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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第四章 第二話 古代遺跡の双子の塔 ~The Twin Towers of the Ancient Ruins~
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第四章第二話(九)自慢の娘たち

「ふーん、恒星間旅行かー。

 夢が壮大でいいわねえ。

 でもさー、先ずは静止衛星軌道くらいから始めようよ」


 リリィは、トンッ、とアムリタの背中を(たた)く。

 ジャックも、そうそう、と笑う。


「うんそうね……、でもどうせならもう少し先に行きたいかな?」


 アムリタはエリーの顔を見ながら言う。

 エリーも(うなず)く。

 ジャックとリリィは怪訝(けげん)そうな顔をする。


「私たちは月軌道に行きたいの。

 地球・月の限定三体問題の平衡(へいこう)解、正三角形解、月の公転方向側」


 エリーはジャックを見ながら言う。

 ジャックは、まじまじとエリーを見る。


「パイが言っていたの。

 そこにトマスたちが旅に不要なものを置いてきたんだって」


 アムリタがエリーの言葉を引き継ぐ。

 (しばら)く皆無言となる。


「……へえ?

 確かに何かを長期間置くには適している場所だけれど、月軌道は遠いよ?

 燃料を集めるだけでも一苦労だね」


 (しば)しの沈黙のあと、ジャックは言う。


「限定三体問題の平衡(へいこう)解って何かしら?」


 アムリタはジャックに訊く。


「うわあ、それを僕に訊く?

 それを僕に説明させると一晩語り()くすよ?

 付き合う覚悟はあるんだよね?」


 ジャックは(おど)けるように言う。

 アムリタは、え? 簡単に(まと)めてもらえると助かるのだけれど、と言うが笑みは引きつっている。


「ふーん、残念。

 じゃあ、簡単に。

 互いに重力の影響を及ぼしあう三つ以上の物体の動きって、複雑すぎて代数的に軌道計算ができないんだ。

 だから三体問題っていうんだけれどね。


「でも、地球と月と人工衛星のように夫々(それぞれ)質量の差が明確にあるという限定を加えた場合、人工衛星が安定的な軌道を描くポイントが五つあるんだ。

 それが限定三体問題の五つある平衡(へいこう)解」


 ジャックは地面に地球を示す点を描き、月軌道を描く。

 そして月軌道上に月を示す点を描き、五つの点を付け加えてゆく。


「そのうち、特に安定的なのが、月の公転軌道上で地球と月と人工衛星が丁度(ちょうど)正三角形になる二つのポイント。

 六十度の角度をもって月を追いかけるように地球を公転する軌道か、月から逃げるように地球を公転する軌道か、だね」


 ジャックは図に、地球と月と等距離に離れた月の公転軌道上の点、二つを強調する。


「面白いことにこの二つの軌道は少し位置がずれても勝手にもとに戻る力が働くんだ。

 他の平衡(へいこう)解ではいったん位置がずれると、ずれはどんどん大きくなるところが違う」


「ああ、なるほど。

 だから捨てたくはないけれど置いていかなければならないものを置くのには最適ということね」


 ジャックの説明を聞き、アムリタは納得したように(つぶや)く。

 ジャックは、そうそう、とよくできた生徒を()めるように言う。


「まあ、太陽とか、他の天体の影響は無視できないからどこまで安定的かはシミュレートしてみないと解らないけれどね。

 特に二つの正三角形解は摂動(せつどう)(他の天体からの重力による攪乱(かくらん))に強い反面、ここに置いた小天体は広大な範囲で揺れ動くから見つけることは容易じゃないよ。

 ところで、パイはそこに何を置いてきたと言っていたの?」


 ジャックはついでのように訊く。


「旅に不要なもの?

 トマスの本も、って言っていたから他にもあるんだと思うわ」


 アムリタは思い出すように応える。


「へえ、本?

 何の本?」


 ジャックの質問に、アムリタはエリーの顔を見る。


「多分、魔導書よ」


 エリーは応える。


「魔導書……」


 ジャックは小声で復唱する。


「パイは、トマスの本、大事にしてね、って言っていたわ」


 アムリは付け加える。


「ふうん。

 それにしても君たちは密度の濃い経験をしているんだねえ」


 ジャックは(うらや)ましそうに言う。


「ジャック、私そろそろ戻るわ」


 リリィが言う。


「ああ、そうだね。

 戻るんなら早いほうがいいね。

 夕食、おチビさんたちと一緒にとれなくなってしまうしね」


 ジャックはリリィを(いた)わるように言う。


「あはは、今から帰っても夕食には間に合わないわ。

 まあ、うちの旦那が何かしら食べさせるから特に問題ないんだけれどね」


 リリィはジャックに笑いかけながらも、帰り支度をする。


「お肉はもうないか。

 トウモロコシとフルーツがあるから大丈夫だよね?」


「ああ、大丈夫だよ、十分(じゅうぶん)じゅうぶん」


 ジャックは飛空機に乗り込むリリィに手を振る。


「じゃあ、行くよ。

 二人共、そのうち連絡するから。

 早めにジュニアを夢幻郷から連れ戻してね」


 リリィはそう言うと操縦席に座る。

 エンジンが起動し、飛空機は浮かび上がる。

 そしてあっという間に曇天(どんてん)の雲の中に吸い込まれてゆく。


「じゃあ、私たちもお(いとま)しようか?」


 アムリタはエリーを見て言う。

 エリーは、コクリ、と(うなず)く。


「夢幻郷、気をつけて。

 ソニアに無茶するなって伝えてほしい」


 ジャックは二人に言う。


「分かったわ。

 じゃあ、これを渡しておくわね」


 エリーはラム酒の瓶をジャックに渡す。


「おお、感謝!

 今日は飲みたい気分なんだよね」


 ジャックはラム酒の瓶を受け取る。

 エリーは水筒とカップも渡す。

 アムリタはバーベキュー機材の撤収を始める。

 さして時間がかからず、周囲は綺麗(きれい)に片付く。

 アムリタは飛空機の周囲をうろつきながら、燃料よーし、右主翼よーし、右前エンジンよーし、と指さし点呼する。


「それじゃ、私たちも帰るね。

 ジャック、何か判ったら教えてねー」


 アムリタはジャックに手を振る。

 アムリタの胸に抱えられている銀色のロボットもジャックに手を振る。

 アムリタはステップを登り、飛空機に乗り込む。

 エリーもそれに続く。

 ステップは機体に収納され、ハッチが閉まる。


 飛空機は、ゴゴゴッ……、と(うな)りをあげる。

 操縦席でアムリタが大きく手を振る。

 副操縦士席でエリーが(てのひら)を見せる。

 飛空機はゆっくりと、しかし確実に高度を上げ、雲に吸い込まれてゆく。

 ジャックは(しばらく)の間、アムリタたちが去った方向を(なが)める。


 ジャックはラム酒の瓶の封をナイフで切る。

 そして栓を抜き、瓶の口から直接ラム酒を飲む。


「アムリタ……、エリー……、本当に有難うね。

 君たちは僕の自慢の娘たちだよ。

 三人もの立派な娘たちの父になれて、生まれてきて本当に良かったって思うね」


 ジャックはラム酒の瓶を目の高さまで持ちあげて揺らす。


「うん、旨い」


 ジャックは満足そうに笑う。

 ジャックは皆が置いていったランプの燃料棒、食材、食器、ラム酒をアタッシュケースに似た鞄に詰める。


「今日は色々と大収穫だな」


 ジャックは(つぶや)き、歩きだす。


 ――ポツリ……


 雨粒が落ちてくる。


 ――ポツポツポツポツ……


 雨足はやや早い。

 雨はジャックの服を()らす。

 しかしジャックはその雨を全く気にせず歩く。


 ジャックの顔に穏やかな笑みが浮かぶ。

第四章 第二話 古代遺跡の双子の塔 了

続 第四章 第三話 魚好きの女将おかみさん

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