第四章第二話(五)パイナップル、パパイヤ、マンゴー
――崩壊歴六百三十四年六月五日午前十時半
「来たんじゃない?」
音は飛空機のエンジン音に聞こえる。
アムリタは沼のある岩棚に出る。
「うん?
少し早すぎるように思えるけど。
この音は……」
エリーは怪訝そうな顔でアムリタを追う。
――ゴゥー
曇天の分厚い雲を突き破るように飛空機が現れる。
まだ小さい。
飛空機は背面飛行をしている。
見る間に高度は落ち、機影は大きくなる。
明らかにアムリタとエリーのいる場所に向かって降りてきているようだ。
飛空機はクルリと上下を入れ替え、姿勢を通常の状態に戻す。
しかし未だ降下速度は早い。
「ひぃい」
アムリタは怯え、銀色のロボットを胸に抱える。
エリーはアムリタの前に空間の歪みを作る。
飛空機は更に高度と速度を下げ、着地音無く地面にピタリと停止する。
「リリィよ」
エリーは飛空機の風防越し、副操縦士席にぐったりしたように座るジャックの隣、操縦士席ににこやかに座る女性を見て言う。
操縦士席の女性はジャックを気にせず、飛空機の左側面のドアから飛び降りる。
「やっほー、エリー!
バーベキュー、食べに来たよー!」
女性はエリーよりやや高い長身、オレンジ色をしたふわふわした肩までの髪、茶色の目をクリクリさせてエリーに笑いかける。
年の頃二十代半ばに見える。
厚手の飛行服にズボン姿が凛々しい。
「久しぶりね、リリィ。
ごきげんよう」
エリーが応える。
「どなたかしら?」
アムリタはエリーに訊く。
「こんにちは。
私はリリィ。
ジャックの義妹よ。
貴女がアムリタね?
ジャックから聞いているわ。
宜しくねー!」
リリィと名乗る女はアムリタに気さくそうに笑いかける。
「こんにちは。
よろしくお願いしまーす。
ジャックの義妹ということはマリアのいもうとさんかしら?」
アムリタは訊く。
リリィは、そうそう、と笑う。
「正確にはマリアの従妹だよ」
リリィの後ろからヨレヨレになったジャックが訂正する。
ジャックはいつものマントをはおり、アタッシュケースに似た鞄を持っている。
「あははは、私はジャックたちの共通のいもうと分。
別名永遠の下っ端」
リリィは朗らかに言う。
下っ端ねぇ、とジャックは疲れた顔で呟く。
「ジャックが私を連れてきたくなかった理由が分かるね」
リリィはジャックに爽やかな笑顔を向ける。
「ねぇ、そういうのって止めてくれる?
単純にリリィの操縦する飛空機に乗りたくなかっただけだよ」
ジャックは拳でリリィの頭をコツンと軽く叩く。
「ジャック!
お久しぶり。
随分と早かったのね」
アムリタは笑顔でジャックに挨拶をする。
エリーも、来てくれる思ったわ、と笑う。
「お招き戴きありがとう。
でもこんなに早く到着する積りはなかったんだよ。
飛空機を出そうと準備していたらリリィに見つかってしまってね。
強引にパイロットを引受けられて、かつて無い速度で飛んできてしまったよ」
ジャックは心持ち青ざめた顔で辛そうに言う。
「マリアに薦められたのよ。
なんて言ったってバーベキューよ?
マリアの所に居たら豆料理ばかりだし」
リリィはエリーに向かって同意を求める。
アムリタが、さもありなん、というように真面目な顔で頷く。
「旦那も子供も居る女性がバーベキューに釣られて無理やり付いてくるなんてどうかしているよ」
ジャックは恨めしそうにリリィを見る。
リリィは、いいのいいの、と軽くいなす。
「未だ準備すらしていないのよ。
私達の飛空機に戻りましょう」
エリーはそう言って歩きだす。
アムリタも続く。
ジャックは不思議そうにエリーを見る。
そしてアムリタの抱えているものを見る。
「アムリタ、そのロボット、どうしたの?」
ジャックはアムリタに訊く。
銀色のロボットはアムリタの腕の中で身を捩ってアムリタに縋り付く。
ジャックを怖がっているように見える。
「この子?
可愛いでしょう?
研究室で運命的な出会いをしたの」
アムリタは銀色のロボットを愛おしそうに抱きしめながら応える。
「へえ?
その話、バーベキューを食べながら詳しく聞かせてよ」
ジャックはやや元気を取り戻したように言うと、リリィとともに自分たちの飛空機に戻る。
何か荷物を運ぶようだ。
エリーは取っ手の付いた大きな金属の筒を取り出す。
筒は縦に割れていて開くとバーベキューコンロとなる。
「ジャック、火をお願いして良いかしら?」
エリーは金属の足の上にコンロを置く。
そして燃料のチャコールブリケットを流し込んでから、ジャックに言う。
「うん、火の元管理責任者を仰せつかろう」
エリーはジャックに火を任せ、簡易テーブルを準備する。
そしてその上に食材を並べる。
凍ったスープの入った袋、串に刺さった大量の肉、ジャガイモ、キャベツ、ピーマン。
「我々も朝もぎのトウモロコシとパイナップル、パパイヤ、マンゴーを持ってきたよ。
フルーツはリリィのお土産」
ジャックはコンロの火をおこしながら言う。
「トウモロコシは茹であがったところを強奪してきたのよ」
リリィが金属ケースに入ったトウモロコシと、駕籠いっぱいのフルーツを見せる。
「まあ素敵。
私南国のフルーツって食べるの初めて!
リリィは南国から来たの?」
アムリタは両掌を組み、嬉しそうに言う。
「ちょっと南国に行っていたのよ。
赤道直下?」
リリィも大量の肉を目の前に嬉しそうに言う。
リリィはアルミ箔でジャガイモとトウモロコシを包む、
エリーはコンロの上に網を置き、タレ付きの肉を並べてゆく。
肉の焼ける音と臭いが岩棚に広がる。
アムリタは皿とフォークを配る。
「焼けたのから食べていってね。
串は再利用するからこのトレーにお願い」
エリーは焼きあがった肉をトングで皆の皿に配る。
皆一斉に焼けた肉を頬張る。
「エリー、言葉が柔らかくなったわね。
うん、凄くいいわ」
リリィが肉を受け取りながら言う。
「ええ、少しは口の利き方に気をつけたほうがいいかな? と思って練習中なの」
エリーが恥ずかしそうに応える。
リリィは目をクリクリさせて、ジャックを見る。
ジャックは、なんで僕を見るの? と嫌そうに呟く。
「これは柔らかい。
良い肉だね」
「このタレも絶品だね」
「美味しいわ。
私レアで食べてみたい」
「こっちに別のタレも用意してあるわ。
お好みで試してね」
皆思い思いに肉を食べる。
皆笑顔だ。
肉を食べる。
焼きトウモロコシを食べる。
ジャガイモのバター焼きを突き、スープでお腹を落ち着かせる。
大量にあった食材は早いペースで消費されてゆく。
「来て良かったー。
豆料理も悪くはないんだけれど、やっぱりたまにガッツリお肉を食べると幸せになれるわ」
リリィはフルーツをフォークで突きながら感極まったように言う。
「お酒が飲みたくなるのが玉に瑕だね」
ジャックも言う。
「お酒、有るわ。
ラム酒はいかが?」
エリーは酒のボトルを振る。
「え? ああ、でも今日は飛空機で帰らなくちゃならないから」
飲酒運転はダメだからね、そうジャックは付け加える。
「ジャック、飲んで良いよー、帰りも私が操縦してあげるから」
リリィがパイナップルをむしゃむしゃ食べながら請け負う。
「いや、それが嫌だから自重するんだが……。
酒を飲んでリリィの操縦する飛空機に乗るなんて拷問以外のなにものでもない」
ジャックは嫌そうに言う。
リリィは、えー? 何でー? と応じるがパイナップルのほうが重要そうだ。
「パイナップルを食べていると、未だまだお肉が食べられそうね」
アムリタもパイナップルを頬張る。
「パイナップルはダイエットにも効くんだよ」
アムリタの呟きにジャックが応える。
「え? ダイエット?
それ詳しく!」
「ダイエットにするのなら、朝食に置き換えるとかなんだけれどね。
パイナップルにはブロメラインというタンパク質分解酵素が含まれているんだ。
だからお肉を食べた後に食べると消化吸収を助けてくれる。
パパイヤにも同様の酵素、パパインが含まれているよ。
食物繊維も豊富だし、各種ビタミンやミネラルも豊富、そのうえローカロリー。
残念なのはこの辺では入手困難なところだね」
ジャックは説明する。
アムリタは、なるほど、とさも感心したように焼いた肉にタレをつけて食べる。




