第四章第三話(三)稼業の相談
「本当に半日仕事なんだよね」
トマスはトマスの肩に乗る二十センチほどのパイパイ・アスラの小さな部分に語りかける。
昼の一時過ぎ、トマスとパイパイ・アスラはカルザスの街の目抜き通りを歩く。
トマスはパイパイ・アスラのインターフェースと小さな部分と連れ添い、カルザスの街の目抜き通りを歩く。
パイパイ・アスラは、お疲れ様、と機嫌よさげに応える。
「遅くなったけれどお昼はピザで良い?」
トマスは飲食店の一つを指差しながら訊く。
パイパイ・アスラのインターフェースは、うんうん、と頷く。
それに合わせるように、パイパイ・アスラの小さな部分も、うんうん、と頷く。
トマスはパイパイ・アスラのインターフェースの手をひき、店に入る。
「パイは魚介系がいいんだよね?」
トマスは鱈と鰯のピザ、夏野菜にスープを注文する。
『地球の魚は異常なほど美味しいわね。
生でも美味しいけれど焼いても凄く美味しいわ』
パイパイ・アスラのインターフェースは幸せそうな顔で鱈のピザを頬張る。
柔らかそうな頬が膨らみ、小さな口が咀嚼のために動く。
パイパイ・アスラの小さな部分はテーブルの上でピザと格闘する。
「トッピングに蛸を乗せたんだ」
トマスもピザを啄む。
『うん? この吸盤、蛸と言うの?
海にこれの大きなのが居たわ。
白地に赤と青の模様があって、大きさは三十メートルくらいあったわ』
パイパイ・アスラのインターフェースと小さなの部分は、同期するように蛸を齧る。
「へぇ? 三十メートル?
ミズダコかなあ?
そんなに大きな個体がいるんだ」
トマスは感心するように言う。
「あった、と過去形なのは食べちゃったから?」
トマスは恐るおそる訊く。
『あらやだ、そんなわけないじゃない、挨拶しただけよ。
私が手を振ったら逃げちゃったの、おほほほ』
パイパイ・アスラは朗らかに応える。
『でも、焼いた蛸、たしかに美味しいわ。
食感も面白いし』
インターフェースは蛸を味わう。
「でしょ?
蛸もピザに合うよね」
トマスもトッピングの蛸をフォークでつつき、齧る。
『一度茹でて、それから焼いているのね?
これがピザね?
小麦粉を水で溶いて練って焼き上げたもの。
確かに合うわね、これなら自分でも作れそう。
任せて、蛸、今度捕まえてくるわね。
小っちゃいやつ、沢山』
パイパイ・アスラのインターフェースは、むしゃむしゃ、ピザを食べる。
パイパイ・アスラの部分もピザに齧りつく。
トマスはその光景を愛おしそうに見る。
「なにゆえにちっちゃいやつ?
一度湯に潜らせるのは殺菌の為でもあるんだよ。
蛸もあまり日持ちしないんだ。
いっそ烏賊を取ってきて天日干しにしたら?
塩水に漬けて天日で干すんだ。
蛸の干物もあるし、魚も干物にすると美味しいよ?」
『この店ではどうやって魚を保存しているの?』
「塩漬けだね、干物の一種だよ。
高濃度の塩分で浸透圧を高くすると水分がなくなる。
微生物は原形質分離を起こすから発育できなくなるんだ。
その間にね、蛋白質が分解して、味も独特なものに変化するんだよ。
寧ろ生よりも美味しくなるという人も居るよ。
鱈も鰯も、どちらもピザに合うよね?」
トマスはピザを齧りながら言う。
パイパイ・アスラのインターフェースは、うんうん、と咀嚼しながら頷く。
『なるほどなるほど、干物ね。
生の魚は腐敗して悪臭を放つから、これからは塩漬けか干物にするわ』
パイパイ・アスラは先日、大量の魚を新居の共同住宅に持ち込んだ。
魚自体は既にパイパイ・アスラが食べてしまったが、新居は今でも少し生臭い。
パイパイ・アスラはその臭いを気にしている。
「え? 冷蔵庫と冷凍庫を用意するから、生でも大丈夫になる予定だよ。
大きいやつ作るね」
トマスは、魚屋になれるね、と微笑みながら付け足す。
『散財させることになるから遠慮するわ。
エコじゃないし。
運んでいる間に腐っちゃうからあまり現実的でもないしね』
パイパイ・アスラは優しく応える。
「なんなら海の近くに住もうか?
僕はそれでも良いよ?」
トマスは優しい笑顔で提案する。
『あはは、有難うトマス。
でも別に私、お魚食べなければ生きられないわけではないのよ?
ちょっとの小麦とお芋でも十分に生きていけるから。
私の大部分は海に居て、お魚を食べているわ。
トマスはダッカに住むべきよ。
私は好きよ、ダッカの街。
明るい街だわ。
カルザスも近いし、古代遺跡からもそんなに離れていないし』
パイパイ・アスラは歌うように言う。
それに……、とパイパイ・アスラのインターフェースはトマスを上目遣いに見る。
『私、魚介類の干物好きよ。
塩漬けも大好き。
気に入っちゃった』
パイパイ・アスラのインターフェースはトマスを見たまま微笑む。
「うん? うん、良かった、口に合うものが有って。
でも、魚介類の塩漬けは、こういった専門の店でしか食べられないんだよ。
干物もあんまり流通していないんだ。
作るにしても、ダッカの街まで鮮魚を運ばないと干物にはできないし……。
って、まさか海岸で干物にしてダッカまで運ぶつもり?」
『んふふふ、塩田と干物小屋を作るわ。
作り方を教えてくれる?』
パイパイ・アスラは楽しそうに言う。
「そうかー、流石女神さまだね。
考えることのスケールが大きいや。
なんか本格的になりそうだね。
楽しみだ」
トマスもにこやかに応じ、スープを啜る。
『魚屋と言うよりは、目指すは乾物屋ね!』
インターフェースは目を細めて笑う。
パイパイ・アスラの小さな部分は人間に模した形を作り、手を腰に当てたポーズを作る。
『こんなに美味しいんだから、私たちだけで食べるんじゃ勿体ないわ。
ぜひ街の人に食べてもらいましょうよ』
パイパイ・アスラは幸せそうな声で言う。
「あははは、そうだね、そのとおりだね。
君と一緒にカルザスに来て、本当に良かった。
まさかピザ屋で稼業の事業計画を相談することになるとは夢にも思わなかったけれど。
うん、乾物屋をやろう。
楽しそうだ!」
トマスは笑う。
『うん、私も楽しみ。
塩漬けや干物、たくさん食べられたら幸せよね、きっと。
街のみんなもきっと喜んでくれるわ!』
パイパイ・アスラは嬉しそうに言う。
食事を終え、トマスとパイパイ・アスラのインターフェースは店を出る。
トマスの肩にはパイパイ・アスラの部分が乗っている。
『カルザスって、大きな街ね。
ねぇ、トマス。
私、この街で少し服とか、雑貨とか買い物をしたいわ』
パイパイ・アスラはトマスにねだる。
「ああ、そうだね。
服とか買い揃えなければね。
見に行こう!」
トマスは朗らかに応える。
『有難うトマス。
でも、今日は通院で疲れたでしょう?
私一人で見て回るわ。
どうせインターフェースが居ればそれで事足りるし、インターフェースを残していっても良いかしら?』
「え? 一人で大丈夫?」
『大丈夫よ。
今、少し大きめの私の部分がこちらに向かっているわ。
今日、帰られれば帰るし、帰られなくても宿屋に泊まることにするわ』
パイパイ・アスラはなんでも無いことのように言う。
「うん、分かった。
でも泊まるとしたら、できるだけ早めに宿に入ってね。
カルザスは安全な街だけれど、それでも夜の女性の独り歩きは物騒だからね。
お金、今持っているだけで足りる?
もう少し渡しておくよ」
トマスは持っているお金をすべてパイパイ・アスラに渡す。
『ありがとうトマス。
インターフェースの服と、私の偽装用の服を中心に見て回るわ』
パイパイ・アスラは嬉しそうに言う。
トマスたちは街外れのバギー置き場に着く。
トマスはバギーに乗り込む。
トマスの肩にはパイパイ・アスラの小さな部分が乗っている。
「それじゃ、パイ、行くよ!」
トマスはバギーを発車させる。
パイパイ・アスラのインターフェースはにこやかに微笑みながら小さく手を振る。
パイパイ・アスラのインターフェースの手は、いつまでも振られ続ける。




