第四章第二話(七)人材募集
「扉よ開け」
アムリタは光学迷彩された石の扉に向かい、声紋認証を行う。
石の扉から、ガチャリ、と音がする。
アムリタは石の突起を掴み、石の扉を引き開ける。
アムリタは中に入り、床に置いてあるランプに灯りを灯し、ジャックに渡す。
先ほど出るときにアムリタとエリーが置いたものだ。
アムリタはもう一つのランプにも灯りを灯し、自分で持つ。
銀色のロボットはトコトコと通路を進み、通路奥右の部屋に進む。
ジャックは何か考え事をするように歩く。
周囲にはあまり注意を払っていないようだ。
ただ銀色のロボットに追随する。
ジャックは部屋に入り、ランプで部屋を照らす。
そして机の上に纏められた一山の書類を見る。
ジャックは書類を手に取ろうとする。
しかし右手にランプを持っていることに今更ながら気づく。
ジャックはもどかしそうに机の後ろの壁にランプを掛ける。
「これが例の楽譜だね?」
ジャックは書類を上から順に見ていく。
端に書かれているコメントの一つひとつまで読み漏らすまじという強い意思が滲み出ている。
書類は楽譜から他の資料に移る。
読み終わった書類は机の左側に無造作に退けられていく。
それをエリーは丁寧に裏返し、揃えてゆく。
アムリタとリリィは焼いた肉とフルーツをむしゃむしゃと食べる。
もういくらも残っていない。
焼いた肉の臭いが執務室に立ち籠める。
ジャックは書類を読みながらブツブツと何かを呟く。
ジャックはアムリタたちを全く気にすること無く書類を読み進める。
アムリタはクンクンと自分の服の臭いを嗅ぐ。
「アムリタ、外に出ようよ」
リリィはアムリタを誘い、外に出る。
「あの状態になったジャックは長いわよ」
リリィは大きな丸い目をクリクリとさせて笑う。
「長いって外に出てくるまで?」
アムリタは問い返す。
そうそう、とリリィは微笑みながら応える。
「この研究室の資料、相当にジャックの琴線に触れたみたい。
君たちは相当にお手柄なんじゃない?」
「えへへへ、でも見つけたのはエリーなんだけれどねー」
アムリタは照れたように笑う。
そして、おってがらおってがら、と歌う。
背後の石の扉から、カチャリ、と音がする。
エリーが出てくる。
「ジャックは本の吟味に入ってしまったわ。
あれではランプの燃料がなくなるまで出てこないわね」
エリーは言う。
リリィとアムリタは笑い合う。
「ランプの燃料棒の替え、いくつか有ったはずだから持ってきましょう」
エリーは歩きだす。
アムリタとリリィが並んでエリーの後ろを歩く。
「リリィはサンタマリア号に住んでいるの?」
アムリタはリリィに訊く。
「住んでいるわけではないのよ。
西域に家族と住んでいるんだけれどマリアに呼ばれてね。
ミッションを仰せつかっているわけよ。
今はサンタマリア号に家族で滞在中」
リリィは大きな目を細める。
「ミッション?」
「うん、空中庭園まで行くミッション」
「く、空中庭園?
詳しく!」
アムリタはリリィの言葉に食らいつく。
「うんうん。
二年前にヨシュアが、マリアの弟なんだけれどね、天垂の糸でクリーチャーに襲われて以来、放置していたのよ。
でもそろそろ限界で物資を補給しないと今の軌道を維持できなくなるかもなんだって。
だからマリアからのオファーを受けたわけ」
リリィは腕組をしながら説明する。
「ヨシュアを襲った件のクリーチャー、未だ判っていないのでは?
危険だわ」
エリーはリリィに言う。
「うん、そうなのよね。
でもこの前デコイ(おとり用)のリフトを二百キロ上空まで上げたときはクリーチャーは出てこなかった。
現在十分な量の燃料が二百キロ上空まで上がっている。
だからなんとか二百キロまで上がって、あとはそこから燃料をかき集めてアポジエンジンで静止衛星軌道まで跳ねるという作戦」
リリィは誇らしげに言う。
「マ、マム!
是非私も連れていって下さい!
お役にたてると思いますよ!」
アムリタは感極まったように言う。
「おお、君も来てくれるかあ!
一緒に行こうねぇ!」
リリィも嬉しそうに即答する。
エリーはギョッとした表情を見せる。
「だけど、ジュニアが居ないなんて聞いてないわ」
リリィは残念そうに言う。
「ジュニアに何をやらせるつもりなの?」
エリーが訊く。
「うん、リフトの設計と製造。
ゆくゆくは自動化。
結構前から話だけはしていたんだけれど今回は正式に依頼するつもりだったのよ」
リリィが応える。
エリーは、なるほど、と呟く。
「貴女たち夢幻郷に行くんでしょう?
ジュニアに伝えてよ。
お小遣いあげるから早く帰っておいで、ってリリィが言っていたって」
リリィは、にひひ、と笑う。
「リリィは空中庭園に行ったことがあるの?」
アムリタは訊く。
「うん、あるよ。
マリアとジャック、ヨシュアにイリアと。
もう十九年も前のことよ」
「十九年前?
その時リリィは幾つだったの?」
「それを言うと歳がバレるのだけれど。
九つよ」
リリィは、内緒だよ、と言って唇の前に右手の人差し指を立てる。
「九歳!
凄いのね!
私も九歳の時に宇宙に行きたかったわ!」
「うん、凄いよね?
私って凄いよね?
マリアたちが一緒だったから!」
リリィは嬉しそうに言う。
しかし直ぐに真面目な顔になる。
「でもね、今はヨシュアとイリアが先生と旅立ってしまったから。
人材不足は否めないのよ。
だから永遠の下っ端である私にお鉢が回ってくる。
それで目下、更なる下っ端を募集中なの」
リリィは両手でアムリタの肩をガシッと掴む。
「きみ、良い体格しているねぇ。
一緒に宇宙で働いてみないか?」
リリィは芝居がかった声色で言い、あはは、と笑う。
アムリタは右手で敬礼をしながら、イエス、マム! とあわせる。
「エリー、望みが叶うわよ。
ジュニアも誘って皆でいきましょう!」
「ええ……、そうね。
そうしましょう」
エリーは微笑みながら返す。
「よし!
下っ端三人ゲット!」
リリィは拳を握り天に突き出す。
「なんなりとお申し付け下さい、マム」
アムリタは右腕を胸に当てて言う。
「あははは、日当、弾むわよ! マリアが!
それに得られる経験はプライスレス!」
リリィはにこやかに笑う。
「そのためにも早くジュニアを連れ戻さないといけないわね」
エリーが躊躇いがちに言う。
「ええ!
帰ったら早速、夢幻郷に行きましょう!」
アムリタは朗らかに応える。
うんうん、とリリィも頷く。
「他の女のために夢幻郷に潜っているなんて業腹よね。
とっとと連れ戻してきなさいよ、エリー」
リリィが真面目な顔をして言う。
え? ええ? とエリーは狼狽える。
「そして早く私のために働くのよ、三人で!」
リリィはそう続け、にこやかに笑う。




