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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第四章 第三話 魚好きの女将(おかみ)さん ~Fish-Eater the Ma'am~
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第四章第三話(十七)四百年後の世界

 ――ダンッ!


 飛空機の中、後部座先の更に後ろから激しい音がする。

 飛空機は数メートル沈む。

 シンは慌てて高度を保つべくエンジンの出力を上げる。


「アイスナー先生!

 お疲れ様です!」


 トマスは操縦士席の背もたれを抱きかかえるようにして振り向き、(うれ)しそうに言う。

 ノーマも後部座席から後ろに振り向く。

 そこには茶色いフード付きのマントを着た女性、エリーがいる。

 フードは被ってなく、黒灰色の不思議な色をした髪が背に流れている。

 マントの下は黒いワンピース、足元は黒いブーツを履いている。

 エリーの顔立ちは相変わらず、美しい。

 しかし明らかに一か月前に比べて痩せている。

 (ほお)が削げているのだ。


「だ、大丈夫ですか?」


 ノーマはエリーを支えるべく席を離れる。

 そして副操縦士席後ろの席にエリーを座らせる。

 エリーの肩には小さなパイパイ・アスラの部分が座っている。


「有り難う。

 さすがに疲れました」


 エリーは、はっきりとした口調で応える。

 ノーマは水筒からコップに水を汲み、エリーに差し出す。

 エリーは、ありがとう、と礼を述べ、コップの水を(あお)る。


「えっと、お(なか)はすいていませんか?

 レーションか乾物しかありませんけれど」


「ああ、助かります。

 頂きましょう」


 エリーはノーマの差し出すレーションを受け取る。


『私は干し魚がいいな。

 ねえノーマ、干し魚はないのかしら?』


 パイパイ・アスラの小さな部分がねだる。


「あ、はい、ありますよ。

 旦那さんが女将(おかみ)さんにって用意しているものがあります」


 ノーマは荷物を広げる。


『ああ、ノーマ、トマス、有難う』


 パイパイ・アスラの小さな部分はノーマの差し出す包みを開ける。

 そして中にある畳鰯(たたみいわし)の束をとりだす。


「今日の昼に(あぶ)ってありますからそのまま食べられますよ」


 ノーマが説明するより早く、パイパイ・アスラの小さな部分は畳鰯(たたみいわし)(かじ)りついている。


『それはそうと、エリー!

 完封できなかったわね!』


 パイパイ・アスラの思念が悔しそうに(ひび)く。


「ああ。

 (かず)約四千、目方(めかた)にして二十五キロほど漏らしたな。

 細かすぎて追いきれなかった」


 エリーは後部座席に座ったまま応える。


『うーん、まあでもあそこまで弱体化できたのなら目的は達せられたわね。

 当分のあいだ元の力を取り戻すことは無いわ。

 一つに戻るだけでも百年はかかるはず』


 パイパイ・アスラは励ますように言う。


「そうだな、当面海底側は静かになる。

 というか、共闘して北極の目を(たた)く道は本当になかったのか?」


 エリーは(いぶか)()にパイパイ・アスラに訊く。


『そうねぇ、お勧めできないわ。

 向こう数百年かは北極の目よりあの大蛸(おおだこ)(あるじ)ほうが人類にとって脅威でしょう?

 数百年に渡ってエリー、貴女が一人であいつを抑え続けるなんて無理よ。

 災いの芽は摘んでしまったほうが良いのよ。

 それに私はあの大蛸(おおだこ)大嫌(だいっきらい)いなのよね。

 人間をあんな姿にして、もとに戻すのにどれだけ苦労したか、貴女も分かっているでしょう?』


 パイパイ・アスラは糾弾するようにエリーに言う。


「分かっている……。

 分かっているよ、パイ。

 あの姿の人間を元に戻せるとは思わなかった。

 パイ、君は凄い。

 君の怒りは当然だと思うし、君が怒ってくれていることに感謝している。

 しかし四百年後には北極の目の封印は解けてしまう。

 たしかに海底のアレは人間には斟酌(しんしゃく)しないかもしれない。

 しかし古くからの地球の住人ではある。

 地球を砕こうというわけではないんだろう?」


 エリーは自信無さ()に言う。


『そうね。

 でも悪魔との取引になるわよ。

 ……まあ、地球の未来に関してはエリー、貴女たちが決めれば良いわ。

 いずれにしろ大蛸(おおだこ)は無力化してしまった。

 復活は数百年後の話になるわね。

 そんな先のこと、私には責任持てないわ』


 パイパイ・アスラは優し()に、しかし突き放すように言う。


「アイスナー先生! 貴女は四百年後の世界が見えるのですか?

 四百年後の地球はどうなるのですか?」


 トマスは朗らかに、勢いよくエリーに問いかける。

 エリーは操縦士席の背もたれを抱きかかえるトマスを緩慢(かんまん)に見る。


「……確かなことは分かりませんが、北極の目の封印が恐らくは解放されてしまうことになるでしょう。

 それにより地球は壊滅的な被害を(こうむ)ります」


 エリーは言葉を選ぶように応える。


「アイスナー先生! 貴女は四百年後の世界から来たのですね?」


 トマスは破顔して訊く。

 エリーは一瞬戸惑ったような表情を見せる。

 しかしすぐに表情を消す。


「そうですね。

 かつて私は四百年後の世界に居ました」


 エリーは応える。


「ああ、そうなんですね!

 時は超えられるんだ!

 時を(さかのぼ)ることは可能なんだ!

 時間と空間は等価なんだ!」


 トマスは感極まったように叫ぶ。


「シャルマさん、私は時を(さかのぼ)る方法を知っているわけではありません。

 私は意図して時を(さかのぼ)ったわけではないのです。

 私にとっては事故のようなものです」


 エリーの口調な事務的なものになる。


「それはアイスナー先生、貴女が特別だから!

 特別な人だから時を(さかのぼ)れたんですよ!

 時を(さかのぼ)る必要があったから(さかのぼ)ったのですよ!

 僕は時を(さかのぼ)る方法を知りたい!

 ヒントはあったのですよ!

 でも僕は時を(さかのぼ)らない!

 僕に時を(さかのぼ)る必要はないのだから!」


 トマスの目に涙が浮かんでいる。

 エリーは口を閉ざしたまま応えない。


『トマス……』


 パイパイ・アスラは興奮するトマスを気遣うように呟く。


「ああすみません、お疲れですよね。

 パイ、帰ろう。

 大陸南方沿岸の基地で一泊してから帰るのでどう?」


 トマスはパイパイ・アスラの小さな部分に向かって言う。


『ええトマス、そうしましょう。

 エリーの消耗も激しいことだし。

 エリーもそれで良いわね?』


 パイパイ・アスラは朗らかに応える。


「ああ、正直疲れた。

 ここで寝かせてもらうよ」


 エリーは席の背もたれを倒して寝そべり、左窓のほうを向いて目を閉じる。

 その姿は会話の終わりを宣言しているように見える。


 シンは飛空機の高度を上げ、飛空機を北に向かって回頭させる。

 エンジンの出力が上がり、大きな音をたてる。

 パイパイ・アスラの小さな部分は操縦士席に座るトマスの肩に移動する。


 太陽は西の水平線に沈み、雲を茜色(あかねいろ)に染める。

 飛空機は加速してゆき、北の空に消えてゆく。

第四章 第三話 魚好きの女将おかみさん 了


続 第四章 最終話 光の谷の記憶

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