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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第四章 第三話 魚好きの女将(おかみ)さん ~Fish-Eater the Ma'am~
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第四章第三話(八)帰省旅行

 ――崩壊歴二百二十二年の六月十六日午前七時十分


 ――ゴオォォー


 飛空機は東へ飛ぶ。

 操縦しているのはシンだ。

 ノーマが副操縦士席に座って後ろを気にする。


「どうしたんだ? さっきから」


 シンは前を見たまま訊く。

 ノーマはどう応えようか迷う素振(そぶ)りを見せる。


「つーか、大丈夫だよ、トマスの(かみ)さんは乗っていないぞ」


 シンは軽い口調で言う。


「ひっ、そんな、別に女将(おかみ)さんが乗っていても全然、問題ないのよ」


 ノーマは真顔で否定する。


「あははは! 警戒しすぎ。

 トマスが今回は二人だけになるけれどよろしく、って言っていたから大丈夫だって。

 実際のところ、トマスはかなりノーマ、おまえさんのこと心配しているんだぜ?」


 シンは陽気にノーマに語りかける。


「旦那さんが? 何故私を?」


「そりゃ、(おび)えているのが判るからだろう」


「――!」


 シンの言葉にノーマは息をのむ。


「だから大丈夫だって。

 ここにトマスの(かみ)さんは居ないし、仮に居たってトマスの(かみ)さんはそんな小さなこと、まったく意に介さないから」


 シンはノーマの顔を横目で見て微笑む。


「シンは相当女将(おかみ)さんのこと、買っているのね……

 女将(おかみ)さんってなにものなの?」


 ノーマは後半、小声になりながら訊く。


「トマスが言うには宇宙人?」


「う、宇宙人……」


 ノーマは訊かなければ良かったというように口の中で復唱する。


「なんでもうしかい座のイプシロン星の惑星から来てもらったんだとか……。

 いやごめん、俺も本当のことはまったく分かっていないんだ。

 トマスに訊いてみなよ。

 きっと凄く詳しく教えてくれるよ」


「え? ええぇ?

 直接訊くのは(はばか)れるというか訊くのが怖いというか……。

 そこまで知りたいわけでも無く……」


「まあ、そうだな。

 世の中には知らないほうが良いこともありそうだからなぁ」


 シンは笑いながら同意する。


「だが、宇宙人であれなんであれ、話してみると凄く常識的なおばちゃんみたいなんだよな。

 公平で慈悲深いし、世話焼きでユーモアもあるし、気前も良い。

 全然怖いことはないぞ?

 あ、おばちゃんって言ったのは内緒な。

 さすがに怒るかもしれん」


 シンは笑いながら人差し指を唇の前に立てて笑う。


「あはは、言ってやろう、って言えるわけないか」


 ノーマは思わず笑ってしまう。


「まあ、分かってはいるのよ、女将(おかみ)さんに害意も悪意もないってことは……。

 そうね、シン、貴方のいうとおり女将(おかみ)さんはスケールの大きな(かた)だわ。

 スケールが大きすぎるから、私みたいな小さな人間は間違って踏みつぶされそうで、(おび)えているのだけれど……。

 バースモルドの景気が戻ったのは女将(おかみ)さんのおかげよ。

 街の(みんな)も多かれ少なかれ感謝しているわ。

 女将(おかみ)さんはずっとは魚を取り続けないって言っているから、教育的でもあるし」


 ノーマはやや元気が出たように言う。


「ふーん?

 トマスの(かみ)さん、いつか居なくるって言っているんだ?」


 シンはノーマの言葉尻に興味を示す。


「え? 別に居なくなるとは言っていないけれど。

 私の父の予想ではバースモルドの街の人があまり女将(おかみ)さんに頼りすぎると良くないから、自分が居なくても生活できるようにしなさいという指導ではないかって。

 父は女将(おかみ)さんに傾倒しているの。

 だから私は売り渡されてしまったのだけれど……」


「あはは、()いおとうさんだな。

 バースモルドでもトマスの(かみ)さんのファンって多いのか?」


「うーん、一割弱ってところかな?

 その他は敬して遠ざけろって感じで……。

 あ、これ内緒でお願い」


「あはは、言ってやろう。

 てか言えるわけがないな。

 ノーマ、おまえさんは残りの九割なわけだ」


「酷く(おび)えているほうの一割よ。

 多くの人はそこまで接点がないから」


 ノーマは首を(すく)め、シンに笑いかける。

 シンは笑う。


「それはそうと、どうもありがとう。

 折角のお休みに送り迎えなんて、本当に申し訳ないわ」


「ん? それは全然構わないよ。

 トマスが俺に頼みごとをするなんて凄く珍しいんだ。

 俺は(むし)(うれ)しいね。

 おまえさんやトマスの役にたてることが。

 残念なのはこの飛空機はトマスのもので、毎週は送ってやれないことかな」


 シンは本当に残念そうに言う。

 ノーマは思わず笑ってしまう。


「シンと旦那さんは仲が良いのね」


「まあな。

 ガキの頃からの付き合いなんだ。

 あいつ、十代前半でご両親を亡くしててね。

 そのうえ、体調も良くないらしい。

 俺ら(みんな)心配しているんだよ。

 まあ、今は(かみ)さんがいるから大丈夫だと思うけれど、でも今日は(かみ)さんも調子が悪いみたいなんだよなぁ」


 シンは心配そうに言う。


「え? 女将(おかみ)さん調子が悪いんですか?」


「あれ? 聞いていないのか?

 (かみ)さん、今日来なかっただろう?

 なんか寝込んでいるみたいなんだよ」


「ええ? それじゃ、帰省している場合ではないのでは?」


 ノーマは(おどろ)いて訊く。


「別に介助する人は他にいるから大丈夫だよ。

 何かあれば俺の妹がカルザスの医者の所にバギーで連れていくことになっている。

 心配はまったく不要だよ」


 シンはノーマを安心させるように言う。

 でも、トマスの(かみ)さんが体調を崩すなんて吃驚(びっくり)だよなぁ、と付け加える。

 ノーマは激しく首を縦に振る。


「今日、女将(おかみ)さんが見送りに来なかったのはそんな理由があったのね。

 知らなかったわ」


「見送りって、多分体調がよかったら付いてきていたんじゃないか?」


 シンの軽口にノーマは、ええ? と(おび)える。

 シンは、(うそ)うそ、冗談だよ、と茶化す。

 ノーマは(ふく)れる。


「それはそうと、俺はバースモルド、初めてなんだ。

 どんな街なんだ?」


 シンは話題を変える。


「漁港の街よ。

 魚の水揚げと水産物加工で成り立っているわ。

 人口は十万人くらい。

 周辺の中核の街という位置づけで、比較的活発な街よ。

 観光も一応できるかな?

 ボクシングの興行とかもあるらしいわね。

 私は良く知らないのだけれど。

 海の(そば)に街が広がっているんだけれど、最近は女将(おかみ)さんの指導で小高い丘陵地に街を移しつつあるんだって」


 ノーマの言葉には最初の緊張はなくなっている。


「トマスの(かみ)さんの指導?

 そりゃまたどうして?」


「なんでももうすぐ大きな津波が来る可能性が高いんだとか。

 確かにここ数十年、大きな津波は無かったからそろそろ来てもおかしくはないのよ。

 街のお偉いさんは、女将(おかみ)さんの指導に従って施設を高いところに移しているの。

 街の(みんな)も小高い場所に引っ越ししているそうね。

 うちも転居したって聞くわ。

 だから私も自分の家に帰るのは初めてね。

 正直不便になるけれど、津波が来ると言われると、命と引き換えにはできないから」


 ノーマは風防越しに風景を見ながら応える。


「トマスの(かみ)さんは予言もするのか?」


「さあ? 星辰(せいしん)がどうとか難しい話を街のお偉いさんと話しているのを聞いたことがあるけれど、私には良く分からなかったわ。

 海は女将(おかみ)さんのテリトリーだから何か根拠があるのかも知れない」


「ふーん? 津波ねぇ?

 大きな地震が来るのなら、バースモルドだけの話にはならないと思うけれど」


 シンは心配そうに(つぶや)く。


「ああ、それは女将(おかみ)さんも言っていた。

 沿岸の住人全員に伝えるのが大変だって。

 少々乱暴な方法も仕方がない、とか。

 女将(おかみ)さんが手段を選ばずに沿岸の住人を海辺から丘に追い立てたら怪談よね?

 死ぬよりはマシでしょうけれど、心に傷を負うことになると思うな」


 ノーマはシンを見て微笑みながら言う。

 シンは、そうだよなぁ、と応じる。


「それはそうと、海が見えたぞ」


 シンは風防の先を指さす。

 山間から青い海が見える。


「この高さから見ると景色がいいわね。

 あの峠、バギーでも結構大変なのよ」


 ノーマは眼下の風景を見る。

 飛空機は速い速度で飛び、海辺の街に近づく。


「バースモルドの街には飛空機を停める決まった所はないの。

 海岸でも良いし、街の広場でも問題ないと思うわ」


 ノーマは飛空機を停める場所を思案する。


「にしても人気(ひとけ)がないな?

 いつもこんな感じなのか?」


 シンは遠慮がちに訊く。

 飛空機の窓からは人っ子一人見つけることができない。


「いつもはこの時間なら、海岸や街に人が(あふ)れているのだけれど……」


 ノーマも不思議に思う。


「海岸って言っても、ずいぶん広いな」


 シンは(つぶや)く。


「え? ええ!」


 ノーマは海岸であるはずの場所を見て驚く。

 (はる)か沖と思われる場所まで水がなく、海岸が広がっている。


 かつて海岸であった所を見ると、一人の女が飛空機に向かって立ち、頭上で、ダメだ、というように両手を交差させている。

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