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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第四章 第二話 古代遺跡の双子の塔 ~The Twin Towers of the Ancient Ruins~
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第四章第二話(八)主食はクロレラ、お肉は月一度

 ――崩壊歴六百三十四年六月五日午後四時


「リリィ、僕は今晩、ここに泊まっていくよ。

 すまないが明日迎えに来てくれないか?」


 ジャックはリリィに言う。

 ジャックは四時間近く隠し研究施設に(こも)っていた。

 ランプが燃料切れになったので出てきたのだ。


「うん、分かった。

 何時が()い?」


 リリィは特に(こだわ)るでもなく気軽に応じる。


「そうだね。

 明日の午後一で頼めるかな?」


「了解。

 マリアには伝えておくね」


 リリィはそう言って、ニマッ、と笑う。


「なにかジャックの探していたものが見つかったの?」


 アムリタは()ずおずとジャックに訊く。


「え? ああ、うん。

 何回かこの古代遺跡は調査したことが有ったんだけれど、あの研究施設は見つけられなかったね。

 二人共見つけてくれて有難う」


 ジャックはアムリタとエリーに礼を言う。


「お役に立てて光栄です。

 (もっと)もエリーが見つけたんだけどねー」


 アムリタはエリーの背中を(さす)りながら応える。

 ジャックは銀色のロボットをアムリタに手渡す。


「あら、ご苦労様。

 ジャック、この子、もういいの?」


「ああ、ありがとう。

 トマスの沢山いたヘルパーロボットの一体なんだけれど、アムリタを主人認定しているようだね。

 ずいぶん色々教えてもらったよ」


 ジャックは穏やかに笑う。


「何か分かったの?」


 エリーが訊く。


「そうだねぇ、判っていたことだけれどあの二つの沼は二本の有人ロケットが飛び立った跡らしいね」


 ジャックは空を見上げながら応える。


「あのロケットは古代文明の遺産で基本設計はできあがっていた。

 恐らく数十年かけて数光年先に行くための宇宙船だ。

 凄い完成度だけれど、さすがに色々と()ちていた。

 それを四百年前にトマス・シャルマという人物がリストアしたんだよ。


「トマスの目的は二百光年先の恒星に亜光速で行くことだったらしい。

 普通、亜光速で飛ぶことは、燃料の問題と宇宙(じん)、宇宙に漂う(ちり)との衝突の問題があってほとんど不可能なんだが……。

 トマスは魔法のようにその二つの問題をクリアして無事飛びたった。

 奥さんのパイパイ・アスラと一緒に。

 それが一本目のロケットの話」


 ジャックはそこで話を切る。


「奥さんと二人で、っていう所がロマンチックよね」


 アムリタは、うんうん、と(うなず)きながら言う。

 ジャックはそんなアムリタを見て笑う。


「魔法で解決したの?」


 エリーはジャックに訊く。


「うーん、どうだろう?

 宇宙(じん)のほうは多分そうなんだろうなぁ。

 燃料のほうは、魔法でどうこうできる問題でもないと思うな。

 反物質って知っている?

 プラスの電荷を持つ電子とか、そういった反対の性質を持つ粒子から構成される物質。

 その反物質を物質と衝突させて対消滅(ついしょうめつ)する際に発生するエネルギーを推力に変えるエンジンなんだよ。


「反物質エンジンの良い所はほんの数グラムの燃料で恒星間移動に十分な推力を得られることだね。

 ただ、省エネというわけではなく、反物質を作るために膨大(ぼうだい)な量のエネルギーが要るんだ。

 ほら、今この時代、そんな量の利用可能なエネルギーなんて地球上のどこにも無いだろう?

 どうやって解決したのか僕は知りたいんだよね。


「超高層ピラミッドに、反物質を作るための多重シンクロトロンという円形加速器があるんだ。

 トマスはそこで反物質の製造を行っていたらしいんだけれど、多分途中で挫折している。

 効率が悪すぎるから。

 できて精々数ナノグラム程度しか得られていないはずだ」


 ジャックは夢見るような目付きになって言う。


「きっとパイが解決したんだと思うわ。

 だってパイは神の力を持つのだから」


 アムリタは断定的に言う。


「そうだなあ、解決したとしたら確かに神の御業(みわざ)だね」


 ジャックも同意する。


「二本目のロケットはどうしたの?

 時期が異なるようだけれど?」


 エリーはジャックに(たず)ねる。


「さあ?

 僕の見立てでは飛び立ったのは二百年くらい前だね。

 トマスは二本のロケットの目的地をうしかい座イプシロン星イザルに設定していた。

 一本はバックアップだったんだ。

 だから変更していないかぎり、同じところに辿(たど)り着くのかなあ?」


 ジャックは自信無さげに応える。


「恒星間旅行なんて素敵ね。

 星が流れてゆく中を飛ぶなんて」


 アムリタは夢見るように言う。


「アムリタ、亜光速飛行ではそんなにロマンチックな風景は見えないと思うよ?」


 ジャックが柔らかく笑いながら言う。

 アムリタは、え? そうなの? と(おどろ)いたようにジャックを見る。


「知っているかな?

 光行差(こうこうさ)っていう現象があってね、高速になればなるほど窓から見える風景は前方にズレて見えるんだ。

 これが光速の九十九・九九五%ともなるとすべての星が進行方向の点に集まって見えてしまう。

 前方に窓があればまだ楽しいのだろうけれど、普通、宇宙ロケットって前方に窓なんか作れないよね?

 だから、ずっと全く何も見えない真っ暗な空間を飛び続けることになるんだよ」


「ふーん、そうなんだ?

 宇宙旅行するときは暇つぶしの本を大量に持っていくことにするわ」


 ジャックの言葉を聞き、アムリタは言う。

 それが面白いのか、ジャックは吹き出して笑う。


「わははは、本は重いし嵩張(かさば)るからね。

 宇宙旅行のお供には不向きだよ。

 デジタルデータのほうが良いよ。

 本とか画像とか動画とか。

 窓に好きな映像を映すなんてお勧めかな」


 ジャックは楽しそうに笑う。


「ジャックは宇宙旅行がしたいの?」


 アムリタは訊く。

 ジャックは穏やかな笑みを浮かべる。


「そうだね、今はやることがあるから難しいかなぁ。

 でも、それが終わってマリアが付いてきてくれるなら、恒星間旅行をしてもいいかな?」


「素敵!

 ご夫婦で恒星間旅行!

 未来への旅路ね!」


 アムリタは(あこが)れるように言う。


「でもね、アムリタ。

 宇宙船での食事はあまり大したものは食べられないよ?」


 ジャックは揶揄(からか)うように言う。

 アムリタは、え? ええ? と心配そうに聞きかえす。


「図面では冷凍庫はあることはあるんだけれど、数年分の食料を保存するほどの大きさはないね。

 代わりにクロレラのようなものを育てる船内プラントがあった。

 主食はクロレラになるんじゃないかな?

 アムリタ、クロレラだけで生きていく自信ある?」


「ク、クロレラ……、クロレラだけ?

 クロレラだけ……。

 そ、そうだ、冷凍庫の大きさは?

 一週間に一度、いや一ヶ月に一度お肉が食べられれば……、いやでも……」


 アムリタは自分の中の何かと戦う。

 (しばら)く難しい顔をしていたが、振り切るように、大丈夫! と(つぶや)く。


「エリー、大事なことなの。

 教えてちょうだい。

 クロレラって美味(おい)しいの?」


「クロレラ?

 苦くて青臭くて不味(まず)いと思うわよ。

 私は常食にしたくないわ」


 エリーは切って捨てるように返す。

 アムリタは、ぐえぇー、という音を発する。


「それに図面にはクロレラではなくミドリムシの繁殖プラントと書いてあったわ」


 エリーは言う。

 ああ、言っちゃった、とジャックは(つぶや)く。


「ミ、ミドリムシって虫なの?」


 アムリタは泣きそうな顔でジャックに訊く。


「昆虫じゃないよ。

 栄養価の高いプランクトンさ。

 藻類だよ。

 クロレラみたいなものだよ」


 アムリタの情けない言葉に、ジャックは力強く応える。


「ミドリムシだけでは蛋白(たんぱく)質を補えないわ。

 昆虫の養殖プラントも図面に――」


「――エリー」


 ジャックは人差し指を唇の前で立てて、シー、と言う。

 エリーは口籠(くちごも)る。


「こ、昆虫を食べるの?」


 アムリタは悄気(しょげ)る。


「なになに?

 アムリタって恒星間旅行をする予定があるの?」


 リリィが不思議そうに訊く。


「いや別にそういうわけではないのだけど……。

 可能性を否定したくないというか……。

 というかできれば恒星間旅行に行きたいかなー、とか……」


 アムリタは口の中で、ゴニョゴニョと(つぶや)く。

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