第四章第二話(六)アムリタの交渉
「パイナップルのダイエットとしての効能はソニアが詳しいんだけどね、ってソニアはどうしたの?」
ジャックは今更のように訊く。
アムリタはエリーの顔を見る。
エリーもアムリタの顔を見返す。
「ソニアは今、夢幻郷にいるわ」
アムリタの応えに、ええ? 何をしに? とジャックは目を見開く。
アムリタは正直に状況を説明する。
「ラビナの手伝いをするんだって。
最初はジュニアだけだったけれど、ソニアもアルンに助けてもらって夢幻境に行ったわ。
今はなんて言ったっけ?
白い石造りの尖塔と丸い屋根の寺院がある大きな街に皆でいるみたい。
多分無事によろしくやっていると思うわ」
アムリタは笑顔で応える。
「……何か凄いことになっているね」
ジャックは考えるように言う。
「テオも一緒に行っているみたいよ」
エリーも付け加える。
「テオって、先生のところの?
ラビナが行っているんなら猫たちも一緒なんだよね?
ふーん……、だったら滅多なことは起こらないか。
大丈夫かな……」
ジャックは独り言のように呟く。
「ねえ、ジャック。
私達も夢幻郷に行きたいの。
一回ラビナに連れていってもらったときはすんなり入れたんだけれど、自力で夢幻郷の入り口に辿り着くことができないでいるの。
ジャックは夢幻郷に行ったんだよね?」
「え? まあ、そうだけれど、行き方、君たちには教えないよ」
ジャックは嫌そうな顔をする。
えー、何でー? とアムリタは不満げに言う。
「夢幻郷は凄く危険なんだよ。
僕が夢幻郷で何回死にかけたか、君らには分からないよ」
ジャックは自慢げに言う。
「いえ、危険だと分かっているから皆を助ける必要があるの」
アムリタは合掌し、ジャックを拝む。
「ソニアとジュニアは確かに心配だけれど、ラビナとアルン、それにテオが付いているんだろう?
なら任せて大丈夫だよ。
でもこれ以上素人が増えると彼らもフォローしきれないと思うよ。
君ら猫たちとも面識無いんだろう?」
ジャックは聞き分けのない子供に説き伏せるように言う。
アムリタは膨れる。
「ジャック、ジャックが光の谷でやったことがラビナたちを困らせているらしいわ。
それがジュニアを巻き込む原因だとか。
光の谷で何があったのか教えて」
エリーはジャックに尋ねる。
「えーと、全部は話せないんだけれどね。
結果だけを言うと、無防備になった光の谷に防御システムを構築したんだ。
色々な意味で危険だったからね。
多分ジュニアは防御システムを刷新しに行っているんだと思うよ。
別にラビナに都合の良いように組み替えてもらっても構わない。
できるものなら」
ジャックは応える。
「ジャック、私たちフォルデンの森に居たシャイガ・メールを夢幻郷に帰したの。
ゲートを開いて。
そのシャイガ・メール、まだ白い大きな街に居るから、光の谷に戻してあげなくちゃならないのよ」
アムリタは言う。
ジャックはギョッとした顔でアムリタを見る。
「でも約束しちゃったから二度と同じ方法は使えないの」
「シャイガ・メールって……、そうか、フォルデンの森の化物はシャイガ・メールの幼体だったんだ。
気が付かなかった……。
って、ゲートを開いた? 外から?
どうやって?」
ジャックは驚き、アムリタに尋ねる。
「私たちはフォルデンの森でシャイガ・メールの世界に連れていかれたの。
そこでパイパイ・アスラという人の思念に触れたわ。
パイはゲートを開く手助けをしてくれた」
ジャックはポカンとした顔でアムリタを見る。
「……へえ?
その人は何か言っていた?」
ジャックはアムリタに訊く。
「え? うん、パイは昔エリーと――」
「――アムリタ!」
エリーが慌ててアムリタの口を塞ぐ。
アムリタは、むぎゅむぎゅ、と口を動かすものの何を言っているのか判らない。
「パイは過去に、将来の私に会ったことがあるらしいわ」
エリーはアムリタの口を押さえたまま、短く応える。
アムリタも口を押さえられたまま、コクコク、と頷く。
「ふーん、そのパイって人は他には何か言っていなかった?」
「色々と……。
お子さんのアウラを心配していたわ。
それに、歌を歌っていたわね」
エリーは応える。
「……歌? ふーん……。
どんな?」
「弾いてみせるわ」
エリーは背負袋からフルートを取り出し準備する。
エリーが伴奏を弾き、アムリタが歌う。
――幾千万ものチャネルの中に
――僕は君の歌を見つける
トマス・シャルマの署名の入った『お嫁に来てくれるよね』と題された曲。
ポップなメロディがアムリタにより見事に歌い上げられる。
ジャックは最初、ビックリした様子であったがすぐににこやかな表情になる。
アムリタは歌い終わり、お辞儀をする。
ジャックは両手を高く持ち上げ、拍手をする。
「アムリタ、とても良かったわ。
良い声をしているのね」
リリィも拍手をしながら褒める。
「一度聴いただけの曲を全部覚えるなんて、二人共凄いね。
録音させてもらったよ」
ジャックはさも感心したように言う。
「えーと、実は私、直接歌を聴いたわけではないの。
そこの研究施設にこの曲の楽譜があって、さっき丁度エリーと歌ったところだったのよ」
アムリタは右手で頭を掻きながら照れたように応える。
「へえ? 研究施設があったんだ?
そのロボットもそこに居たの?」
ジャックはアムリタの左手に抱えられている銀色のロボットを指差す。
銀色のロボットはにこやかに笑いながらアムリタと同様右手で頭を掻く。
ジャックはアタッシュケースに似た鞄から黄色い筒のようなものを取り出す。
ジャックのサポートロボットだ。
胴体に『108』と書かれている。
「ねえ、アムリタ。
その子を少し貸してくれない?」
ジャックはアムリタに言う。
ジャックのサポートロボットは右腕を伸ばし、クイックイッ、と相手を招くように手先を上に振る。
「あのー、ジャック。
私たち夢幻郷に行く方法が知りたいのだけれど……」
アムリタは、ギュッ、と銀色のロボットを胸に抱きしめながら、上目遣いにジャックを見る。
ジャックは露骨に嫌そうな顔をする。
「うーん、そうだね……。
確かに君たちが夢幻郷で死ぬことは無いようだしね」
ジャックはアタッシュケースから蝋紙に包まれた細い小さな包を取り出し、アムリタに渡す。
アムリタは包を受け取り、クンクン、と臭いを嗅ぐ。
「素人が夢幻郷に行くのに最も簡単な方法はこのお香を使うことだよ。
このお香を炊くと、覚醒しながら眠りに落ちる。
覚醒世界で下に降りる階段を探す……」
アムリタはエリーにお香を渡す。
エリーも包を嗅ぎ、アムリタに向かって頷く。
「私たちの後見人なの。
信頼できる人よ」
アムリタは銀色のロボットに囁く。
銀色のロボットは暫くアムリタの顔を見つめる。
戸惑っているように見えるがそれでもコクリと頷き、地面に降りる。
ジャックのサポートロボットは銀色のロボットに近づき、おでこにおでこを当てる。
銀色のロボットはコクコクと頷いている。
やがて銀色のロボットは、え? 本当? そうなんだ? というような表情を作る。
驚きの意を伝えているようだ。
両者の情報交換は続く。
銀色のロボットはコクリと頷くと、踵を返し歩きだす。
サポートロボットはジャックを見て、誇らしげに左腕をグッと折り曲げ持ち上げて見せる。
そしてクルリと皆に背を向け、銀色のロボットを追う。
ジャックはアタッシュケースに似た鞄を持ち、二体のロボットを追う。
エリーはフルートを背負い袋にしまい、ジャックの後ろを歩く。
リリィはフルーツの皿を持ち、アムリタは焼肉の皿を持ち、それぞれ歩きだす。




