第四章最終話(二)幹部昼食会
「ミケとテオ、遅いのにゃ」
サビは呟く。
言葉とは裏腹に然して心配しているようでもなく、鮪と鮭のカルパッチョを堪能している。
サルナトの寺院の一室、ジュニアたちが居間として使っている大きな部屋だ。
ここで昼食会を行う習慣となっている。
昼食会には一連の事件以降ベルデグリやシェーレといったスーン・ハーの幹部たちが同席するようになった。
大きな長いテーブル、窓側の中央にジュニアが座る。
ジュニアの右にサビとチャトラが座り、左にはフリント、レド、マロンの三人の地下鼠が座る。
ジュニアの対面にはラビナが座り、ラビナの右隣りにはスーン・ハーたちが座る。
ラビナの左側はテオとミケの席なのだが今は空席だ。
街の運営に関わる重要な議題は既に終わっていて、雑談が始まっている。
未だ食べているのはサビとチャトラ、それにジュニアの後ろのガストだけだ。
「まあ、いつものようにサンドイッチを持っていくにゃ」
サビはカルパッチョを咀嚼しながら言葉を続ける。
テオとミケは一連の騒動の後、殆どの時間をシャイガ・メールの上で過ごすようになっている。
テオがシャイガ・メールの上でリュートを弾き続けているのだ。
だからミケもシャイガ・メールの上から降りてこないことになる。
ジュニアはロボットにサンドイッチの注文を行う。
暫くしてロボットが蓋つきのバスケットを持ってくる。
中にはサンドイッチとお茶の入った水筒が入っている。
「じゃあ、サビ、悪いけれどこれ、テオとミケに持っていってあげて」
ジュニアはロボットから受け取ったバスケットをサビに渡す。
サビは、口をテーブルナプキンで拭きながら、分かったにゃ、ちょっと行ってくるにゃ、と言って出てゆく。
「ふわわぁ、それじゃ僕もお昼寝してくるのにゃ」
チャトラも欠伸をしながら席を立つ。
「すまないね、チャトラ」
「体質だから仕方がないのにゃ。
べつに気にしていないし、気にしないでもらいたいのにゃ」
チャトラは掌をひらひらさせながら部屋を出てゆく。
二人の地球猫が消え、散会となる。
「じゃ、隣の部屋に行きますか」
ラビナは席を立ちながらジュニアに声をかける。
ジュニアは、そうだね、と応え、席を立つ。
「本当は皆同じ部屋で食事ができれば良いのだけれど」
ジュニアはホースの付いた吸引機で衣服の埃を取る。
「そうね、でも体質だから仕方がないわね」
ラビナも吸引機のホースを受け取り、衣服を撫でる。
ジュニアは隣の部屋を二回ノックし、開ける。
ここは、アルンとソニア、それにパール、シメントの地下鼠たちが昼食をとる部屋だ。
アルンが極度の猫アレルギーであるため、地球猫と同席できない。
だから別室での昼食となっている。
ソニアと二人の地下鼠はアルンに付き合う形となっている。
この部屋でも既に食事は済んでいて、皆お茶を飲みながら談笑していたようだ。
ソニアは笑顔で手を振り、ジュニアとラビナを迎える。
ジュニアとソニアは空いている席に座る。
「なにか問題ある?」
ソニアは訊く。
ジュニアは昼食会での議題や雑談内容を説明する。
「ま、あのでかいのは困りものね。
アムリタもとんだ難題を押し付けてきたものよね。
しかも当の本人はとっとと帰ってしまうし」
ソニアは笑いながら言う。
ロボットが部屋に入ってきて、お茶を給仕する。
ジュニアはお茶を受け取りながら、ほんと大迷惑だよね、と返す。
「だけど、シャイガ・メールって一部では大人気ね。
地球猫たちは皆上で昼寝しているし、例の吟遊詩人も上に昇ったまま降りてこないと言うし」
ソニアはカップを持ったまま席をたち、窓辺まで歩く。
そして目抜き通りに居る巨大なシャイガ・メールを見る。
「テオは光の谷に行きたがっていたのだけれど、案外シャイガ・メールが目的だったのかしらね?」
ラビナはそう言ってお茶を啜る。
「ふーん? そもそもシャイガ・メールって何なの?」
ジュニアもお茶のカップを右手に持ちながら訊く。
「貴方が言ったとおり御神体よ、私たちの。
私は見たことはないのだけれど、形状は途方もなく大きな楕円体と聞くわ。
光の谷の中央に鎮座していて、夢見の力を増幅してくれるそうよ」
ラビナはそこまで言って、アルンの視線に気付く。
「あ、これは極秘事項だった。
皆オフレコでお願いね」
ラビナは両掌を合わせて笑う。
ソニアは、あははは、と笑う。
「アムリタが言うには、人の思念を増幅して伝えることができるらしいよ。
シャイガ・メールは俺のためにも必要だと言っていた。
精神感応、思念伝達のようなことができるということかな?」
ジュニアは思い出したように言う。
「精神感応……、思念伝達……、ふーん?
そういう話は聞かないわねえ」
ラビナは考えるように呟く。
「それはそうと、ジュニア、これからどうするの?」
ソニアはまじめな顔になり訊く。
「え? ああうん、近々には二つ。
シャイガ・メールを光の谷に戻すことと、光の谷の攻略だね。
前者は優先順位、低いかな。
最悪実現できなくてもいいかも。
後者は光の谷まで物資の輸送ラインを伸ばして光の谷の護りを一旦無効化する。
その後にラビナの都合の良い防護システムを構築するよ」
「期間はどれくらいの想定?」
「長くても一週間かな」
「勝算はあるの?」
「光の谷の現状を見てみないと何とも言えないけれど、ここの物資を使えば何とかなるんじゃないかな?」
ジュニアは微笑みながら応える。
ソニアは、ふうん、と言ってお茶を啜る。
「どうしたの?」
ジュニアはソニアに訊く。
「いえね……、私が夢幻郷に来たのはアムリタを殴るため。
そしてこの街に来たのはジュニアの様子をみるため。
アムリタは現実世界に戻ってしまったし、ジュニアは困っていないようだしね。
ここに居る理由はもう無いかな、っと……」
「帰るんだ?」
「うん……、ジャックの防御システムとジュニアの喧嘩、見てみたい気もするけれど、アムリタとエリーを野放しにしていると心配だからね」
ソニアはそう言って、アルンを見る。
「俺も戻るよ。
俺は猫たちと一緒に行動できない。
足手まといになるからな」
アルンはラビナに向かって言う。
「ニーナには合っていかないの?」
ラビナは寂し気にアルンに訊く。
「ああ、このまま帰る」
アルンの返事は短い。
「どうやって帰る?
船? それともナイ・マイカ経由?」
ジュニアは訊く。
「ナイ・マイカ経由だな。
地下鼠の友人たちが準備してくれている」
アルンは応える。
「うん、分かった。
自動二輪車を用意しているんだ。
オフロードタイプのやつ。
使いなよ。
ナイ・マイカまでは一部未舗装だけれど一応、道を付けたんだ。
ゆっくり走っても小一時間で着くはずだよ。
これからここに来るときは自動二輪車で来るといいよ」
「自動二輪?
俺は乗ったことないぞ」
アルンは嫌そうに応える。
「大丈夫、半自動運転装置と安全装置付きでコケないしぶつからないようになっているから。
時速三十キロまでしかでないし安全だよ」
ジュニアは誇らしげに応える。
「ジュニアの速度制限って安全方向に振りすぎていると思う」
ソニアはつまらなさそうに呟く。
「いつ出発するの?」
ラビナは訊く。
「今から準備して整い次第、すぐ」
ソニアは即答する。
アルンも頷く。
パールとシメントもコクコクと頷いている。




