってジュニアは頭を掻く。
「そろそろ光の谷の攻略を始めるかね……」
ジュニアはサビを見下ろし、言う。
「いよいよなのかにゃ?」
サビの眼が丸く金色に光っている。
ジュニアは、うん、お願いするよ、と応える
「わかったのにゃ、人数を集めるのにゃ」
サビはそう言って体を低くし、にゃーん、と言って跳ぶ。
サビの姿は一瞬にして消える。
「みんな居なくなってしまいましたね」
マロンがジュニアの肩の上で呟く。
「そうだね、サビたちが戻ってきたら僕も旅立つよ。
悪いけれど、後方支援、よろしくね」
ジュニアはマロンに言う。
ええ、お任せを、とマロンは頷く。




