第四章第三話(十六)殲滅(せんめつ)の光
蛸に似たクリーチャーに負けず劣らず巨大な体躯のクリーチャーが見える。
右回りに旋回する飛空機の進行方向先、銀色に光る球の外側にだ。
「パイ!」
トマスは愛しき妻を見て、名を呼ぶ。
激しい水飛沫の中、幻想的に浮かび上がる巨大な山。
巨きい。
大きいと思われた、ダッカのパイパイ・アスラはほんの一部であることが判る。
この姿がパイパイ・アスラのほぼ全体なのだろう。
パイパイ・アスラの全体は千メートル上空からでも確かな存在として見える。
飛空機は銀色に光る球の先、パイパイ・アスラを更に回り込むように位置を変えつつ高度を上げる。
パイパイ・アスラの巨体から飛空機に向かって触手が伸びる。
触手は飛空機の周りに展開され、飛空機を優しく包む。
『トマスー! 来たのね! 待っていたわ!』
パイパイ・アスラは言う。
「パイ! 僕は来たよ!
この地球の命運を決める君とアイスナー先生の戦いを見にきたんだよー!」
『うんうん、来ると思っていたわ。
それにシンにノーマ!
トマスを連れてきてくれてありがとう!』
パイパイ・アスラは嬉しそうに言う。
『でもね、残念だけどそんなにドラマティックな戦いにはならないわよ。
罠にかかった大蛸の解体ショーをお見せできるだけ』
パイパイ・アスラは気軽そうに付け加える。
「それはそうと、パイ、大きくなっていない?」
トマスは素朴な疑問を口にする。
『キャー! ふふふ、太ってなんかいないから。
目の錯覚だから!』
パイパイ・アスラは否定する。
確かにパイパイ・アスラが相対している銀色に光る球体に比べて、パイパイ・アスラは小さい。
光る球体の中の蛸に似たクリーチャーよりもやや小さい。
しかし小さいパイパイ・アスラが蛸のクリーチャーを圧倒しているように見える。
トマスはその理由を見つける。
パイパイ・アスラは幾重もの触手を伸ばし、銀色の球体の更に上に何かを差し上げている。
光る小さな球体。
その中になにかが見える。
「アイスナー先生だ!
アイスナー先生があの小さな球体の中に居る」
トマスは指さしながら叫ぶ。
トマスの指さす先、小さな銀色の球体の中に眩く輝く人型の小さな影が見える。
それは確かにエリーに似ていた。
影はまるで楽曲を指揮するように右手を翳し、振っている。
――ないある・らいあす・おる・まいのす
――ないある・ないある・いる・まいないす
鯨の背の合唱は続く。
巨大な銀色の球に、いくつもの大きな五角形と六角形が浮かぶ。
一つの六角形が激しい閃光を発する。
光は中に居る大蛸のクリーチャーを射抜く。
――オオォン
大蛸のクリーチャーは激しく身悶える。
しかし、銀色の巨大な球に動きを制限されている。
次々に光る六角形からの激しい閃光に成す術もなく貫かれる。
――グオォォ
巨大な銀色の球体内では激しく波立ち、水飛沫というには激し過ぎるうねりが中に居る大蛸のクリーチャーを隠す。
しかし次々に別の六角形が激しい閃光を発し、中に居る大蛸のクリーチャーを射抜き続ける。
『ちょっと待った!
降参! こうさーん!』
パイパイ・アスラではない、別の思念がトマスたちにも感じられる。
『耳を貸してはだめよ! エリー!』
パイパイ・アスラの思念が叫ぶ。
『我らはお前らの敵の敵だ!
お前らだけで北極の目は潰せないだろう?
手を結ぼう!』
謎の思念が響き渡る。
巨大な銀色の球体を覆う六角形からの閃光が止む。
『エリー! この者たちは人間の都合など斟酌なんかしないわよ!
先ずこの者たちを無力化しないと次の敵に相対すことなんてできないわ!』
パイパイ・アスラの思念の叫びが響き渡る。
巨大な銀色の球の中、同じく銀色に光る触手がトマスたちの飛空機に向かって鋭く伸びる。
巨大な銀色の球の外側、トマスたちの飛空機を守るように円盤が幾重にも発光する。
同時に巨大な銀の球の表面に浮かぶ六角形から激しいい閃光が幾重にも発光する。
――ドガガガー、バシャーン!
巨大な銀の球の中は激しく輝き、最早中の状況は窺い知ることができない。
『しまったわ、エリー!
反対側の守り、僅かだけれど穿たれたわ』
パイパイ・アスラが残念そうに言う。
巨大な銀の球の表面は再び六角形からの閃光に包まれ、次第に半径を縮めてゆく。
巨大な銀色の球は次第に球ではなくなり、中央の膨らんだ巨大な円柱に形を変える。
巨大な円柱は尚も激しく閃光を発し続ける。
円柱の中はもはやクリーチャーの姿は見えない。
小さな銀の球はパイパイ・アスラによって巨大な円柱の上に差し上げられる。
銀の球の中に光る人影、エリーは右手を翳し、空中に何か文章を綴っている。
鯨たちは一つの大きな群れとなって巨大な円柱に周りを時計回りに周回している。
――わいで・わいで・おる・じゅぴのす
――さいある・きるらす・くたる・まいないのす
――さいある・さるのす・くたる・まいないのす
鯨たちの背の巨大な禍々しい口からの詠唱は続く。
――さいなる・ないある・おる・るめす
――わいで・わいで・いる・めりとす
銀色の円柱は細くなり、代わりに大きな銀色に輝く円盤が円柱の上に現れる。
――ないある・らいあす・おる・そむにある
――わいで・わいで・おる・まいす
――さいなる・ないある・おる・るめす
――わいで・わいで・いる・めりとす
銀の円盤はゆっくりと下がり、円柱の上から覆い被さる。
銀色の円盤が通過した後には円柱は消え失せる。
まるで銀色の円盤が円柱を食べてしまっているように。
――おるでらん・まいならん・おる・わいで
――らいあす・ないあす・いる・てらら
銀色の円柱は銀色の円盤により丈を失ってゆく。
そして銀色に輝く円盤は海面を超えて海の下に沈んでゆく。
――ないある・さいなる・おる・わいで
――ないある・らいあす・ぱいぱい・あすら
長く続いた鯨たちの詠唱はここで終わる。
パイパイ・アスラの触手に差し上げられていた小さな銀の球、エリーは尚も空中に右手で何か文章を綴っている。
エリーのいる小さな銀の球から幾つもの閃光が発せられる。
エリーの下を泳ぐ鯨の背の禍々しい口が消えてゆく。
同時に鯨の群れは周回の円を離れ泳ぎ去ってゆく。
エリーのいる小さな銀の球はパイパイ・アスラの触手により鯨の周回の円を反時計周りに移動してゆく。
エリーの移動に伴い、下の鯨たちは周回の円から去ってゆく。
『鯨さーん!
ありがとうねー!』
パイパイ・アスラの思念が朗らかに響く。
パイパイ・アスラの巨体から大きな触手が伸び、鯨たちとの別れを惜しむように振られる。
然して時間がかからず、鯨たちの群れは海面下に潜りゆき、すべて消える。
後にはパイパイ・アスラの巨体と、パイパイ・アスラの触手に差し上げられている銀色の小さな球体が残る。
「シン! アイスナー先生の近くに寄せて!」
トマスは双眼鏡で下を見たまま言う。
シンは飛空機の高度を下げ、小さな銀の球、エリーの元に寄せる。
エリーは首を振り、飛空機を見る。
右手を翳し、振る。
エリーの足下に輝く円盤が現れ、エリーはその中に落ちてゆく。




