第四章最終話(三)入門認証
「私たち、夢の世界に来られたのじゃなくて?」
アムリタは傍らに立つエリーを見て、歓喜の声をあげる。
木々は立ち並び、枝の間から青空が見える。
二人とも白い貫頭衣を着ている。
アムリタの貫頭衣は膝丈で貫頭衣の下には裾で絞ったズボンを穿いている。
エリーの貫頭衣は膝下まであり、腰で絞ったワンピースのように見える。
「そうね、最初のハードルは超えたかしら」
エリーは無表情、ただやや上気した表情で応える。
アムリタとエリーはジャックから分けてもらったお香を使った。
二人の条件をできるだけ同じにするために、ジュニアの道具屋の二階、エリーのベッドで二人並んで横になる。
お香の妖艶な香りが部屋に立ち籠める。
そしてアルンのものと思われる睡眠薬を二人で同時に服み下したのだ。
「そうね、階段を見つけて降りて、認証をパスしないとね」
アムリタは大きな岩の後ろに回り込む。
「有ったわ、階段」
アムリタは嬉しそうに指さす。
岩の下に緩やかな坂道になっている空洞があり、その先に確かに階段がある。
「勝利ね」
アムリタは満面の笑みを浮かべる。
「未来が見えたの?」
「それは全く。
でもそれは危険が無いということでもあるわけで、だから勝利よ」
アムリタは小さなナップザックの背負い紐を掴みながら応える。
「ふうん?
それはそうと、その背負い袋には何が入っているの?」
エリーは不思議そうに訊く。
「え? 背負い袋?」
アムリタは今更のようにナップザックの存在に気付く。
「何かしらね?
エリーのその肩に掛けている革ケースはフルートなのかしら?」
アムリタはそう言いながらナップザックを開ける。
中には雑多なものが入っているが、その上にくすんだ銀色の小さなロボットがある。
「あらヘルパ、貴方も一緒に来てくれるの?」
アムリタは銀色のロボットを引っ張り出す。
双子の塔で拾ったトマスのヘルパーロボットとほぼ同じ造形をしている。
ヘルパーロボットは眠そうな目を開け、アムリタに向かってニコリと笑みを作る。
アムリタは、キャー、と言ってヘルパーロボットを抱き締める。
「相変わらず愛想良しね」
「そうね、あまりにも可愛いから、最近は一緒に寝ているの。
だから一緒に来られたのかしらね」
「そういえば、ジュニアもサプリを夢幻郷に持ち込んでいたわね」
エリーはフルートを確かめながら言う。
「そうね、サプリ、大活躍しているみたいよ。
貴方もここで大活躍するのかしら?」
アムリタはヘルパーロボットを目の高さに持ち上げて尋ねる。
ヘルパーロボットは小首を傾げる。
「貴方はどちらかと言うと癒し担当よね……」
アムリタの言葉にヘルパーロボットは右手で頭の後ろを掻く仕草で微笑む。
アムリタはヘルパーロボットをナップザックにしまう。
「さて行きますか」
アムリタは空洞の中の階段を降り、エリーがそれに続く。
階段は薄暗い。
しかし壁は薄く光り、まったくの暗闇というわけではない。
やがて階段は終わり、赤く光る空洞に続く。
空洞の奥に二体の石像がある。
いずれも薄絹を纏った女性を形取っている。
「認証機に辿り着いたわ。
いよいよね」
アムリタはエリーを見て言う。
エリーも軽く頷く。
アムリタは、高さ百二十センチほどの二つの石柱、その上に据え付けられている無地の平たい石板の上に両掌を乗せる。
「一緒に!」
アムリタの声に促され、エリーはアムリタの後ろからアムリタの手の甲の上に自分の掌を重ねる。
――ゴゴゴゴゴゴゴ……
石を擦るような重い音が響き、中央の石の扉は上に持ちあがってゆく。
「認証をパスしたわ!」
アムリタは満面の笑みで歩を踏みだす。
アムリタは開いた扉の奥、通路に歩を進める。
エリーもアムリタのすぐ後ろを駆ける。
エリーが通過した直後、ドカン、という激しい音が響き、石の扉が閉じる。
「エリー! やったわ! 夢幻郷に入れたのよ!」
アムリタは燥ぐように言う。
「ああ! ついに入れた!」
エリーも興奮気味に言う。
「エリー、口調が戻っているわ。
ここから先は振り向いちゃだめよ。
振り出しに戻ってしまうらしいわ。
真っすぐ降りるわよ」
アムリタはエリーに微笑み、通路を先に進む。
エリーも、分かったわ、と言い、アムリタに続く。
通路は直ぐに降りの階段となる。
エリーは右手を振り、空中に文章を綴る。
文章は銀色に輝き、二人の足元を照らす。
また別の文章は階段の先へ先へと進み、やがて消える。
「マーヤ、待っていて頂戴!
すぐに行くからねー!」
アムリタは上機嫌で言う。
階段は長く、どこまでも下へと続く。
しかし二人は速い速度で駆け下りてゆく。
百段、二百段、三百段。
アムリタは嬉しそうに、マーヤ、マーヤ、と歌う。
そのアムリタをエリーの綴る銀色の文章が追い越してゆく。
五百段、六百段。
壁は紫色に照らされ明るくなってゆく。
二人はさらに百段ほど降りる。
階段は終わり、水平な通路へと続く。
通路の先には門が見え、その先に空が広がっている。
「見えたわ、夢幻郷の空よ!」
アムリタは速い足遣いのまま言う。
「アムリタ! 止まって!
誰か居る!」
エリーが叫ぶ。
アムリタが、え? と言って止まったのは夢幻郷のゲートを潜りでた直後であった。
空は異様な紫色に染まり、アムリタは眩しい紫色の光に幻惑される。
アムリタは右手を目の上にあて、目が慣れるのを待つ。
しかし、目が慣れるまでもなく右前方にある岩に座る人影を認識する。
人影まで五メートルの距離はあるものの至近に見える。
「夢幻郷へよく来た。
歓迎するぞ」
人影が声をかける。
低い女性の声だ。
声は頭の中に直接響いているようにも感じる。
アムリタは声の主を見る。
人影は座っていてなおアムリタより遥かに大きい。
立てば二メートルを優に超えるだろう。
アムリタは慣れてきた目でこの大きな人影を見る。
アムリタは知っている。
金糸で装飾された黒い布を纏う目の前の女。
サルナトの尖塔の上で、ジュニアと共に居た女。
つまり蕃神だ。
その蕃神が岩に腰かけてアムリタを見ている。




